迷子の天使の話~王子妃セスから冒険者レノになった話 シリーズ第4弾~

氷室 裕

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27 ヒューベルトの先見の明

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 久しぶりに訪れるこの西国タリアネシアは、俺にとって思い出深い国だ。

 俺がかつて愛したセスと旅をしたのが、ついこの間のように感じる。

 我が国リティニア王国と西国タリアネシアとの友好を結びつける政略結婚が政治的な安定をもたらし、同盟関係を強化し紛争を回避できる可能性があるのなら、個の恋愛や幸福感などは期待するだけ無駄なものなのかもしれない。

 しかし・・やはり我が妹の事となれば話は変わってくるわけで。

「ヒューベルト、どうした?アリアが心配か?」
「まあな。それより良かったのか?ふたりとも。アリアの為に西国タリアネシアへ寄り道するなんて」

 俺の友人であるアンティジェリア王国の第3王子レオナルドとその伴侶であるセスは、俺の予定にあわせてこの国を訪れた。

 アリアは一足先にこの西国タリアネシアへ入国していて、俺の目的はリティニア王国の王命に従いアリアの婚約の儀を滞りなく交わす事だ。

 俺は友人ふたりと、レオナルドの側近のオットーとその伴侶にも目を向ける。

「もちろんいいに決まってるよ!大切なアリアの為なんだから」
「セスの言う通りだ。アンティジェリア王国の代表として、婚約の祝賀会には参加させてもらうよ。せっかくだからアンティジェリア王国へ帰る前に、いろいろ歴訪して回るのもいいかも知れないな?」

 俺たちが、ゲストルームで寛ぎながら談笑していると、ソルヴィン王太子の側近から、先触れの知らせが入ってきた。

「しばらく席を外すから、ゆっくり寛いでくれ。セス、また後でアリアに会ってやってくれるか?」
「もちろん!俺だって会いたいと思ってたんだ!ひゅう、いってらっしゃい!またね」
「ああ、行ってくるよ」

 俺はソルヴィンの側近について行くと、王宮の応接間へと案内される。しばらくソファーに座って待っていると、見慣れた顔が疲れた顔をしながらやってきた。

「ヒューベルト、久しぶりだ。待っていたんだ」
「ソルヴィン、何だよ?急に呼び出すなんて。3日後のユージーンの婚約発表で会う予定じゃなかったのか?」

 俺とソルヴィンは同じ歳ということもあり、これまでも度々交流を重ねてきた。言わば幼い頃からの友人といったところだ。

 先日は俺とイヴの結婚式の為に、リティニア王国を訪れて祝福をくれたばかりだ。

 しかし、今回のソルヴィンの判断については、遅すぎるにも程がある。

 俺はソルヴィンが何故俺をここに呼んだのかを理解しているつもりだし、差し迫る3日後の婚約発表を前にして、今というのには判断が遅すぎて心配になる。
 やっとだぞ・・こんな調子で大丈夫なのか?ソルヴィンは・・

「ヒューベルト、話したい事がある。とても言いづらい・・」
「とにかく言ってみろ。聞くだけ聞く」
「アリアの事だ。3年前に取り交わしたとおり、3日後、本当ならばユージーンとの婚約を公にするつもりだったんだ。だけど弟は、アリアと顔を合わせる前に他の者に恋をした・・こんな状態でそちらの大切なアリアに嫁いでもらう訳にはいかない・・」
「そうか?結局は政略結婚なんだから、アリアだって承知の上だ。どうしてもと言うなら、その恋の相手をユージーンの側室にでもしたらどうだ?」
「は?ヒューベルト!お前の大切な妹だろ!?そんな事、兄なら許せないんじゃないのか?」

 側室を持つ事なんて稀じゃない。正妻がいたって、欲しいものは欲しいんだろ?
 だけど、どうせ添い遂げるなら、大切だと思えるように努力も愛情も必要だ。ユージーンにそれが出来ないなら、アリアは苦しむだろうな。ならどうするんだ?ソルヴィン。

 ソルヴィンは兄である俺が妹を思うよりも、アリアの事を心配している。いつもこの調子だ。甘くて、遠慮がちだ。

「本題を言えよ。ソルヴィン」
「・・お前はいつも私の事を見透かしているようで、本当に嫌な感じだ・・」
「ははっ、はっきり言ってしまえよ。遠慮しあう仲じゃないだろ?」
「アリアを・・西国タリアネシアの王太子妃にしたいと言ったら・・?」
「ユージーンが駄目だからと言って、無理にもらってくれなくても、もらい手ならいくらでもある。何にせよアリアは美人だからな」
「ヒューベルト!揶揄うなよ・・」
「3年前、はっきりと言わなかったお前が悪い。好きなら好きと言えば良かったじゃないか」
「それはヒューベルトが!お前がアリアはお転婆だから王妃には向かないと言うから!」
「揶揄ったんだよ、アリアだっていつか大人になるんだから、いつまでもお転婆な訳ないだろ・・?判断が遅いんだよ、お前は。待ちくたびれたぞ、俺もアリアも」
「は!?」

 ソルヴィンはリティニア王国に来る度に、アリアを目で追っていた。
 分かりやすい奴だし、俺の兄弟たちだってソルヴィンの恋心くらい気が付いて知っている。

 ソルヴィンは俺と同じ歳だし、アリアとは7才も離れている。アリアは本当にお転婆だし、王妃になんて向いてないと言って、無難にユージーンはどうかと持ちかけたら、「王妃に向いてない事なんてない・・」とソルヴィンは小声で俺に言ったのを覚えている。

 好きなら欲しいと言ってしまえば良かったのに、きっと年の差を気にして遠慮したのではないかと思っているが・・ソルヴィンを拗らせた責任は、もしかしたら俺にもあるのかも知れない。

 ソルヴィンは3年経ってもアリアが欲しいとは言ってこなかったし、流石のアリアだって自分から行動しないと恋は実らないと思ったようだ。

 アリアは年なんか離れていようが気にしていない。それよりも、公正明大で穏やかなソルヴィンが好きなようだった。

『ヒュー兄様にどこか少し似ているのよ。甘やかで素敵で・・大好きなお方だわ?』と恋する瞳で何度も話を聞かされていたが、どうだろう・・どこが似ているのかは知らないが、俺はソルヴィンのように判断は鈍くないぞ。

「は?じゃないんだよ、まったく。おい、そこの黒髪の庭師・・いくら正体を偽っても、恋する相手の事くらいすぐに分かるものだ。お前はもしユージーンが他の誰かに恋しなければ、アリアを手放していたのか?意気地のない奴だな」
「ヒューベルトは、そこまで知っているのか・・面目ない」

 まあ、これでいいんじゃないのか?
 本人たちが良ければそれで。

 表向きは政略結婚だとしても、結果として二人ともお互いに惹かれあって結ばれるんだから、こんなに幸福な事はない。

「明日の正午、だったか?どうしてもアリアの事が欲しいなら、お前の思いの丈を全て見せてこいよ。うまくいった時は、3日後の婚約発表を遂行する。お前とアリアのな?何とかしてやるから、安心して俺に任せろ」
「ヒューベルト!幸せにするから!愛してるんだ!」
「やめろ・・俺に向かって言うな・・お前たちの面倒事を俺は3年も見守ったんだ、上手くやれよ?」
「ははっ・・それはそうだな。感謝する、ヒューベルト。必ず、アリアと幸せになるよ」
「ああ、そうしてくれ」

 俺は3年越しに恋を成就させた妹と友人に、やっと安堵の息をついたのだった。













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