迷子の天使の話~王子妃セスから冒険者レノになった話 シリーズ第4弾~

氷室 裕

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15 王太子

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 俺は王太子であるソルヴィン兄上の執務室を訪ねた。

 断罪者ノアがデニーバによって暴行を受けた件について語らずとも、すでに兄上の耳には入っている状態で、フリードからそれに関してはあらかじめ聞いていた。

 兄上も俺と同様、いくら被害者が断罪者と言えど、王宮内で起こった事件については放置してはおけないとお考えだ。不穏な動きをするものもしかり、高官の不祥事ともあらば尚の事厳しく言及し処罰する事が必要だ。
 
「ユージーン、お前は今、そのノアという者を世話しているみたいだな」
「はい、偶然保護したところ酷い状態でしたので。まだ回復に時間がかかりそうですが」

 兄上はいかにも興味深げな顔をしながら、多くを聞くことをせずに話を進める。

「ダリル・デニーバについては?」
「ダリルには降爵こうしゃくでは甘すぎます。奪爵だっしゃくさせ爵位を剥奪し、国外へ追放します。デニーバ家での組織的な共同正犯ではなくダリルの単独犯だという事もあり、親族についての処分は軽罪に留めます。これでも刑が軽く済んだ方ですし、貴族籍と領地を剥奪されても、「元貴族」で平民というものになるのですから。デニーバ家の財産の押収と没収については国で管理し、一部は損害をこうむったノアや使用人に与えます」
「甘いな。お前はそれで良いと?」
「デニーバの親族の中には、才の優れた者もおります。万が一にも何かを企てでノアに報復するものが出ては元の目論見ですので、こちらの目の届く所で監視した方が良いかと。犯罪行為で一族郎党処刑される家系もある中、お家取り潰しで済んだ事に感謝して欲しいものですよ」
「分かった。好きにしろ。今後、王宮に入ってくる者は全て洗いざらい身元を確認させる。お前も間もなく婚約するんだ、姫を危険に晒したくないだろう?」

 姫か・・俺よりも兄上の妃選びの方を優先して欲しいものだ・・なぜ俺が先なんだよ・・
 この辺りについては、兄上の心積りがよく分からない。

「まあ・・それは、その方が良いかと。俺は、まだ結婚なんて・・」
「何だ?相手に不満でもあるのか?リティニア王国の姫だ、明るく美しいお方だぞ?」
「いや・・俺はお会いした事がありませんので」
「なら、楽しみにしていろ。それとも何だ?そんなにノアが気になるのか?」
「え!?いや・・」

 兄上はまた俺の事を面白そうに見て、何かを試すような物言いをする。きっと俺がノアを特別に思っている事など見透かしているんだろ?

「すぐに手放せ。姫を幸せにしろ」
「兄上!なぜそんな話に!聞いて下さい!」
「聞いている。お前はそのノアという者を特別に思っているのか?」
「それは・・いや・・何の、ご冗談を・・」
「冗談ではないが?違うならいいな?」
「それは・・」
「まだ、回復に時間がかかると?ならそれまで待ってやる」

 まさかこんな事態になるとは思っていなかった。ノアを手放す?要するに、また毒味役をさせるという事だ・・ノアに俺たち王族の毒味役を?そんな事、させてたまるか!

「兄上・・俺はノアを・・」

 なんて言えばいい!?
 どうしたら助けられる?

 俺はノアを助けてやると約束したんだ・・ノアを、あの過酷な状況から救い出してやりたいんだよ。

「兄上、1度ノアに会って頂けませんか?」
「なぜ私が?」
「・・お会いになればノアが断罪されるような者ではないとお分かりになります」
「お前にそこまで言わせるなんてな?まあ、いい。ならば会おう。夕刻、私の所へ連れてこい」
「ありがとうございます!兄上」

 実際兄上が、俺にノアを手放せと言う理由だって分かっている。ノアのように断罪された片田舎の下級貴族を、王族である俺が相手をするなんてありえない。

 兄上は何故かすんなりとノアに会うことを了承してくれた。それが今の俺にとってはありがたい事でもあり、一方では一本気で正しいことしか認めないといった姿勢のこのお方に、相応しくないような気がしてならなかった。

 俺はノアとの事について考えが及ばないでいるし、断罪者ノアを兄上がどう捉えるのかを知りたい。ノアの件を全て話した上で、助力を得たかった。とにかくノアの調査書についての報告は、夕刻の面会までに済ませるよう手配した。

 夕刻になり私室に戻ると、ノアはフリードが着せた正装に準ずる平服を身につけて待っていた。
 その理由を聞かされていないノアは不安そうな顔をしながらも、俺に向けて笑顔を見せてくる。

「ユージーン殿下、おかえりなさいませ。今日は・・あの、フリード様が、お洋服を貸して下さいました。どこかへ、行かれますか?」

 白に近い金髪の髪を綺麗に整えてられていて、隠れて見えなかった可愛らしい顔がよく見えた。瞳の薄桃色が目元を明るく見せ、大きな瞳がより一層可愛らしく写って見える。
 フリードが着せた薄い水色の衣装にはフリルが付いていて、ノアにとてもよく似合っていた。

 ノアは俺の方へゆっくりと近づいてくると、静かに俺の言葉を待つようにして見上げる。

「ノア、ただいま。そうなんだ。今日はこれから人に会いにな。俺の信頼しているお方なんだ。ノアも一緒に来てくれないか?」
「僕も・・?あの、僕は何をしたら良いですか?」
「何もしなくていいよ。ただ、楽しく過ごせばいい。いつものお前でいるだけでいい」
「はい。あの・・ユージーン殿下は、僕の側にいて下さいますか?」
「ははっ、もちろんいるよ。だからお前の思うように過ごせ」
「はい」

 初めこそ怖がって震えていたノアも、すっかり俺への警戒が解けたように感じる。
 ノアは俺の言う事に従順で、ある日を境にすっかり安心して懐いてくるようになった。

「あの・・今日も、してくれますか?」
「するよ、いつしようか・・くすっ!」

 ノアはあれ以来、俺がノアにキスをするのかを聞いてくるようになった。毎日「今日もしてくれますか?」とモジモジしながら聞いてくる。

 俺はそんなノアが可愛くて、ある時はすぐには与えないで焦らしながらその様子を楽しんでいた。与えてやればすぐに蕩けるような顔をするものだから、やり過ぎないように堪えるのが本当に大変だった。

 こんなにもキスに弱くて、疎くて、それなのに欲しがって。そんなふうに求めてくるなんて、俺に向けるその瞳は、俺への特別な意味を含んでいるのだと思ってもよいのだろうか。

 頬を撫でて見つめてやれば、恥ずかしそうに俺を見つめてくるんだから、俺は勘違いするし期待だってしてしまうだろ?

 フリードはそんな俺に対して呆れ顔で、「すっかりハマってるじゃねぇか・・」とボヤきながら笑っていた。







 





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