【警告】真田昌幸は解析不能です。未来の演算を「嘘」で塗り替える戦国最恐のバグ

端野ゼロ

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同期する二つの記憶

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「ぐ、あ……ぁあ……ッ!」

脳漿が沸騰するような熱量だった。
河原綱家という男の三十余年の記憶――主君への忠誠、真田の郷の土の匂い、初陣の恐怖、そういった「生身のデータ」が、未知の奔流によって上書きされていく。

視界の裏側で、深紅の警告灯(アラート)が明滅していた。

    [SYNC PROGRESS: 24%... 48%...]
    [MEMORY FRAGMENTATION: DETECTED]
    [WARNING: PERSONALITY OVERWRITE IN PROGRESS]

(やめろ……俺は、俺は……!)

抵抗しようとする綱家の自我は、冷徹な青い光の波にあっけなく飲み込まれた。
未来から転送された膨大な歴史データ、戦術理論、そしてこの時代には存在し得ない「観測者」としての使命。それらが、既存の神経回路を焼き切る勢いで強引に接続(コネクト)されていく 。

「……な家殿! しっかりくだされ!」

誰かが体を揺さぶっている。
綱家は、泥にまみれた手で地面を掴み、呼吸を整えようと喘いだ。
焦点の合わない瞳が、揺さぶる相手を捉える。

その瞬間、視界に青白いグリッドが走った。

[TARGET: SANADA SOLDIER / RANK: E / STATUS: PANIC / HR: 140bpm]

(なんだ、これは……文字が、浮かんで……?)

「目鏡がずれておりますぞ、綱家殿!」

兵の一人が、綱家の鼻先にかかっていた無骨な鉄縁の眼鏡を押し上げた 。
そのレンズを通すと、世界は一変した。
ただの足軽の顔に、ステータスが表示されている。周囲の木々の揺らぎが、風速と風向のベクトルとして可視化される。
これは幻覚ではない。高度に洗練された拡張現実(AR)が、網膜に直接投影されているのだ。

「……あ、あぁ。すまぬ」

口をついて出た言葉は、綱家のものだった。だが、その思考は氷のように冷え切っていた。
(現状把握完了。座標、信濃国小県郡。西暦1585年。……私は、この時代に『介入』してはならない。ただ『観測』し、ログを残すのみ)

二つの人格が混濁し、やがて奇妙な形で融合を果たす。
胃の腑が締め付けられるような吐き気と共に、綱家は「河原綱家」でありながら、「未来の観測者」としての視座を獲得していた。

その時だ。
周囲の兵たちが、波が引くようにざっと道を開けた。
喧騒が消え、重苦しい静寂が落ちる。
ARの音声センサーが、足音とは異なる、独特の「気配」を拾った。

[CAUTION: HIGH VALUE TARGET APPROACHING]

視界の端に警告が走る。
泥濘を踏みしめる音。そして、馬上の人ではなく、あえて徒歩で近づいてくる影。
綱家は、軋む首を上げてその人物を見た。

そこに立っていたのは、一見すればただの初老の武将だった。
だが、綱家のARは、その男を捉えた瞬間、処理落ちしたかのようなノイズを走らせた。

「……派手に転んだようだな、綱家」

真田安房守昌幸。
真田家の当主であり、この乱世を「表裏比興」の悪名と共に泳ぎ渡る男 。
昌幸は、倒れ伏す綱家を見下ろし、口の端をニヤリと吊り上げていた。その表情は、心配しているようにも、面白がっているようにも見える。

「と、殿……。お見苦しいところを」

綱家は身を起こし、平伏しようとした。
だが、昌幸の手がそれを制するように伸びてきた。昌幸は屈み込み、綱家の顔を覗き込む。
その距離、わずか数寸。
獣のような眼光が、綱家の瞳の奥――あるいは、その鼻にかかった「異界のレンズ」の奥底まで射抜いてくるようだった。

「……ふむ」

昌幸が短く唸る。
綱家の背筋に、冷たい汗が伝った。
バレたか?
中身が入れ替わったことが? いや、そんな馬鹿な。現代の精神医学ですら説明不能な現象を、戦国の武将が理解できるはずがない。
綱家の論理的思考(ロジック)はそう結論づけた。
しかし、昌幸という男は、論理の枠外に生きる「バグ」のような存在だ。

昌幸の手が、綱家の顎に触れた。
指先が、綱家の脈動を探るように首筋を撫でる。

「死の淵を見てきたかのような顔だ」

昌幸の声は、低く、腹の底に響くような磁力を帯びていた。
ARが、昌幸のバイタルサインを解析しようと激しく明滅する。

[ANALYZING... / HEART RATE: STABLE / EMOTION: UNREADABLE]

「綱家。……目つきが変わったな」 

心臓が跳ね上がった。
綱家は息を呑む。
昌幸の瞳は、笑っていた。だが、その笑みは決して温かいものではない。獲物の変化を敏感に感じ取り、それを玩具としてどう使うかを瞬時に計算する、捕食者の笑みだ。

「……面白い」 

昌幸はそう呟くと、満足げに立ち上がった。
まるで、綱家の中に芽生えた「異物」の存在を、言葉ではなく直感で理解したかのように。

「立てるか? 立てぬなら置いていくぞ」

「は、はいッ! 直ちに!」

綱家は慌てて立ち上がる。
泥だらけの着物が重い。だが、それ以上に、脳内に常駐し始めた「システム」の重圧が彼を圧迫していた。

昌幸は背を向け、歩き出した。
その背中は、ARの予測演算ですら「次の動作」を読み取れないほど、自然体でありながら隙がなかった。
システムが、不穏なログを吐き出す。

    [WARNING: SINGULARITY DETECTED near SANADA MASAYUKI]
    [ADVISORY: MAINTAIN DISTANCE]

(距離を取れだと? 無理だ……俺は、この化け物の家臣なんだぞ)

綱家は、ずれた眼鏡を指で押し上げた。
レンズの向こうで、昌幸の背中が揺れている。
その背中は、これから始まる徳川との絶望的な戦いを前にしても、微塵の恐怖も感じさせていない。
むしろ、楽しんでいる。

「急げよ、綱家。……碁の続きをせねばならん」

昌幸が振り返らずに言った。
その言葉は、ただの遊戯への誘いではない。
この乱世という盤上で、新しく生まれ変わった「綱家」という駒を、どう動かしてやろうかという宣言に聞こえた。

綱家は、震える足を踏み出した。
その一歩が、史実というレールを外れる最初の一歩になるとは、まだ知る由もなかった。
 
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