殺し屋さんと自殺少女

キノハタ

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こころとあい

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 殺し屋がどうすれば幸せになれるというのだ。

 初めて人殺しに加担した日から続いている疑問がある。

 答えは未だに出ていない。

 いつ日からか、答えを出すことすら諦めてしまったみたいだ。

 殺し屋は幸せになれない。そうなるには犠牲にしたものがあまりに多すぎる。

 カウンセラーとしての知識はそれを否定するけれど、殺し屋としての主観はそれを肯定してしまう。

 振り返れば黒い泥みたいな手が身体中を蝕んでいる。

 その手は殺した人の手、なんかじゃない。僕を捕らえるのは僕自身の罪悪感そのものなんだろう。

 いつしか、その手に囚われるのを僕はよしとした。変わることを拒否してしまったんだ。

 自分の心を強く保つための祈りはいつしか、懐古と後悔を上塗りするためだけのものになった。

 なった、なってしまったのに。

 亜衣に命の前向きさを説くたび揺らぐ。幸せになるための手法を教えるたびぶれる。

 自分の行っていた所作の意味を、自分の努力が何のためにあったのかを、自分の口を通すたび思い出す。

 誰かを幸せにすることを願うたび、僕自身が幸せを求めていたことが浮き彫りになっていく。

 亜衣に向かって喋っているのに、聞いているのはあたかももう一人の僕自身みたいだった。

 老婆に対して、語り掛ける亜衣の言葉は前向きで、犠牲を受け入れて尚、前に進むという意志があった。あんなに、心が折れていたのにおかしなものだね。それはきっと亜衣という少女の強さで在り、僕のかけた言葉や行動がそれを後押ししていたのだ。

 身体が幸せになると、心も勝手に幸せになる。

 カウンセラーをしている間に知ったこと。ずっと前からわかっていたこと。

 幸せになると、人は勝手に前を向く。生きようと歩き始める。

 僕が亜衣に教えたこと、僕が亜衣から教わったこと。

 病院から帰った日、夕食を取る前に僕は亜衣に問いかけた。

 「ねえ、亜衣。僕と一緒に変わって幸せになるのと、僕と一緒に変わらないで死ぬのとどっちがいい?」

 亜衣は少し驚いた様子で僕を見た。そんな彼女に僕は無言で笑いかける。

 「・・・それは私の返答次第で、殺し屋さんの答えも変わるんですか?」

 問い返された。・・・・どうだろう、変わるのかな。試しに口を動かしてみる。口の形で何を言いたいのかは自覚できた。

 「変わらないよ、答えは決まってる」

 「じゃあ、せーのでいいましょう。幸せになりたいか、死にたいか」

 亜衣はにやっと笑った。僕もつられて笑う。

 「「せーの!」」

 部屋に二人の高らかな声が響いた。

 お互い顔を見合わせて笑う。

 答えはずっと前から、きっと亜衣と出会う前から決まっていて、それを今やっと自分自身にちゃんと告げることができるようなったのだ。

 何年も前に種を植えたはずの芽が今日やっと土から顔を出したんだ。

 二人で手を合わせて、食事前のお祈りをする。

 「ねえ、亜衣。僕の話をしていいかい?」

 「え?殺し屋さんが自分の話を?!はい!聞かせてください!!」

 そういえば、僕は自分自身の話をすることを避けていたんだっけ。

 じゃあ、話そう。これは僕の話だ。

 すべき話はいくつあるだろう。三つかな。

 一つは『私』が『僕』になるまでの話。

 もう一つは初めて人を殺した話。誰かの幸せのために、誰かを犠牲にした話。

 そして最後に、これからの僕の話だ。
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