迷子の天使の話~王子妃セスから冒険者レノになった話 シリーズ第4弾~

氷室 裕

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38 ちゃんと生きていた

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 抱き締める力を弱めて髪を撫でると、ノアは不思議そうな顔をしていた。

 それはそうだろう・・神からの告げがあったとしてもだ・・俺はノアの人生に関わりなんてなかった見知らぬ存在なのだから。

「涙がなかなか止まらないですね・・」
「残酷な事をしてすまない・・お前にまた辛い記憶を思い出させている・・こんな事をする意味があるのか俺には分からない」
「悲しくはないです。僕のこの涙は、ユージーン殿下が優しいせいです。もう1人の僕を愛してるのですね・・温かいです」
「ノア・・お前の幸せだった時の話を聞かせて欲しい・・駄目か?」
「幸せだった時の・・?」

 ノアは少し考えるような顔をして、すぐに顔をあげた。それから何かを思い出すように話を始めた。

「僕の母上はとても綺麗な人だったんです。儚くていつも幸せそうな顔をする人でした。父上はそんな母上を愛していたんだと思います。だけど僕が生まれて、兄上たちが母上を受け入れる事が出来ないまま、僕と母上は最後まで家族として受け入れられる事はありませんでした。だけど、僕が10才の頃に少しだけ学園に通わせてもらえたんです。とても嬉しかった。学ぶ事それに剣術も魔法も・・僕にはどれも魅力的で、本当に楽しかったんです。これって、幸せだったって、言ってもいい事でしょうか」
「ああ、もちろんだ。お前は優秀で素晴らしい生徒だったと聞いている。魔法は得意か?どんな魔法を使うんだ?」
「僕は風魔法が使えます。だけど戦闘には向いていなくて、風の持つ広がりや速さや軽さなんかの性質を応用して、戦闘以外の補助魔法をよく使っていました」

 ノアはそう言うと風を起こし視界を遮る撹乱魔法を行使して、俺の目の前から姿を隠した。そして微笑みながら姿を現すと、風の力で体を軽くして、空中で俺の体を浮遊させた。

「凄いな、浮いてる・・」
「ふふっ!いっぱい練習したんです。魔法を学ぶのがとても楽しかった。あの時、兄上を怪我させないように全力で浮遊させたけど、兄上は怖がるばかりで上手くいかなくて・・結局は酷い怪我をさせてしまいました。僕の魔力はあっさりと枯渇して、治癒魔法すら行使してあげられなかった。あの・・僕、光属性の特性を少し持っているんです。浄化ホーリーや、視界を奪う閃光フラッシュ・・それに治癒魔法・・練習していたのに、まだ未熟だったんです・・僕はいくら治癒魔法を持っていたって、一番大切な母上すら助けられなかった」
「ノアは悪くない。精一杯やったんだ・・髪や瞳の色が変わってしまうほどに、それくらいお前は精一杯やったんだよ」
「はい、大丈夫です。恨みも後悔もありません。僕の人生がたまたまこうだっただけだから」

 また笑顔を見せる。
 何の屈託のない微笑み・・

  まだ消えていない、このノアという子の希望は。
 俺の愛するノアが見せる表情とは違うけれど、決して絶望に落とされた顔なんてしていない。
 とてもしっかりしている。口調も表情も、ちゃんと意志を持った自立した子に見える。

 ノアは母に愛されていた。きっといつも小さな幸せを感じていたんだ。
 それに、あんな家族でもどこかで愛される事を信じていたに違いない。恨みを持つことも憎悪する事もせず、兄を助けようとするんだから。

「純真だな・・」
「純真・・?そうでもなかったです。毒に侵されながら死ぬ事も出来ず苦しくて、好きだった相手が僕を看病する事をやるせなく思っていたんですから」
「もしかして・・ドーガか?」
「ドーガ・・はい。僕の最初で最後の初恋でした。僕は愛される事を求めていたけれど、彼には愛されないと分かっていたから看病されながら泣いていましたよ。酷いですよね?苦しみが長らえるだけで、好きな相手に自分の醜態を晒すだけだなんて」

 13才のノアは、人を想う気持ちをちゃんと持ち合わせている。自分を虐げる者を家族として受け入れていたんだ。自分を毒で虐げて命を奪う事すら厭わない者を、助けようとすらして。

 母を失い毒のせいで衰弱する小さな体は、気力も胆力もなくなったに違いない・・だけど生きることを諦めたんじゃない、きっと毒に侵された苦しみから逃れたかっただけなんだ。

 恋をしたかっただけだ。
 ちゃんと生きようとしていた。ただ、それが叶わなかっただけだ。

 13才の思春期のノアは、ちゃんと月並みに生きていた。俺の知っているノアは無垢だけど、こうやってこの子はちゃんと恋をしていたんだ。

 悲しみや苦しみだけの人生じゃなかっただろ?
 そうだろ?だって、ちゃんと今、俺の前で笑って見せているんだから。













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