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735 指南
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「おおっ。来たかダンよ」
「どうもカレン陛下。急かす気はありませんが、海岸のほうはどうなってます?」
ユニに会いに行った後、俺は数日振りにヴェルモート帝国のヴェルトーガ海岸に足を運び、未だ海岸での作業の陣頭指揮を執っているカレン陛下に会いに来た。
領主の選抜と任命は気軽に行なえるものでもないので、今は準備だけして先送りにしたのだ。
「見ての通りだ。海岸の清掃まで完全に終わるには、もう少しかかってしまいそうだな」
カレン陛下が親指で自分の背後を指差したので、それに従って視線を動かす。
海岸の片付けは目に見えて進んではいるけれど、まだ片付けが済んでいない残骸もかなり目に付くな。
陛下の見立て通り、片付けが終わるまではもう少しかかりそうだ。
「だが、もう私が直接現場指揮を執る必要は無いだろう。今日からまたお前たちの案内をしてやれると思う」
「カレン陛下が身動きできるようになったのはいいんですけど、海で遊ぶのはまだ難しそうですか。となると何をして過ごせば良いですかね?」
「ん、帝国を知らないダンに帝国での行動予定を立てさせるのは難しいか。であるなら私の方から提案する形の方がいいのか?」
「是非お願いします。食べ物が美味しい場所とか、景色が綺麗な場所を見て回れたら嬉しいですね」
完全に観光目的で帝国に来ている事を隠さずカレン陛下に伝えると、陛下は少し笑いながらいくつかのアイディアを提案してくれた。
1つはここでの片付けを見学するコース。
帝国の皆さんの働き振りを見学しつつ浜辺で遊ぶというプランだけど、陛下としても案内する甲斐が無くてお勧めしないとのこと。
ならそんなコースを提案しないでいただきたい。
2つ目は陛下の案内で帝国のアウターを見て回るコース。
陛下的には帝国のアウターでもイントルーダーの出現を確認したいということで、出来ればこのコースを選んで欲しそうにしている。
でも現状でイントルーダー戦を繰り返す必要性って全く無いし、全てのアウターで魔物が襲ってこなくなると困る事があるかもしれないからなぁ。
陛下には悪いけど、案内していただくにしても攻略はしたくないな。最深部まで到達して踏破扱いまでならアリだと思うけど。
3つ目は以前にも提案された、帝国の海洋研究所に顔を出すコースだ。
個人的にはこのコースが結構興味あるんだけど、今は海岸から海洋生物の資料が乱雑に運び込まれていて、かなり散らかった状態だという話だった。
それでも海洋生物を返り討ちにした俺達の来訪は歓迎されるだろうという話だったけど、研究所の皆さんの業務を邪魔してしまうのは申し訳ない。
急いで海の調査を進める必要もないということで、とりあえず今日のところは見送る事にする。
ということで、結局俺が選んだのは最後に提案されたコース、カレン陛下による帝国各地の観光ツアーだった。
「無難なコースだな。王国内のアウター全てを踏破したという話だったから、てっきりアウターに潜りたがると思っていたぞ?」
「王国のアウターをコンプリートしたのは成り行きですよ。見て回るだけなら吝かではないですけど、イントルーダーやアウターエフェクトと戦う気は無いですね」
「残念だな。帝国ではイントルーダーの出現記録は無いから、私が立会った状況でイントルーダーの出現が確認できれば、ダンの名前は永久に帝国史に刻まれると思うのだが?」
「絶対に御免です。始まりの黒でアポリトボルボロスを確認できたんですから、それで満足しておいてください」
現時点で、既に何度かこの世界の歴史に名前を刻んでしまっているだろうからな。
これ以上の名声になんて興味ないから、帝国ではなるべく大人しく過ごしたいんだよ。
「今まで対抗手段が無かった海洋生物を殲滅しておきながら、いったいどの口が言っているのだ。既に帝国中に貴様の名前が広がっているわ」
アーアーキコエナイキコエナイ。
っていうか帝国に海の幸を振舞ったのは陛下でしょっ。なのになんで俺の名前が広がってんだっつうの。
「それでは早速行くか? と言いたいところだが、何名か席を外しているようだな。合流するまで待つのだろう?」
「ええ。ちょっと何名かにおつかいを頼んでおりまして。合流するまで案内するコースでも考えておいてください」
「ふ、そんなものは既に用意出来ているさ。楽しみにしているがいい」
くるりと踵を返したカレン陛下は、帝国の人たちに出掛ける旨を伝えている。
カレン陛下が席を外すと知っても、帝国の人たちはお任せくださいと言わんばかりに高い士気を見せている。
流石は帝国民に魂から指示されているカレン陛下といったところかな?
「護衛の人たちまで暇そうに欠伸してるってことは、海の野生動物が襲ってくることは本当に無いんだねー?」
「あれだけ一方的に返り討ちにされてはのう。捕食するつもりが美味しくいただかれてしまっては逃げ帰るしかないのじゃ」
「けど仕合わせの暴君にしか同じことが出来ないとバレたら、今の静けさが嘘のように一斉に襲い掛かってるくだろうね。帝国の人たちも海洋生物を討伐できたらいいんだけど……」
帝国への侮辱とも取られかねないリーチェの発言にも、カレン陛下は特に反応を返さない。
最強の剣士カルナスも馬鹿殿下に唆されてどっか行っちゃったし、職業補正の先の本質的な強さを持った戦士の確保が帝国の課題なのかもなぁ。
「はぁっ……! はぁっ……! どうだったかなラトリア殿……?」
「いくつか指摘しようと思えば指摘できますが……。素晴らしい腕前だと思います」
指示出しの終わったカレン陛下はこちらに合流し、ラトリアに剣の指南を受けている。
カレン陛下の腕前は、俺と出会った頃のフラッタくらいかな? 人間族としてはかなりの強者だろう。
「既に自分の剣を持っているカレン陛下でしたら、自力で更なる高みに至る事ができるでしょう。剣の鍛錬に合わせて職業浸透も進められれば言う事は無いですね」
「職業浸透もか。私もカルナスも技術で種族差を埋めようとばかり考えていたが……。職業浸透抜きにこれ以上強くなるのは難しいか」
「ダンさんをご覧になってください。彼は職業浸透を活かして私の技術を一瞬で吸収してしまったんです。高みを目指すなら職業浸透を進めるのは避けられませんよ」
ラトリアさぁ。そこで俺を引き合いに出すのは止めて欲しいんだよ?
カレン陛下もこっちを見ながらうんうんと頷かないでくれないかな? 言いたい事があるなら聞きますけど?
ムーリとシーズを抱き枕にして、帝国の皆さんが働いている直ぐ脇でうつらうつらと舟をこぐ。
日本の照りつけるような強い日差しと比べて、この世界の夏の日差しはどこか柔らかくて過ごしやすいんだよねー。
半分閉じかけた眼で、ラトリアに剣の手解きを受けるカレン陛下の様子を見ていると、1つ思い当たったので聞いてみることにする。
「カルナス将軍でしたか。帝国最強と名高い彼って陛下の護衛で側近だったみたいですけど、彼が使ってた閃刃でしたっけ。あの技術は陛下にも教えてくれなかったんですか?」
「いや、教わったが私が理解できなかったのだ。体内に魔力を走らせると言われても、それがどういうことなのかイメージできなくてなぁ」
「あ~。確かに種族特性の無い人間族が魔力の流れをイメージするのは難しいですかぁ……」
俺は職業設定が使えるから職業補正をイメージするのはさほど苦労せずに済んだんだけど、カレン陛下が同じようにイメージするのは難しいか。
カレン陛下は魔法使いの浸透を終えているようなので、魔力制御のイメージは既に出来るはず。
あとは体内の職業補正を魔力として捉え、それを制御することが出来るようになれば、陛下にだって閃刃が使えてもおかしくないだろう。
あ、体内の魔力の流れと言えば。
「ねぇねぇラトリア。ちょっと竜化して、カレン陛下に剣舞を見せてくれないかな?」
「竜人族の誇りをそんな軽いノリで語らないでくださいよ~っ。ですが、剣舞でいいのですか? 手合わせじゃなくて」
「カレン陛下に、竜化で青く可視化された竜人族の魔力を見せたいんだ。協力してくれる?」
俺自身、度々メタドライブとダークブリンガー、オーラは似たような技術だと口にしていた気がする。
だから魔力制御のイメージを掴む為には、竜人族の種族特性である竜化を見せるのが分かりやすいんじゃないかなぁ。
「まだ魔力操作のイメージが固まっていない陛下と手合わせしても意味が無いと思う。けど竜化ラトリアの洗練された剣と竜化による魔力制御は、今の陛下に最も必要なイメージだと思うんだ」
「……私からもお願いしようラトリア殿。ダンの言う事を鵜呑みにしたわけではないが、それを抜きにしても見てみたいのだ。双竜姫ラトリア殿が本気で振るう双剣を……!」
「ん~……。そこまで仰ってくださるのでしたら……。もしも参考にならなかったとしても怒らないでくださいね?」
カレン陛下の熱意に圧されたのか、少し恥ずかしそうに頷くラトリア。
個の強さを重んじる竜人族のラトリアは、強さを求めるカレン陛下を無碍には扱えないのかもしれないな。
「魔力消費も激しいですから、早速始めさせていただきますね」
青い竜化の魔力を纏い、魔力が凝縮した2本の角と大きな翼を広げるラトリア。
赤い瞳は美しい紫色に変化して、集中状態から来るその真剣な表情には神秘性さえ漂わせる。
「種族の違うカレン陛下に竜化に関する助言をすることは出来ませんので、どうか御自身で必要な情報を読み取ってください」
「ここで何も掴めなくてもそれは私の問題であって、ラトリア殿には何の非も無いことだ。竜化の披露に心から感謝を」
「カレン陛下の剣を導くことが出来たら良いのですが……。それでは参ります」
愛用の双剣を取り出して、洗練されつくした動きで剣閃を繰り出すラトリア。
どうやらリクエスト通りに剣舞寄りの、雑味が少なく綺麗な剣を披露してくれるようだ。
竜化で超強化されたラトリアの剣は、剣の達人であるカレン陛下にも見えているか微妙な速度だ。
けれど全力で動いて魔力の流れを意識させねば意味がないと、ラトリアは全力全速で舞い続ける。
気付くと周囲で作業していた者もラトリアに注目し、その神秘的な青の舞いに魅了されているようだ。
「美しい……。ただひたすらに美しいな……。帝国でも竜化を使える者はいるが、同じ竜化とは思えぬほどに美しいではないか……」
ラトリアに剣舞に魅せられた様に、感嘆の声を漏らすカレン陛下。
未だに腕を上げ続けている剣技にラトリアの外見的な美しさも相俟って、ラトリアと毎日肌を重ねている俺ですら見蕩れてしまいそうだ。
しかも彼女が巻き上げた砂浜の砂に日差しが反射して、ラトリアの周りの空気がキラキラと青く煌めいているようにすら見えた。
こんな素敵なラトリアと毎日愛し合えるなんて幸せ過ぎるよ。
「……カレン陛下。見蕩れるのも無理のない美しさですけど、彼女が纏っている魔力の流れを良く見てください」
なにも考えずに、頭空っぽにしてラトリアの美しさに浸っていたいけれど、それをしてしまったらラトリアの舞の意味が無くなってしまう。
今夜はラトリアをたっぷり可愛がろうと決意することで何とか意識を引き剥がし、俺同様にラトリアに見蕩れているカレン陛下の意識を現実に引き戻す。
「彼女が剣を振るう度に、体の動きに合わせて魔力が加速しているのが見えますか? あれがカルナス将軍が閃刃で用いた技術なんです」
「くっ……。遠目に見ても追えないくらいの動きだが……何とかっ……! ラトリア殿の身に纏った魔力が澱みなく流れているのが見えるぞ……!」
「人間族である俺達には竜化は出来ませんが、職業補正という形で魔力を身に宿しているのは一緒なんです。ラトリアの青い魔力をイメージしながら、自身の中にある魔力に意識を向けてみてください」
「あ、あのような魔力が人間族の私の中にも……! や、やってみよう……!」
若干声を弾ませながら魔力制御に挑んだカレン陛下だったけど、やはりぶっつけ本番ではなかなか上手くいかないようだ。
やがて集中する為にかその瞳を閉じ、汗が滲むくらいに意識を集中させているのに、カレン陛下の体内の魔力に動きは感じられなかった。
このままだと難しそうだな。じゃあアプローチを少し変えてみて……。
「カレン陛下。もしも剣をお持ちであれば、ラトリアのように剣を振るいながら集中してみてはいかがですか?」
「……いいのか? まだ私は魔力を制御出来ていないのだが」
「陛下も剣を扱えるそうなので、ラトリアのように剣を振るいながら自分の体内を走る職業補正を意識するほうが分かりやすいかもしれません。私自身、フラッタやリーチェと剣を合わせながら魔力の流れを意識しましたから」
「貴様も……。人間族であるダンの意見は参考になりそうだな。試してみるとしよう」
静かに瞼を開いたカレン陛下は、インベントリからひと振りの剣を取り出した。
取り出したのは普通のミスリルの剣で、皇帝陛下が扱うには質素な印象を受けるけど、下手に装飾なんかしてインベントリに収納できなくなったら不便だし仕方ないんだろうな。
「はぁっ! せぇぃっ!」
ラトリアの隣りで剣を振るい始めるカレン陛下。
陛下の動きに合わせて魔力が動いているのが感じ取れるけど、陛下自身はその動きを上手く感じとれていないようだな?
「くっ、このままでは埒が明かん……! ダンよ! 私の剣を受けてくれっ!」
「へ? な、なんで俺が陛下の剣を……」
「このまま空を切るよりも、誰かと剣を合わせた方が何かを掴めそうなのだ! 人間族の剣士は貴様しか居らんのだろう!? グズグズせずにさっさと私の相手を務めんかぁっ!」
「は、はいっ! た、只今ぁっ!?」
有無を言わせぬカレン陛下の剣幕に圧されて、剣の相手をさせられる俺。
ええ、あくまで剣の相手ですよ? 剣の。だからニヤニヤしないでくれますか皆さん?
かつてフラッタやリーチェが俺にしてくれたように、カレン陛下が気持ちよく剣を触れるようにその剣を受ける。
あーあ。折角陛下には戦闘力を隠していたのに、これで台無しになっちゃったよぉ……。
しかし次第に魔力制御を理解し、加速し続ける陛下の剣に、帝国の人たちは大いに盛り上がってくれたのだった。
「どうもカレン陛下。急かす気はありませんが、海岸のほうはどうなってます?」
ユニに会いに行った後、俺は数日振りにヴェルモート帝国のヴェルトーガ海岸に足を運び、未だ海岸での作業の陣頭指揮を執っているカレン陛下に会いに来た。
領主の選抜と任命は気軽に行なえるものでもないので、今は準備だけして先送りにしたのだ。
「見ての通りだ。海岸の清掃まで完全に終わるには、もう少しかかってしまいそうだな」
カレン陛下が親指で自分の背後を指差したので、それに従って視線を動かす。
海岸の片付けは目に見えて進んではいるけれど、まだ片付けが済んでいない残骸もかなり目に付くな。
陛下の見立て通り、片付けが終わるまではもう少しかかりそうだ。
「だが、もう私が直接現場指揮を執る必要は無いだろう。今日からまたお前たちの案内をしてやれると思う」
「カレン陛下が身動きできるようになったのはいいんですけど、海で遊ぶのはまだ難しそうですか。となると何をして過ごせば良いですかね?」
「ん、帝国を知らないダンに帝国での行動予定を立てさせるのは難しいか。であるなら私の方から提案する形の方がいいのか?」
「是非お願いします。食べ物が美味しい場所とか、景色が綺麗な場所を見て回れたら嬉しいですね」
完全に観光目的で帝国に来ている事を隠さずカレン陛下に伝えると、陛下は少し笑いながらいくつかのアイディアを提案してくれた。
1つはここでの片付けを見学するコース。
帝国の皆さんの働き振りを見学しつつ浜辺で遊ぶというプランだけど、陛下としても案内する甲斐が無くてお勧めしないとのこと。
ならそんなコースを提案しないでいただきたい。
2つ目は陛下の案内で帝国のアウターを見て回るコース。
陛下的には帝国のアウターでもイントルーダーの出現を確認したいということで、出来ればこのコースを選んで欲しそうにしている。
でも現状でイントルーダー戦を繰り返す必要性って全く無いし、全てのアウターで魔物が襲ってこなくなると困る事があるかもしれないからなぁ。
陛下には悪いけど、案内していただくにしても攻略はしたくないな。最深部まで到達して踏破扱いまでならアリだと思うけど。
3つ目は以前にも提案された、帝国の海洋研究所に顔を出すコースだ。
個人的にはこのコースが結構興味あるんだけど、今は海岸から海洋生物の資料が乱雑に運び込まれていて、かなり散らかった状態だという話だった。
それでも海洋生物を返り討ちにした俺達の来訪は歓迎されるだろうという話だったけど、研究所の皆さんの業務を邪魔してしまうのは申し訳ない。
急いで海の調査を進める必要もないということで、とりあえず今日のところは見送る事にする。
ということで、結局俺が選んだのは最後に提案されたコース、カレン陛下による帝国各地の観光ツアーだった。
「無難なコースだな。王国内のアウター全てを踏破したという話だったから、てっきりアウターに潜りたがると思っていたぞ?」
「王国のアウターをコンプリートしたのは成り行きですよ。見て回るだけなら吝かではないですけど、イントルーダーやアウターエフェクトと戦う気は無いですね」
「残念だな。帝国ではイントルーダーの出現記録は無いから、私が立会った状況でイントルーダーの出現が確認できれば、ダンの名前は永久に帝国史に刻まれると思うのだが?」
「絶対に御免です。始まりの黒でアポリトボルボロスを確認できたんですから、それで満足しておいてください」
現時点で、既に何度かこの世界の歴史に名前を刻んでしまっているだろうからな。
これ以上の名声になんて興味ないから、帝国ではなるべく大人しく過ごしたいんだよ。
「今まで対抗手段が無かった海洋生物を殲滅しておきながら、いったいどの口が言っているのだ。既に帝国中に貴様の名前が広がっているわ」
アーアーキコエナイキコエナイ。
っていうか帝国に海の幸を振舞ったのは陛下でしょっ。なのになんで俺の名前が広がってんだっつうの。
「それでは早速行くか? と言いたいところだが、何名か席を外しているようだな。合流するまで待つのだろう?」
「ええ。ちょっと何名かにおつかいを頼んでおりまして。合流するまで案内するコースでも考えておいてください」
「ふ、そんなものは既に用意出来ているさ。楽しみにしているがいい」
くるりと踵を返したカレン陛下は、帝国の人たちに出掛ける旨を伝えている。
カレン陛下が席を外すと知っても、帝国の人たちはお任せくださいと言わんばかりに高い士気を見せている。
流石は帝国民に魂から指示されているカレン陛下といったところかな?
「護衛の人たちまで暇そうに欠伸してるってことは、海の野生動物が襲ってくることは本当に無いんだねー?」
「あれだけ一方的に返り討ちにされてはのう。捕食するつもりが美味しくいただかれてしまっては逃げ帰るしかないのじゃ」
「けど仕合わせの暴君にしか同じことが出来ないとバレたら、今の静けさが嘘のように一斉に襲い掛かってるくだろうね。帝国の人たちも海洋生物を討伐できたらいいんだけど……」
帝国への侮辱とも取られかねないリーチェの発言にも、カレン陛下は特に反応を返さない。
最強の剣士カルナスも馬鹿殿下に唆されてどっか行っちゃったし、職業補正の先の本質的な強さを持った戦士の確保が帝国の課題なのかもなぁ。
「はぁっ……! はぁっ……! どうだったかなラトリア殿……?」
「いくつか指摘しようと思えば指摘できますが……。素晴らしい腕前だと思います」
指示出しの終わったカレン陛下はこちらに合流し、ラトリアに剣の指南を受けている。
カレン陛下の腕前は、俺と出会った頃のフラッタくらいかな? 人間族としてはかなりの強者だろう。
「既に自分の剣を持っているカレン陛下でしたら、自力で更なる高みに至る事ができるでしょう。剣の鍛錬に合わせて職業浸透も進められれば言う事は無いですね」
「職業浸透もか。私もカルナスも技術で種族差を埋めようとばかり考えていたが……。職業浸透抜きにこれ以上強くなるのは難しいか」
「ダンさんをご覧になってください。彼は職業浸透を活かして私の技術を一瞬で吸収してしまったんです。高みを目指すなら職業浸透を進めるのは避けられませんよ」
ラトリアさぁ。そこで俺を引き合いに出すのは止めて欲しいんだよ?
カレン陛下もこっちを見ながらうんうんと頷かないでくれないかな? 言いたい事があるなら聞きますけど?
ムーリとシーズを抱き枕にして、帝国の皆さんが働いている直ぐ脇でうつらうつらと舟をこぐ。
日本の照りつけるような強い日差しと比べて、この世界の夏の日差しはどこか柔らかくて過ごしやすいんだよねー。
半分閉じかけた眼で、ラトリアに剣の手解きを受けるカレン陛下の様子を見ていると、1つ思い当たったので聞いてみることにする。
「カルナス将軍でしたか。帝国最強と名高い彼って陛下の護衛で側近だったみたいですけど、彼が使ってた閃刃でしたっけ。あの技術は陛下にも教えてくれなかったんですか?」
「いや、教わったが私が理解できなかったのだ。体内に魔力を走らせると言われても、それがどういうことなのかイメージできなくてなぁ」
「あ~。確かに種族特性の無い人間族が魔力の流れをイメージするのは難しいですかぁ……」
俺は職業設定が使えるから職業補正をイメージするのはさほど苦労せずに済んだんだけど、カレン陛下が同じようにイメージするのは難しいか。
カレン陛下は魔法使いの浸透を終えているようなので、魔力制御のイメージは既に出来るはず。
あとは体内の職業補正を魔力として捉え、それを制御することが出来るようになれば、陛下にだって閃刃が使えてもおかしくないだろう。
あ、体内の魔力の流れと言えば。
「ねぇねぇラトリア。ちょっと竜化して、カレン陛下に剣舞を見せてくれないかな?」
「竜人族の誇りをそんな軽いノリで語らないでくださいよ~っ。ですが、剣舞でいいのですか? 手合わせじゃなくて」
「カレン陛下に、竜化で青く可視化された竜人族の魔力を見せたいんだ。協力してくれる?」
俺自身、度々メタドライブとダークブリンガー、オーラは似たような技術だと口にしていた気がする。
だから魔力制御のイメージを掴む為には、竜人族の種族特性である竜化を見せるのが分かりやすいんじゃないかなぁ。
「まだ魔力操作のイメージが固まっていない陛下と手合わせしても意味が無いと思う。けど竜化ラトリアの洗練された剣と竜化による魔力制御は、今の陛下に最も必要なイメージだと思うんだ」
「……私からもお願いしようラトリア殿。ダンの言う事を鵜呑みにしたわけではないが、それを抜きにしても見てみたいのだ。双竜姫ラトリア殿が本気で振るう双剣を……!」
「ん~……。そこまで仰ってくださるのでしたら……。もしも参考にならなかったとしても怒らないでくださいね?」
カレン陛下の熱意に圧されたのか、少し恥ずかしそうに頷くラトリア。
個の強さを重んじる竜人族のラトリアは、強さを求めるカレン陛下を無碍には扱えないのかもしれないな。
「魔力消費も激しいですから、早速始めさせていただきますね」
青い竜化の魔力を纏い、魔力が凝縮した2本の角と大きな翼を広げるラトリア。
赤い瞳は美しい紫色に変化して、集中状態から来るその真剣な表情には神秘性さえ漂わせる。
「種族の違うカレン陛下に竜化に関する助言をすることは出来ませんので、どうか御自身で必要な情報を読み取ってください」
「ここで何も掴めなくてもそれは私の問題であって、ラトリア殿には何の非も無いことだ。竜化の披露に心から感謝を」
「カレン陛下の剣を導くことが出来たら良いのですが……。それでは参ります」
愛用の双剣を取り出して、洗練されつくした動きで剣閃を繰り出すラトリア。
どうやらリクエスト通りに剣舞寄りの、雑味が少なく綺麗な剣を披露してくれるようだ。
竜化で超強化されたラトリアの剣は、剣の達人であるカレン陛下にも見えているか微妙な速度だ。
けれど全力で動いて魔力の流れを意識させねば意味がないと、ラトリアは全力全速で舞い続ける。
気付くと周囲で作業していた者もラトリアに注目し、その神秘的な青の舞いに魅了されているようだ。
「美しい……。ただひたすらに美しいな……。帝国でも竜化を使える者はいるが、同じ竜化とは思えぬほどに美しいではないか……」
ラトリアに剣舞に魅せられた様に、感嘆の声を漏らすカレン陛下。
未だに腕を上げ続けている剣技にラトリアの外見的な美しさも相俟って、ラトリアと毎日肌を重ねている俺ですら見蕩れてしまいそうだ。
しかも彼女が巻き上げた砂浜の砂に日差しが反射して、ラトリアの周りの空気がキラキラと青く煌めいているようにすら見えた。
こんな素敵なラトリアと毎日愛し合えるなんて幸せ過ぎるよ。
「……カレン陛下。見蕩れるのも無理のない美しさですけど、彼女が纏っている魔力の流れを良く見てください」
なにも考えずに、頭空っぽにしてラトリアの美しさに浸っていたいけれど、それをしてしまったらラトリアの舞の意味が無くなってしまう。
今夜はラトリアをたっぷり可愛がろうと決意することで何とか意識を引き剥がし、俺同様にラトリアに見蕩れているカレン陛下の意識を現実に引き戻す。
「彼女が剣を振るう度に、体の動きに合わせて魔力が加速しているのが見えますか? あれがカルナス将軍が閃刃で用いた技術なんです」
「くっ……。遠目に見ても追えないくらいの動きだが……何とかっ……! ラトリア殿の身に纏った魔力が澱みなく流れているのが見えるぞ……!」
「人間族である俺達には竜化は出来ませんが、職業補正という形で魔力を身に宿しているのは一緒なんです。ラトリアの青い魔力をイメージしながら、自身の中にある魔力に意識を向けてみてください」
「あ、あのような魔力が人間族の私の中にも……! や、やってみよう……!」
若干声を弾ませながら魔力制御に挑んだカレン陛下だったけど、やはりぶっつけ本番ではなかなか上手くいかないようだ。
やがて集中する為にかその瞳を閉じ、汗が滲むくらいに意識を集中させているのに、カレン陛下の体内の魔力に動きは感じられなかった。
このままだと難しそうだな。じゃあアプローチを少し変えてみて……。
「カレン陛下。もしも剣をお持ちであれば、ラトリアのように剣を振るいながら集中してみてはいかがですか?」
「……いいのか? まだ私は魔力を制御出来ていないのだが」
「陛下も剣を扱えるそうなので、ラトリアのように剣を振るいながら自分の体内を走る職業補正を意識するほうが分かりやすいかもしれません。私自身、フラッタやリーチェと剣を合わせながら魔力の流れを意識しましたから」
「貴様も……。人間族であるダンの意見は参考になりそうだな。試してみるとしよう」
静かに瞼を開いたカレン陛下は、インベントリからひと振りの剣を取り出した。
取り出したのは普通のミスリルの剣で、皇帝陛下が扱うには質素な印象を受けるけど、下手に装飾なんかしてインベントリに収納できなくなったら不便だし仕方ないんだろうな。
「はぁっ! せぇぃっ!」
ラトリアの隣りで剣を振るい始めるカレン陛下。
陛下の動きに合わせて魔力が動いているのが感じ取れるけど、陛下自身はその動きを上手く感じとれていないようだな?
「くっ、このままでは埒が明かん……! ダンよ! 私の剣を受けてくれっ!」
「へ? な、なんで俺が陛下の剣を……」
「このまま空を切るよりも、誰かと剣を合わせた方が何かを掴めそうなのだ! 人間族の剣士は貴様しか居らんのだろう!? グズグズせずにさっさと私の相手を務めんかぁっ!」
「は、はいっ! た、只今ぁっ!?」
有無を言わせぬカレン陛下の剣幕に圧されて、剣の相手をさせられる俺。
ええ、あくまで剣の相手ですよ? 剣の。だからニヤニヤしないでくれますか皆さん?
かつてフラッタやリーチェが俺にしてくれたように、カレン陛下が気持ちよく剣を触れるようにその剣を受ける。
あーあ。折角陛下には戦闘力を隠していたのに、これで台無しになっちゃったよぉ……。
しかし次第に魔力制御を理解し、加速し続ける陛下の剣に、帝国の人たちは大いに盛り上がってくれたのだった。
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