殺し屋さんと自殺少女

キノハタ

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思い出と幸せ

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 綿貫さんとありたっけの食材を買い込んで料理の支度をする。

 ちょっと作りすぎかも?ちょっと食べすぎかも?

 でもまあ、今日くらいはいいでしょう?

 なにせ、今日はパーティなのだから。

 鼻歌を歌いながら、手の中で包丁をくるりと回した。

 綺麗に手の中に納まったそれを見て、少しくすっと笑った。

 そういえば、これで自分のおなかを刺したことがあったっけ。

 おなかの下にある傷があった場所を少しなぞる。

 それから、笑う。

 髪を結んで、エプロンをつけた。

 さあ、それでは料理を始めましょう。

 誰よりあの人のために、誰より私のために、誰よりそれを見守ってきた人のために。

 何より、ここを幸せな場所にするために。

 野菜を切ろう大きく盛り付けて、サラダにする。

 三人分だからそれはもう目一杯に、種類もたくさん買い込んだ。たくさんたくさん、お礼を言いながら皿に盛りつける。

 レタス。トマト。キュウリ。色合いにパプリカと人参をピーラーで削ったもの。ブロッコリーとじゃがいもとほうれん草はゆでたものを。他にも冷蔵庫に残っていた葉物を添えて、あとはおいしいし余っていた冷凍のサーモンも上に乗せてしまおう。きっといい感じに解凍される。

 それらをおっきなボウルに入れて、ラップをする。

 こころさんはいつ帰ってくるだろうか。

 想いながら、冷蔵庫に入れる。付け合わせのスパイスとオリーブオイルを綿貫さんに頼んでリビングのテーブルに置いてもらう。

 ふふふと笑う。楽しいね、なんだか。

 スーパーでお肉は何がいいかなあと言っていたら、綿貫さんは問答無用でどでかい牛肉のブロックを取ってしまった。

 私は大きなブロックを眺めながら首を傾げる。

 「わたぬきさーん、これ、何作るようですかー?」

 「えー、多分ローストビーフとかじゃないか?」

 「私、作ったことないですー」

 「あー・・・ちょっと待ってな、今調べるから、・・・これかな」

 「見せてくださーい、ふむふむ、まあやってみますかー」

 分からないこともあるけれど、それもまたチャレンジでしょう。私は綿貫さんにレシピを読み上げてもらいながら、ローストビーフを作っていく。

 大ぶりな肉に味付けをして、二人でおおっとか感嘆しながら調理していく。でっかいお肉。いかにもあの牛の太いおみ足についてましたよって感じ。

 表面を焼いて、時々、転がして、油を肉の下に滑り込ませながら。

 二人でこれくらいかな?まだかな?いや、こんなもんだろ、とか言いながら焼き加減を確かめる。

 これをアルミホイルで包んでしばらく、お湯の中にいれて寝かせる。

 ある程度寝かせたら、お湯から出してさらに寝かせる。

 あとはソースを作っちゃう。玉ねぎと醤油と酢とニンニクとさっき焼いたフライパンで混ぜて、一回煮立たせてから別容器で保存する。

 「ソースうまいな」

 「うまくできたかなー、ローストビーフ」

 「ま、食べてみてのお楽しみだな」

 洗い物をして、ある程度片づけてから次の料理に取りかかる。

 いかにもパーティってことでフライドチキン。

 こころさんの所に来て、初めて作る揚げ物かもしれない・・・・、健康に悪いからってこころさんも出さなかったし、私も作らなかった。

 ま、でもいいよね、今日くらい。なにせお祝いなのだから。

 鶏肉を密封パックに入れて、調味料と一緒に練りこむ。こっちもちなみに、初挑戦。

 初挑戦だけれど、まったく知らないわけじゃない。

 ・・・・なんでだっけ。

 ・・・・。

 ・・・・。

 そっか、お母さんの好物だ。

 お父さんも好きだったからよくお祝い事の日に作っていたのだ。

 まだ五歳にも満たないころに私は、それの作り方をキッチンで教えられたから。

 それでなんとなく知っていたのだ。

 しかもお母さんは確か、まだほとんど料理もわからない私に懇切丁寧にフライドチキンの作り方を教えていた。

 そう、確か、こんなふうに。





 いい?何はともあれ下味はちゃんとつけること、それだけで結構違うから。めんどくさがらずにやること。

 うん。

 あと揚げ物は正直、多少適当でも揚げたてなら美味しいから、食べるタイミングをできるだけ調整すること。

 うん。

 あとは縮んじゃうから、揚げすぎないことと。油取りようのキッチンペーパーはちゃんと引くこと。あとはいい油を使うだけでくさくなくなるのと・・・・・・あー、料理は教えること多いわね。第一、私あんま得意じゃないのよ。

 おかあさんのりょうり、おいしいよ?

 あ、それ大事よ。亜衣。おべっかでも、嘘でもなんでもいいから。お礼とか感謝は伝えること。そしたら相手もこっちのいいように行動してくれるから。得したいなら、お礼はしっかり言いなさい、でもわざとらしすぎても駄目よ。タイミングと言い方さえ間違えなければ少しでいいの。

 おべっか?

 それは今度、辞書あげるから自分で調べときなさい。

 はーい、でも、おかあさんのりょうり、ほんとーにおいしいよ?

 ・・・・あ、そ。

 おかあさん、かお、あかいよ?おねつ?

 気にしなくていいの。お皿とってきて。

 はーい。

 ・・・・。

 おかあさん。

 なに?

 おかあさんはフライドチキン、すき?

 すきよ。

 キャラメルとおんなじくらい?

 普通のやつならそうね。黒糖ならキャラメルのほうがすきよ。

 じゃあこくとーキャラメルとわたし、どっちがすき?

 ・・・・・はぁ。

 わたしきらい?

 ちょっとこっち来なさい。

 はーい。

 あんたの名前を言ってみなさい。

 やなぎさわ あい ごさいです!

 年齢は聞いてない。亜衣の意味は知ってる?

 おとなのひとがろまんちっくになるやつです!

 それはだいぶ限定的な愛ね、性愛っていうの。

 せーあい?

 そう、で愛はいっぱいあるの。家族愛とか、友人愛とか、隣人愛とか、まあきっと人それぞれ。人を大事にしたいって気持ちなのよ。

 それぞれかー。

 そう、それぞれ。で私は、ね、愛なんて・・・・

 おかあさん?

 私はあんたに亜衣なんて名前を付けたけどね、実はよくわかんないのよ。愛は難しいの。

 むずかしーのかー。

 でもね、あんたが笑ってると私もちょっと気分がいいのよ。

 おおー、わたしすごい!にへへー!

 はいはい。ま、だからあんたには色々教えてるの。あんたが将来困らないように。できるだけ笑えるように。だから必死に覚えなさい。これが私にしてあげられる。愛・・・・みたいなものだから。

 はーい。

 ふう、分かったらお皿配ってきて。

 ねーねー、おかあさん。

 なによ。

 けっきょく、わたしとキャラメルどっちがすき?

 あ・・・・・キャラメル。

 うわーん!おかーさんのあほー!ぜっこーだー!

 笑いながら絶交とか言ってんじゃないわよ・・・。

 あははは!だって、あ・・・っていいかけたもーん!

 はあ・・・。



 
 今でも思い出す。

 幸せな記憶。満ち足りた記憶。もう戻らない記憶。

 そして今でも私を支える記憶。

 私の愛の記憶。

 おかあさん、おかあさんは今の私を見たら笑ってくれるかな。

 わかんない、わかんないね。

 だからいつか会えた時に私が笑えるように精一杯、生きてみるよ。

 ゆっくりと眼を開ける。

 現実に帰ってくる。

 今ある私に帰ってくる

 さあ、準備を続けよう。

 今、この瞬間を目一杯、生きていこう。


 ーーーーーー

 夜になって、私たちはあらかたの準備を終えて待っていた。

 待っているばかりの時間はいささか不安で、そんな不安を何度か深呼吸して落ち着けた。

 綿貫さんは黙々と小さな小皿に缶詰から出したものを並べている。お酒のおつまみらしい。

 しんとした時間が流れる。私たちの呼吸音とお皿に料理が並ぶ音だけがする。

 こつ。

 こつ。

 こつ。

 こつ。

 扉の開く音がした。

 私は玄関に向かって走り出した。

 「おかえりなさい!こころさん!!」

 「うん、ただいま」

 笑って出迎える。

 「おかえり、無事終わったのか」

 「まあ、多分ね。座って話すよ」

 「へへ、ではではこっちです」

 こころさんをリビングに連れていく。

 私は自信満々に。

 綿貫さんは酒の瓶をもってそれを披露する。

 驚いたこころさんの顔を見て、うん、満足。

 さあ、それでは始めましょうパーティを。

 私たちの変化を。

 成長を。

 これからを。

 新しい人生を祝うために。

 「「「かんぱーい」」」

 きっときっと、いいものになるのでしょう。
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