殺し屋さんと自殺少女

キノハタ

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こころとしょうすけ

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 コップに入っていた果実酒を喉に流していく。

 アルコール独特の喉が少し暑くなる感覚と甘さを、少し熱を持った頭で味わう。

 「亜衣ちゃんは?」

 「寝ちゃったみたいだ」

 ソファに座っている僕の太ももに頭を乗せて、亜衣は眠っている。寝息は静かに安定して、呼吸に合わせて胸が上下に揺れている。

 僕はそんな亜衣の髪を少し撫でて、お酒が滴らないよう多少気を遣いながら、コップの中身を軽くする。

 「しかし、酒なんて飲むの久しぶりだ」

 「へえ・・・・避けてたのか?」

 「うん、しばらく見るのも嫌だった。あと、健康に悪いしね」

 「ま、そりゃそうだな」

 「・・・・」

 「・・・・依頼してた人はどうなったんだ?なんかはっきり言わなかったが」

 「あー・・・、とりあえず事情は説明した。でも、普通のカウンセラーとしてなら対応しますよって」

 「ふうん、向こうはそれで?」

 「とりあえず納得はしてくれた。でもやっぱり、その人が言うには殺す以外解決策がないってさ」

 「・・・どうするんだ?」

 「ん?殺さないよ?代わりじゃないけど、今度、旦那さんの方にも面談に来てもらうことにした」

 「へえ、うまくいきそうか?」

 「さあ、やってみないとわかんないよ」

 「ま、そりゃそうだな」

 「ただ、多少、手法は変えようかなって」

 「あ?」

 「カウンセラーとしてはアウトだけれど、まあ、正式なカウンセリングじゃないしいいでしょみたいなことをする」

 「ふうん、具体的にはさっぱりわからんが。まあ、頑張れよ」

 「うん、頑張る。具体的なところは実はあんまり決まってないんだ」

 「ま、出たとこ勝負だわな。にしても、あれだな、お前今日酒飲んだ割に全然しゃべらなかったな」

 「・・・・うん、そだね」

 「亜衣ちゃんに気い遣った?」

 「まあ、それも多少。亜衣自体がお父さんのことでアルコールにどこまで嫌な感情抱いているかわかんないけど」

 「見る限り、平気そうだったがな」

 「わかんない、そこは本人にしか見えないとこだから」

 「亜衣ちゃんがわから言ってくれない限りわかんねえか」

 「うん、それと・・・」

 「ん?」

 「うかつに喋ると、いつも思ってることとか、亜衣に対して言わなきゃいけないことも流れで言っちゃいそうだったから」

 「・・・言えばいいじゃないか」

 「そういうのは、ちゃんとしてるときに言いたい・・・」

 「はは、そうかよ」

 「なんだよ、笑うなよ」

 「いいや、お前もだいぶお前らしくなった」

 「なんだよ、どういう意味だよ」

 「そのまんまだよ」

 「そのまんまが意味わかんないんだよ」

 「ははは」

  「・・・ふん」

 「そういや、ばあさん教授からさ、お前らまたダイビングいくぞって連絡来てたぜ」

 「・・・そっか」

 「行かねえか?ここ数年、お前会うの避けてただろ」

 「まあ、不肖な弟子って領域じゃなかったからね。合わす顔がなかった」

 「ま、今なら会えるだろ。亜衣ちゃんの紹介も兼ねてよ」

 「なんて紹介したらいいんだよ・・・」

 「まんまでいいだろ、カウンセリングしてたばあさんの孫で、身寄りがなくなったって」

 「はあ・・・、絶対カウンセラーの領分越えてるわバカ、って怒られる」

 「そんなの、今まで散々やってただろ」

 「だから全部、内緒にしてるだろ。そこんとこ厳しいんだよ教授」

 「はは、まあ精々言い訳考えな」

 「言い訳なんて聞いてくれないよ、あの人は・・・」

 「・・・・」

 「・・・・なあ」

 「ん?」

 「僕ら、これでよかったのかな?」

 「というと?」

 「たくさんの犠牲を出して、それでものうのうと生きてていいのかなって」

 「・・・・不安か?」

 「・・・・不安だよ」

 「そりゃそうか、はは」

 「なんだよ、笑うなよ」

 「いや、珍しく弱音が出たなって」

 「・・・僕だって弱音くらい吐く」

 「でも、お前、誰にも言わないじゃん」

 「・・・・・・」

 「苦しんで、辛がっても、誰にも言わねえだろ。俺は付き合い長いしある程度わかるけどよ」

 「・・・・・」

 「亜衣ちゃんは多分、言わねえとわかんないぞ?」

 「・・・・うん、わかってる。たくさん言葉はもらったんだ。僕も伝えなくちゃ」

 「ははは、素直でよろしい。亜衣ちゃん様様だ」

 「・・・・ふん」

 「で、最初の質問に答えとくとだな」

 「・・・・・」

 「別にいいだろ。映画の主人公じゃねえんだし」

 「ん?」

 「いつかした話覚えてるか?殺し屋と少女の映画の話」

 「・・・ああ、最後に殺し屋が死んで少女が生き残るやつだろ」

 「そう、あれあの後、もっかい見直してみたんだがよ。いい作品なんだ。二回目なのにうるっと来ちまった。でも、同時にやっぱちょっと納得いかなくてよ」

 「・・・何が」

 「いや、ハッピーエンドじゃねーじゃん」

 「・・・・うん、まあ、ね」

 「そりゃあ、少女だけに注目すれば、未来はあるかもしらんが。それなら殺し屋も生き残って未来を写せよって。なんか、死ぬことで許されたみたいな感じにしか見えんのだよな」

 「・・・・」

 「まあ、そもそも誰が許してくれるかなんて、知らんがな」

 「・・・・・」

 「お前の言った通りさ、酷いことしたんだから、悪い奴だから死ななきゃいけないみたいな、誰かの期待に応えて死んだようにしか見えなくなっちまったんだ。で、改めてそう見直すと腹が立った。これを見て泣いてるやつに腹が立ってきた。お前らのなんとなくの期待のせいでこの殺し屋死んだんじゃねーかって」

 「はは、無茶苦茶だな。というか、お前も泣いたんだろ?」

 「ああ、泣いたね。悔しいけど、やっぱ面白かったからな。何かの終わりってのはどんな形で在れ綺麗に見えちまう」

 「そっか」

 「そう、でもよ。それでもよ、俺はあの殺し屋に幸せになってほしかったぜ」

 「たとえ誰かに否定されても?」

 「ああ、否定されてもだ」

 「・・・幸せになっていいのかな」

 「それを決めるのは、それを許すのは、周りじゃあねえんだろ?お前、散々言ってたじゃないか」

 「・・・ああ、結局、自分で自分を許すしかないんだよな」

 「そ、別に誰かの期待に応える必要なんてないだろ?お前は映画の主人公じゃねえんだから」

 「そう・・・かな。でも僕、事実がもし知られたら結構、恨まれるだろうな」

 「ま、殺した奴の縁者にそういう奴がいればそうだな」

 「それでもいいって?」

 「・・・さあな。お前は誰かに恨まれたら、それで自分の幸せを諦めるのか?」

 「・・・さあ。でも怖いよ、自分が正しくないってわかってるのに、胸を張るのは」

 「ま、そうだろうな。でもよ、考えても見ろよ。否定してきてるそいつは、本当にまっとうな奴か?」

 「・・・どういう意味?」

 「きっとそいつはな、日々の食事に何にも思わず食ってるぜ。どれだけの命が犠牲になったとか、自分の行いで誰をどれだけ不幸せにしてきたとか、なんにも考えずに生きてるぜ。考えてるのは自分のことばっかだ、しかもそれに気付いてない。それなのに、他人を否定してるんだ。自分がやってることには無自覚にな」

 「・・・・」

 「それが悪いとは言わねえよ、不完全なのが人間だし。愚かなのが人間だ。えらそうなこと言ってる俺だって大概だしな。ほら、たしか聖書にもあったろ、本当に一切やましいことのない奴だけが罪のある奴に石を投げろって言ったら、誰も石なんて投げられなかったんだよ。どいつもこいつも、あほで、ばかで、何かを犠牲にしながら生きてるんだ」

 「だから、僕も幸せになっていいって?」

 「・・・それを決めるのはお前なんだろ。犠牲にしたものを見据えたうえで、どうするのかはお前が決めるんだろ」

 「・・・・ああ、そうだったな」

 「・・・・」

 「僕はさ」

 「・・・・ああ」

 「映画の主人公にはなりたくないな」

 「おう」

 「僕は僕の幸せのために生きていたい」

 「そうか」

 「だからそのためにできることをするよ。うん、そうするよ」

 「そうか、期待してるよ」

 「・・・僕のためにやるから、期待には応えられないぞ?」

 「勝手に期待してるだけだよ。応えようなんて考えるな。お前は『殺し屋』って役者じゃない、亜衣ちゃんも『自殺少女』っていう不幸な役者じゃない。お前らはお前らだろ」

 「うん、僕はこころだし。亜衣はあいだ」

 「それでいいんだよ」

 「そっか」

 「ああ」

 「・・・悪い、随分愚痴った。やっぱお酒入るとダメだな」

 「別にいいさ、何年ぶりだ?こうやって飲むの」

 「四年と・・・三か月くらい」

 「よく覚えてるな、相変わらず大した記憶力だ」

 「ははは、昔を思い出すのは得意だからさ」

 「ま、四年分の愚痴だ。別にこれくらい、いいさ。むしろ短すぎるくらいだ」

 「そっかなんだか、懐かしいな」

 「何が?」

 「こうやってると、初めて会った時のことを思い出す」

 「・・・・・っぶ、やめろ」

 「忘れるかよ、出会った初日に告白してきた奴なんてお前しかいない」

 「やーーめーーーろ、って。黒歴史だ畜生」

 「まあ、あの時はまだ一人称は『私』だったし、髪も長かったからね。女に見えたなら仕方ない」

 「うるへー、秒で断ったくせに」

 「だって、興味なかったし。それに、こいつ僕そのものじゃなくて、『儚くて物静かな女子』って幻想に恋してるのが見え見えだった」

 「若気の至りだよ・・・、しかも、その後たまたまダイビングで知りあったばあさん教授の紹介で再会するとも思わなえよ」

 「しかも気づかんしな」

 「いや、お前髪切ってるわ、一人称変わってるわで気づく要素ねえから。名前見てピンときた俺をむしろ褒めろ」

 「僕はずっと気づいてたけどねー」

 「うるせえ、ちくしょう・・・」

 「・・・なんで、僕が女じゃないって気づいた後も一緒にいてくれたんだ?」

 「・・・別に、そのころにはもうある程度、人となりを知っちまってたからだよ。『儚い女子』になんか期待しなくなっただけだ。篠原は篠原だろ」

 「そっか・・・・」

 「なんだよ」

 「いいや、ありがとう。僕、しょうすけのこと好きだよ」

 「はは、そいつはどういう意味の好きだ?」

 「ん?友達として」

 「だろな」

 「お前は?」

 「好きだよ、友達としてな」

 「ああ、そう・・・だな・・・・」

 「だいぶ酒回ってるな。もう、寝るか?」

 「・・・ああ、でも亜衣を運ばないと」

 「俺がやっとく、先、寝付いとけ」

 「わかった・・・・あ・・・」

 「なんだよ」

 「いや、明日、亜衣にちゃんと言わないとなって。きっとたくさん、たくさん言わないと、いろんなこと」

 「ま、それは明日考えるんだな。寝不足でやっていいことないぞ」

 「はは、違いない。じゃあ、寝るよ」

 「おう、さっさと寝ろ寝ろ」

 「あ、それとさ」

 「なんだよ、まだあんのか?」

 「お前がいてくれてよかった、ありがとう」

 「・・・・ああ」

 「じゃあ、おやすみ」

 「ああ、おやすみ」

 ----------------

 「ったく、恥ずかしげもなくいいやがる」

 「・・・・」

 「ま、明日はあいつが色々伝えてくれるらしいわ、楽しみにしときな亜衣ちゃん」

 「・・・・はい」

 眠ったふりをしていた亜衣ちゃんが、眼を閉じたまま小さく応えた。
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