迷子の天使の話~王子妃セスから冒険者レノになった話 シリーズ第4弾~

氷室 裕

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39 神の遣い

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 ドーガが恋の相手か・・そうか、驚いたな。

「恋か・・何だか安心したぞ・・お前はちゃんと、当たり前の生き方をしていたんだな。捻くれもせず、良かったよ・・」
「ふふっ!僕は純粋でも無垢でもありませんが、捻くれてもいないですよ。ユージーン殿下のノアはどんな感じですか?18才ならもう成人ですね。経験はもう済んでいますか?」
「なっ!?え?お前はまだ13才だろ!?何言って・・!」

 平然とした顔で、13才の子供が話すとは思えないような事を聞かれて驚いた。

 経験って・・経験だよな・・
 ノアとの事を進めるのに苦労している俺にとっては、なかなか嫌な質問だ・・俺たちはまだ経験とやらをしていない。

「まだ?もう13才でしたよ。僕の時間は止まってしまったから、経験できずに死んでしまった事だけ悔やみます。きっと、きもちい───」
「待て待て待て・・!一旦待て。ちょっと・・俺の使命が何なのか分からなくなったぞ・・ロキ神は俺にお前を癒せと言ってきた。俺はお前の心があまりにも健在だから・・ちょっと・・戸惑っている」
「僕を癒す?心の方?そういう・・意味?」
「じゃあ・・どういう・・意味・・?」
「だから、殿下は僕が経験出来なかった事をしてくれるんじゃ・・」
「つまり・・」
「抱いてください」

 何でだ!!
 ロキ神!ちょっと説明しろ!!

 俺は人間のノアが哀れで、感情移入までして涙したんだぞ!?俺の中に流れ込んできた苦しみや悲しみの感情!あれはいったい何だったというんだよ・・!

 そ、それなのに、元気じゃないか!すごく溌剌としているじゃないか!まあ、良かったよ・・
 だけどそれなのに、俺がこの子の心を癒す必要があるのか!?

「ふざけんなよ!!おい!ロキ神!説明しろ!あの野郎!!」
「っ・・!すみません・・!」
「・・いや・・怒鳴って、悪かった。怖かったな・・ちょっと理解が追いつかなくて。だからつまり、お前はドーガに抱かれたかったんじゃないのか?」
「いえ・・ドーガは男に興味なんてありませんよ。どちらかと言うと、僕の母上に見とれていました。いくら好きな相手でも、自分に母上の面影を重ねられながら抱かれるなんて嫌ですよ・・」
「それはそうだな・・あー、心は?辛くないか?まだ苦しんでるんじゃないのか?」
「辛かったです。家族から日常的に暴力を受けると、精神的に壊れそうになります。痛みは何の経験にもなりませんから。母上を痛めつけられるのを見るのが苦しくて、僕は学園に行くのをやめて良かったと思いました。目を離すと助けてあげられないですから。兄上の闇魔法は残酷で、僕への恨みも憎しみも恐ろしいものでしたから、いくら忘れたくてもあの時の兄上の形相は、僕の瞼に焼き付いて離れそうにありません。母上を失って、ひとりになって、それでも兄上を助けようと思ったのは、償うまでは生きていて欲しかったからです。ユージーン殿下がコリン家を丸ごと断罪して下さって、本当に感謝しています。嘘や犯罪を隠したままでは、コリン家はさらに腐り切って朽ちていくだけですから。正してくれて、ありがとうございました」
「そんな淡々と・・お前には驚くよ・・おいで・・お前を抱き締めていいか・・抱き締めたいんだ」

 ノアはやっぱり少し驚いて、それでも素直に俺の胸に頬を擦り寄せてきた。ノアの瞳に涙がうっすら滲んでいた事には触れないで、頭をくしゃりと撫でてやる。

 俺のノアの色とは違うノア、性格や表情が違えばこんなにも違って見えるんだな・・

 この子は最後まで虐げられて、毒で苦しんで死んだ。なのに、苦しみが人生の避けられない真実だと理解することで、現実をありのままに受け入れることができている。

 人生における苦しみは、自身の思い通りにならない現実と向き合う機会であり、それを受け入れることで真の幸せに近づくことだと俺は思っている。

「ノア・・俺は今、お前の身体で生きているノアを愛してる」
「はい、大切にしてあげて下さい。きっと純粋無垢過ぎて、殿下は手も出せずに苦労してるのではないですか?」
「ははは・・13才の癖に生意気だ。でもその通りだよ。ノアは天使だから、仕方ないみたいだ」
「天使・・?もしかして薄桃色の瞳の?」
「そうだ。お前を迎えに行った天使が、俺の恋人だ」
「なるほど・・分かりました。天使を差し置いて、僕が先に殿下を奪う訳にはいかないですね?」
「そういう事だ。生まれ変わったら、恋人に存分に愛してもらえよ。せめてそうなるように、ロキ神に約束させるから」
「本当に?ふふ!お願いしますね?」
「ああ、じゃあな」

 ノアを見つめる。
 安らかに、眠れ。
 今度生まれ変わる時は、きっと幸せが待っているから。

 俺はノアと見つめあったまま、そっと唇を重ねる。ノアはまた驚いて、恥ずかしそうにして笑って、俺はまた優しいキスをした。

「殿下・・?」
「ノア!お前か・・」

 目を開けると目の前にノアが立っていた。
 白い金髪に薄桃色の瞳、俺のノア。

「おかえり、ユージーン。どうだった?人間のノアは」
「この野郎!!ふざけやがって!」
「あははっ!悪い悪い!意外と元気だったでしょ?それでもね、温もりを求めていた事には変わりないよ。実際、あの子は成仏出来ていなかったんだから」

 分かってる。彷徨ってたんだろ・・
 明るく振舞っていたとしても、あんな涙を見せられたら気が付くだろ。

「あの子と約束した。あとは頼む」
「勝手な王子だなぁ・・まあ、あの子がちゃんと空に登ったし?今回は俺も楽しませてもらったし?特別だよ?恋人ねぇ・・ふふっ!分かったよ」

 今度生まれ変わったら。
 そんな事が実際にあるのか分からない。分からないけれど、あの子にとって、どうかそうであって欲しいと願ってるよ。

「俺もいろいろと安心した・・ロキ神、感謝する」
「ユージーン、お前が解釈のできる男で良かったよ。これからお前たちふたりが生きていく上で、ノアの記憶がない事を憂いたままでは、モヤモヤが残るだろ?そんな事でノアに不信感を抱かれても困るんだよ」
「俺たちふたりが、生きていく上で・・」
「そうだよ」
「・・奪われるかと思った・・ノアを失うかと思って俺は」
「本当はそうしたかったけどね、俺はノアに恨まれたくないからね。ノア、幸せになるんだよ?」
「ロキ神様、僕、ユージーン殿下が大好きです!」
「そうだね。ノア、また迎えに来るよ。その時は、楽園で俺と過ごそうな?」
「はい!」
「ノアを頼んだよ、ユージーン」
「了解した」

 ロキ神の思惑か・・

 あの子に、ほんの少しの愛を与えてやる事・・足りなかった温もりを持って、あの子は空へ還って行った。

 俺はノアの記憶がない事も、それがいつ戻るか分からない事にも不安を抱えていた。
 ノアの真実を知っても、俺の気持ちに何ら変わりはない。 

 きっと2人のノアの為に、俺はロキ神によって遣わされたんだな。




                                                                                 







 
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