殺し屋さんと自殺少女

キノハタ

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こころと顔なじみ

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 その日、僕と亜衣は顔なじみの弁護士の事務所に来ていた。

 亜衣は一度、僕の遺産相続の契約書を受け取りに来たから二度目の来訪だった。

 僕が事務所のインターホンを押すと、顔なじみは欠伸をかみ殺したような顔でドアを開けた。

 「なんだお前ら、こんな朝っぱらに。今日は休業日だぞ」

 「朝から顔出すって昨日メールしただろ?」

 「こんな早くとは思わんだろ、普通」

 「朝九時はそんな早くありませんよ、綿貫わたぬきさん!」

 「僕ら朝ごはんと運動終わらせてから来たよ?」

 「うっせえ、朝型人間どもめ。世の中が動き出すのは大体10時からだ。こっちは、夜遅くまで仕事してたんだよ」

 そう愚痴りながら、顔なじみは僕らを事務所に上げた。寝起きの割に仕事着なのは昨日、そのまま寝入ったのだろう。

 「眠いなら、コーヒー淹れようか?」

 「じゃあ、私があまりもので朝ごはん作ります!」

 「ここ、俺の事務所・・・まあいいや。任せた!」

 勝手知ったる場所なので、僕らは好き勝手動くが顔なじみももはや慣れてきているみたいだった。僕がコーヒーを淹れている間に、亜衣が冷蔵庫を物色している。

 「ぬうう、酒缶と缶詰と卵しかありません・・・」

 「オムレツに缶詰添えといたらいいよ、あいつは」

 「むしろ、それがありがたい」

 「はーい、もっと野菜とか果物とらないととダメですよー」

 「亜衣ちゃんも随分、健康優良児になってまあ・・・」

 「仕込んだからね」

 「仕込まれましたから」

 「喜ばしいことなんだが、あの教授の系譜かと思うとなんか腹立つな」

 「ふふ、違いない」

 僕が淹れたコーヒーをすすっている間に、数分遅れで皿にもられたオムレツと鯖缶を持って亜衣がやってきた。

 顔なじみは丁寧に手を合わせると、がつがつと食べ始めた。

 「お、うまいなこれ」

 「塩コショウしかしてないですよ?」

 「こいつ、普段それすらかけないから」

 「今度、色々スパイスもってきましょうか・・・」

 「はは、ありがてえ」

 顔なじみは軽く笑って、残りをかきこむと、酒でもあおるみたいにコーヒーを飲み干した。最後にパンと手を合わせて、食事を締めくくる。

 「ごちそうさま、亜衣ちゃん」

 「お粗末様でした」

 「・・・ふう、でお前ら何しに来たんだ?」

 「ん?僕の昔話」

 「それ俺いるのか?」

 「うん、僕たちがやった最初のの話だよ」

 顔なじみが少し眉間にしわを寄せる。

 「亜衣に一度、話しとこうと思って。お前がいたほうがきっと話しやすい」

 「前提の確認していいか?なんで今更、話そうと思ったんだ?」

 「ん?そうだな、・・・話したくなったから」

 顔なじみは呆れたように肩をすくめた。

 「変な奴だよお前は」

 「知ってる」

 「亜衣ちゃん、ごめんな。長くなりそうだし、三人分飲み物取って来てくれないか、なんでもいい」

 「はーい」

 とたとたと亜衣がキッチンに向かう。その背を二人で見送りながら、僕らは笑う。

 「いい顔するようになったじゃないか」

 「ああ、亜衣は本当に元気になったよ。多分、元から明るかったんだ。辛かったから抑えられてただけで」

 「そうだな。でも今話したのはお前のことだよ」

 「僕が?」

 「ああ、いい顔するようになった」

 キッチンからカチャカチャと音が聞こえる。それ以外は音もしない、静かな時間だった。

 「これから、どうするのか決まったのか?」

 「ううん、話しながら決めるよ」

 「・・・俺のメール見てるよな?」

 「もちろん」

 顔なじみは少し笑うと、ぐっと身体を伸ばした。

 亜衣が戻ってきて、僕たちの前に飲み物を置く、僕の前にはコーヒー、亜衣の前にはカフェオレ、顔なじみには紅茶を置いた。

 「じゃ、話すか」

 「うん」

 これは、僕の最初の殺しの話だ。
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