【完結】小悪魔にも程がある。

雨樋雫

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可愛いにも程がある。

叶わない恋

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 (はぁ、なんでノンケの人なんか好きになっちゃったかなあ…)
 待ち合わせの場所で、晴瑠は小さく、ため息をついた。

「晴瑠くん、久しぶり」
「あ、今野こんのさん」

 見上げるとそこには、見た目は四十代後半ぐらいの男が柔和な笑みを浮かべて立っていた。

「このあいだはすみませんでした。ドタキャンなんかして」
「いいよいいよ、急に体調が悪くなったんだから仕方ない。じゃあ、行こうか」

 今野と呼ばれた男は当たり前のように晴瑠の肩を抱き、車に誘導した。晴瑠を乗せた車はそのままホテルの駐車場に滑り込む。

 晴瑠は、陽一への恋心を自覚したあともお金を稼ぐ手段として売春を続けていた。
 陽一のことは大好きだけれど、相手が異性愛者な以上、自分に望みはない。晴瑠が初めて迫った日の陽一の反応を見るに、体だけの関係すら持てなさそうだ。
 無駄に期待を持っても虚しいので、陽一への恋心は胸にしまっておくことに決めた。

 それに、売春は晴瑠にとって唯一自分の存在価値を見出せる行為でもあった。
 家庭でも職場でも、いらない子扱いをされてきた。それが一転、性行為となれば相手の方から求めてきて、更にお金にもなるのだ。晴瑠はそんな歪な関係に、完全に依存していた。

 今野は、前回タケトの愚行のせいで会う約束をキャンセルせざるを得なかった相手だ。

 彼の正確な年齢も、職業も、今野という名前が本名なのかどうかも晴瑠は知らない。
 それでも確実にわかっていることは、男は晴瑠の前では常に紳士だということだ。
 前回かなりの失礼を働いたにも関わらず、晴瑠を責めるようなことは一言も言わなかった。
 セックスにも慣れていて、晴瑠の体を傷付けるような行為は絶対にしないし、きちんと毎回コンドームも付けてくれる。今野との行為はいつも気持ち良かった。
 たまに行為が終わった後になって金を出し渋る男もいるが、今野はその辺もスマートだ。
 金で晴瑠を買っている以上、本当の意味での紳士とは言えないのかもしれないが、少なくとも晴瑠にとって今野の存在は自己を肯定するための救いとなっていた。

 愛を与えてあげると言いながら裏切った担任の教師や、タケトのように思わせぶりなセリフで騙しておいて力で捻じ伏せるような卑劣な人間よりも、よっぽど目的がハッキリしていて良い。


「ふ…、いいよ、晴瑠くん、すごくいい…」
 静かなホテルの一室で、晴瑠の口淫に今野が恍惚の表情を浮かべている。
 たとえ心は通っていなくても、自分を求めてくれる相手には気持ち良くなって欲しい。
 キャンディのように舐めたり、吸ったり。今までの知識と経験を駆使して一生懸命奉仕していると、今野が苦笑を浮かべながら優しく腰を引いた。
「晴瑠くんが上手過ぎて、すぐイッてしまいそうになる。オジサン持久力ないからさ、もう挿入はいってもいいかな…?」
 こくりと頷くと、今野は自身に手早くコンドームをつけて晴瑠の中に己の昂りを沈めていく。
「あ…っ、ん…」
「晴瑠くんの中、すごく気持ちいいよ…」
 こんなことでも、褒められると嬉しい。自分はまだ、この世界に存在しててもいいんだと思えるから。

 今野のものを受け入れながら、ふいに、晴瑠の脳裏に陽一の顔が浮かんだ。
 (陽ちゃん……)
 決して成就することのない恋の相手。
 (陽ちゃんは、俺がこんなことしてるって知ったら、軽蔑するのかな…するよね、きっと…)

 本当は、陽一に抱かれたい。
 けれど、陽一の恋愛対象は女性で。男の自分は全然対象外で。

 晴瑠の目尻から、つ…と涙がこぼれた。頬をつたう滴に、今野が少し驚いて動きを止め、晴瑠の体を気遣った。
「ごめん、痛かったかな…?」
「いえ、全然。気持ちいいです」
 微笑みながらそう答えると、今野はホッとした様子で、行為を再開した。











「晴瑠くん、今日もこんなオジサンの相手してくれてありがとうね」
 帰り際、今野はそう言いながら、万札を数枚、晴瑠に手渡した。
「いつもありがとうございます」
 晴瑠は笑顔でそれを受け取る。
 今野は満足そうな顔を浮かべて、「またね」と言って帰っていった。
 こういった割り切った関係は楽だな、と晴瑠は改めて思った。














 カレンダー通りの職種についているはずのタケトが、平日の日中でもたびたび部屋を訪れるようになった。怪訝に思った晴瑠が尋ねる。
「仕事は…?」
「俺は営業だからな。外回りって言えば、テキトーに誤魔化せるんだよ」
 タケトはサラリとなんでもないことのように言いながら、晴瑠をベッドの上に組み敷いた。

 持ち前の要領の良さでこんな小狡いことも平気でやってのけてしまうタケトに、晴瑠は心の中でため息をついた。

 (真面目な陽ちゃんなら、こういうこと絶対にやらないだろうなあー)

 もうその頃の晴瑠の頭の中は陽一でいっぱいで、タケトに何か言われるたびに、陽一と比べるようになっていた。

 (兄さんと比べられることが何よりも嫌だったのに、今、自分も同じことしてるんだよね…)
 自分の滑稽さに心の中で苦笑しつつも、そうでもしないとタケトに付き合っていられなかった。

 最近、やけにタケトの執着が強い気がする。そんなに以前のことが尾を引いているのだろうか。よほどプライトが刺激されたのだろう、晴瑠の体にわざとキスマークを残すことまでして、まるで「こいつは俺のモノだぞ」と他を牽制しているかのようだった。

 タケトの手が、晴瑠の肌に触れる。その指の動きに、晴瑠の体がびくんと反応した。
 (陽ちゃんは、一体どんな風に抱くんだろう…。あの大きな手で触って欲しい…)

「あ…んん…っ、は、あ…」
「お前最近、妙にエロいな。めっちゃ最高だわ」
 まさか晴瑠の頭の中に他の男がいるなんて思ってもみないタケトは、晴瑠が何も文句を言わないことに疑問を持つこともなく、恋に焦がれて艶を増した晴瑠を満足げに抱いた。



















「クリスマスの日、俺仕事だから」
 聞かれてもいないのに、タケトが言った。
 嘘なのはわかっている。スマホのディスプレイに映った彼女からのメッセージを、たまたま目にしてしまったからだ。
 そこには、クリスマスの予定を確認し合う仲睦まじいカップルのやり取りがあった。
 (本命の彼女と会うから浮気相手のお前とは会えないって正直に言えばいいのに。散々あんな態度取っておいて、なんで今更、取り繕うことしようとするかなあ)

「そうなんだ。お仕事頑張って」
 晴瑠は何も知らないふりをして、表面上は笑顔で、心のこもっていない返事をした。














「そういえば、もうすぐクリスマスだね。陽ちゃんは、一緒に過ごす相手とかいるの?」
 陽一に恋人がいないことをわかっていて、そんなことを聞いてみた。
「いるように見えるか?見ての通り、寂しいぼっちクリスマスですよ」
 予想通りの答え。
「なら、俺が一緒に過ごしてあげようか?ぼっちより、良くない?ねっ、ねっ」
 少し強引に誘ってみる。自分が我儘で狡いのは百も承知だ。
 恋人としてじゃなくていい。ただの友人としてでもなんでもいいから、どうしてもその日は陽一とーー好きな人と過ごしたかった。

 当然、彼氏はどうするんだと陽一に尋ねられた。そこで初めて晴瑠がタケトとの本当の関係を吐露すると、やはり真面目な性格の陽一は絶句していた。

 陽一に、嫌な思いをさせてしまった。
 嘘をついていた罪悪感もあって、晴瑠はすぐその場を立ち去ろうとした。
 そんな晴瑠に、陽一は仕事は休めないと前置きした上で、夜に一緒に過ごすことを約束してくれたのだ。
 晴瑠がリクエストした駅前のイルミネーションも見に行こうと言ってくれた。

 (やばい、やばい、すっごい嬉しい…!!)
 好きな人とお出かけできる。こんな状況、浮かれないわけがない。
 当日が楽しみすぎて、ついタケトの前でもニヤけてしまいそうになり慌てて表情を引っ込めた。
 タケトは晴瑠を自分の所有物か何かのように思っているところがある。陽一との約束が知れたら、きっと怒り狂うだろう。
 当日まで、バレるわけにはいかないのだ。


 けれど、楽しみに待っていたクリスマス当日、晴瑠の元には陽一から、仕事でトラブルが起きて遅くなるから、イルミネーションを見に行けるかわからない、とメッセージが入った。

 (やっぱり…そっかあ…)

 約束していても、ギリギリになってやっぱり行けないなんて言われることはしょっちゅうだ。
 そして大概の場合、仕事なんて嘘だったりする。

 陽一も、土壇場になって他に過ごす相手が見つかったのかもしれない。
 もしそうだとしたら…相手が女性だとしたら。男の自分と過ごすより、当然そっちを優先するだろう。

 (こんなの慣れっこだもん…。別に平気、だし…)

 そう自分に言い聞かせるようにして、諦めかけていたその時、陽一から『ようやく仕事終わったー!!イルミネーション見に行くぞ~!!』と文面から嬉しさが溢れているメッセージが届いた。
 自分との約束を守るために、一生懸命仕事を終わらせようとしてくれたことが、たった数行のその短い文面から伝わってきた。
 慌ててコートを羽織って部屋を飛び出し、待ち合わせ場所に向かった。

「遅くなってごめん」
 小走りで自分の元に駆けつける陽一は息があがっている。そんな小さなことが、泣きそうになるほど嬉しかった。

 (陽ちゃん、好きだよ。大好き)

 たとえ叶わない恋だとしても、やっぱり自分はこの人の傍にいたい。
 晴瑠はどうしようもないほど大きく膨らんだ陽一への想いを、心の中でそっと呟いた。
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