38 / 43
38 ちゃんと生きていた
しおりを挟む
抱き締める力を弱めて髪を撫でると、ノアは不思議そうな顔をしていた。
それはそうだろう・・神からの告げがあったとしてもだ・・俺はノアの人生に関わりなんてなかった見知らぬ存在なのだから。
「涙がなかなか止まらないですね・・」
「残酷な事をしてすまない・・お前にまた辛い記憶を思い出させている・・こんな事をする意味があるのか俺には分からない」
「悲しくはないです。僕のこの涙は、ユージーン殿下が優しいせいです。もう1人の僕を愛してるのですね・・温かいです」
「ノア・・お前の幸せだった時の話を聞かせて欲しい・・駄目か?」
「幸せだった時の・・?」
ノアは少し考えるような顔をして、すぐに顔をあげた。それから何かを思い出すように話を始めた。
「僕の母上はとても綺麗な人だったんです。儚くていつも幸せそうな顔をする人でした。父上はそんな母上を愛していたんだと思います。だけど僕が生まれて、兄上たちが母上を受け入れる事が出来ないまま、僕と母上は最後まで家族として受け入れられる事はありませんでした。だけど、僕が10才の頃に少しだけ学園に通わせてもらえたんです。とても嬉しかった。学ぶ事それに剣術も魔法も・・僕にはどれも魅力的で、本当に楽しかったんです。これって、幸せだったって、言ってもいい事でしょうか」
「ああ、もちろんだ。お前は優秀で素晴らしい生徒だったと聞いている。魔法は得意か?どんな魔法を使うんだ?」
「僕は風魔法が使えます。だけど戦闘には向いていなくて、風の持つ広がりや速さや軽さなんかの性質を応用して、戦闘以外の補助魔法をよく使っていました」
ノアはそう言うと風を起こし視界を遮る撹乱魔法を行使して、俺の目の前から姿を隠した。そして微笑みながら姿を現すと、風の力で体を軽くして、空中で俺の体を浮遊させた。
「凄いな、浮いてる・・」
「ふふっ!いっぱい練習したんです。魔法を学ぶのがとても楽しかった。あの時、兄上を怪我させないように全力で浮遊させたけど、兄上は怖がるばかりで上手くいかなくて・・結局は酷い怪我をさせてしまいました。僕の魔力はあっさりと枯渇して、治癒魔法すら行使してあげられなかった。あの・・僕、光属性の特性を少し持っているんです。浄化や、視界を奪う閃光・・それに治癒魔法・・練習していたのに、まだ未熟だったんです・・僕はいくら治癒魔法を持っていたって、一番大切な母上すら助けられなかった」
「ノアは悪くない。精一杯やったんだ・・髪や瞳の色が変わってしまうほどに、それくらいお前は精一杯やったんだよ」
「はい、大丈夫です。恨みも後悔もありません。僕の人生がたまたまこうだっただけだから」
また笑顔を見せる。
何の屈託のない微笑み・・
まだ消えていない、このノアという子の希望は。
俺の愛するノアが見せる表情とは違うけれど、決して絶望に落とされた顔なんてしていない。
とてもしっかりしている。口調も表情も、ちゃんと意志を持った自立した子に見える。
ノアは母に愛されていた。きっといつも小さな幸せを感じていたんだ。
それに、あんな家族でもどこかで愛される事を信じていたに違いない。恨みを持つことも憎悪する事もせず、兄を助けようとするんだから。
「純真だな・・」
「純真・・?そうでもなかったです。毒に侵されながら死ぬ事も出来ず苦しくて、好きだった相手が僕を看病する事をやるせなく思っていたんですから」
「もしかして・・ドーガか?」
「ドーガ・・はい。僕の最初で最後の初恋でした。僕は愛される事を求めていたけれど、彼には愛されないと分かっていたから看病されながら泣いていましたよ。酷いですよね?苦しみが長らえるだけで、好きな相手に自分の醜態を晒すだけだなんて」
13才のノアは、人を想う気持ちをちゃんと持ち合わせている。自分を虐げる者を家族として受け入れていたんだ。自分を毒で虐げて命を奪う事すら厭わない者を、助けようとすらして。
母を失い毒のせいで衰弱する小さな体は、気力も胆力もなくなったに違いない・・だけど生きることを諦めたんじゃない、きっと毒に侵された苦しみから逃れたかっただけなんだ。
恋をしたかっただけだ。
ちゃんと生きようとしていた。ただ、それが叶わなかっただけだ。
13才の思春期のノアは、ちゃんと月並みに生きていた。俺の知っているノアは無垢だけど、こうやってこの子はちゃんと恋をしていたんだ。
悲しみや苦しみだけの人生じゃなかっただろ?
そうだろ?だって、ちゃんと今、俺の前で笑って見せているんだから。
それはそうだろう・・神からの告げがあったとしてもだ・・俺はノアの人生に関わりなんてなかった見知らぬ存在なのだから。
「涙がなかなか止まらないですね・・」
「残酷な事をしてすまない・・お前にまた辛い記憶を思い出させている・・こんな事をする意味があるのか俺には分からない」
「悲しくはないです。僕のこの涙は、ユージーン殿下が優しいせいです。もう1人の僕を愛してるのですね・・温かいです」
「ノア・・お前の幸せだった時の話を聞かせて欲しい・・駄目か?」
「幸せだった時の・・?」
ノアは少し考えるような顔をして、すぐに顔をあげた。それから何かを思い出すように話を始めた。
「僕の母上はとても綺麗な人だったんです。儚くていつも幸せそうな顔をする人でした。父上はそんな母上を愛していたんだと思います。だけど僕が生まれて、兄上たちが母上を受け入れる事が出来ないまま、僕と母上は最後まで家族として受け入れられる事はありませんでした。だけど、僕が10才の頃に少しだけ学園に通わせてもらえたんです。とても嬉しかった。学ぶ事それに剣術も魔法も・・僕にはどれも魅力的で、本当に楽しかったんです。これって、幸せだったって、言ってもいい事でしょうか」
「ああ、もちろんだ。お前は優秀で素晴らしい生徒だったと聞いている。魔法は得意か?どんな魔法を使うんだ?」
「僕は風魔法が使えます。だけど戦闘には向いていなくて、風の持つ広がりや速さや軽さなんかの性質を応用して、戦闘以外の補助魔法をよく使っていました」
ノアはそう言うと風を起こし視界を遮る撹乱魔法を行使して、俺の目の前から姿を隠した。そして微笑みながら姿を現すと、風の力で体を軽くして、空中で俺の体を浮遊させた。
「凄いな、浮いてる・・」
「ふふっ!いっぱい練習したんです。魔法を学ぶのがとても楽しかった。あの時、兄上を怪我させないように全力で浮遊させたけど、兄上は怖がるばかりで上手くいかなくて・・結局は酷い怪我をさせてしまいました。僕の魔力はあっさりと枯渇して、治癒魔法すら行使してあげられなかった。あの・・僕、光属性の特性を少し持っているんです。浄化や、視界を奪う閃光・・それに治癒魔法・・練習していたのに、まだ未熟だったんです・・僕はいくら治癒魔法を持っていたって、一番大切な母上すら助けられなかった」
「ノアは悪くない。精一杯やったんだ・・髪や瞳の色が変わってしまうほどに、それくらいお前は精一杯やったんだよ」
「はい、大丈夫です。恨みも後悔もありません。僕の人生がたまたまこうだっただけだから」
また笑顔を見せる。
何の屈託のない微笑み・・
まだ消えていない、このノアという子の希望は。
俺の愛するノアが見せる表情とは違うけれど、決して絶望に落とされた顔なんてしていない。
とてもしっかりしている。口調も表情も、ちゃんと意志を持った自立した子に見える。
ノアは母に愛されていた。きっといつも小さな幸せを感じていたんだ。
それに、あんな家族でもどこかで愛される事を信じていたに違いない。恨みを持つことも憎悪する事もせず、兄を助けようとするんだから。
「純真だな・・」
「純真・・?そうでもなかったです。毒に侵されながら死ぬ事も出来ず苦しくて、好きだった相手が僕を看病する事をやるせなく思っていたんですから」
「もしかして・・ドーガか?」
「ドーガ・・はい。僕の最初で最後の初恋でした。僕は愛される事を求めていたけれど、彼には愛されないと分かっていたから看病されながら泣いていましたよ。酷いですよね?苦しみが長らえるだけで、好きな相手に自分の醜態を晒すだけだなんて」
13才のノアは、人を想う気持ちをちゃんと持ち合わせている。自分を虐げる者を家族として受け入れていたんだ。自分を毒で虐げて命を奪う事すら厭わない者を、助けようとすらして。
母を失い毒のせいで衰弱する小さな体は、気力も胆力もなくなったに違いない・・だけど生きることを諦めたんじゃない、きっと毒に侵された苦しみから逃れたかっただけなんだ。
恋をしたかっただけだ。
ちゃんと生きようとしていた。ただ、それが叶わなかっただけだ。
13才の思春期のノアは、ちゃんと月並みに生きていた。俺の知っているノアは無垢だけど、こうやってこの子はちゃんと恋をしていたんだ。
悲しみや苦しみだけの人生じゃなかっただろ?
そうだろ?だって、ちゃんと今、俺の前で笑って見せているんだから。
10
あなたにおすすめの小説
冬は寒いから
青埜澄
BL
誰かの一番になれなくても、そばにいたいと思ってしまう。
片想いのまま時間だけが過ぎていく冬。
そんな僕の前に現れたのは、誰よりも強引で、優しい人だった。
「二番目でもいいから、好きになって」
忘れたふりをしていた気持ちが、少しずつ溶けていく。
冬のラブストーリー。
『主な登場人物』
橋平司
九条冬馬
浜本浩二
※すみません、最初アップしていたものをもう一度加筆修正しアップしなおしました。大まかなストーリー、登場人物は変更ありません。
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
縁結びオメガと不遇のアルファ
くま
BL
お見合い相手に必ず運命の相手が現れ破談になる柊弥生、いつしか縁結びオメガと揶揄されるようになり、山のようなお見合いを押しつけられる弥生、そんな折、中学の同級生で今は有名会社のエリート、藤宮暁アルファが泣きついてきた。何でも、この度結婚することになったオメガ女性の元婚約者の女になって欲しいと。無神経な事を言ってきた暁を一昨日来やがれと追い返すも、なんと、次のお見合い相手はそのアルファ男性だった。
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
王太子殿下に触れた夜、月影のように想いは沈む
木風
BL
王太子殿下と共に過ごした、学園の日々。
その笑顔が眩しくて、遠くて、手を伸ばせば届くようで届かなかった。
燃えるような恋ではない。ただ、触れずに見つめ続けた冬の夜。
眠りに沈む殿下の唇が、誰かの名を呼ぶ。
それが妹の名だと知っても、離れられなかった。
「殿下が幸せなら、それでいい」
そう言い聞かせながらも、胸の奥で何かが静かに壊れていく。
赦されぬ恋を抱いたまま、彼は月影のように想いを沈めた。
※本作は「小説家になろう」「アルファポリス」にて同時掲載しております。
表紙イラストは、雪乃さんに描いていただきました。
※イラストは描き下ろし作品です。無断転載・無断使用・AI学習等は一切禁止しております。
©︎月影 / 木風 雪乃
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】言えない言葉
未希かずは(Miki)
BL
双子の弟・水瀬碧依は、明るい兄・翼と比べられ、自信がない引っ込み思案な大学生。
同じゼミの気さくで眩しい如月大和に密かに恋するが、話しかける勇気はない。
ある日、碧依は兄になりすまし、本屋のバイトで大和に近づく大胆な計画を立てる。
兄の笑顔で大和と心を通わせる碧依だが、嘘の自分に葛藤し……。
すれ違いを経て本当の想いを伝える、切なく甘い青春BLストーリー。
第1回青春BLカップ参加作品です。
1章 「出会い」が長くなってしまったので、前後編に分けました。
2章、3章も長くなってしまって、分けました。碧依の恋心を丁寧に書き直しました。(2025/9/2 18:40)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる