【完結】泉の女神様はいつだって正直者の味方なのです

櫻野くるみ

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正直者は幸せを掴むのです

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領主に草取りをさせていいものかとルシアは逡巡したが、アーノルドは鼻歌を歌いながら慣れた手付きで草を抜いている。
植物の種類も理解しているようで、不要な草だけを的確に抜いているあたり、ただものではなさそうだ。
さすがインテリ宰相候補の弟である——顔は似ていないが。

「僕はあくまで代理だけどね。ずっと王都から離れた土地で、人や土と触れ合う暮らしをしてみたかったんだ。学園でも農業を専攻していたし」
「なるほど、確かに納得の手付きですね。頼りになる仲間ができて嬉しいです! ……って、ごめんなさい。領主様には領主様のお仕事がありますよね。私ったら勝手に仲間意識を持ってしまって」

思わず興奮してしまったルシアだったが、冷静に考えると彼はルシアとは立場が大きく違う。
領主が土にまみれるなど常識で考えたらありえないことだ。

「ハハッ! やっぱり兄上たちが言っていたとおりだった。ルシア嬢はとてもいいな」
「兄上たちが言っていた?」
「ああ。見た目は儚い美少女なのに、口を開くととても面白いって」
「……褒めてませんよね?」
「褒めてるよ。僕の好きなケチャップの開発者だし、殿下と兄上を二度も振ったんだって?」
「振ってないです!」

その後も楽しそうに草を抜き、水を撒いたアーノルドは、「明日は作業用の服で来るよ!」と言って帰って行った。
『明日?』とルシアが不思議に思っていたら、アーノルドはそれから連日手伝いにやってきた。
ある日は珍しい野菜の種を持ってきたり、またある日は品種改良中のトマトをケチャップに使えないかと提案してきたり……。

「領主って暇なんですね」
「ひどいなぁ。僕、結構真面目に仕事してるんだよ? ルシアのことが好きだから頑張って通っているのに」
「はいはい、そういうのいいですから」
「本当なのに……。あ、今日もオムライス作ってくれる?」
「またですか? よく飽きませんね」

ルシアには最近、アーノルドが大型のワンコに見える時がある。
遠くから嬉しそうに走ってきたり、オムライスを作るルシアの隣で、何が楽しいのかずっと笑顔で見守るように立っていたりするのだ。

気を許してくれているのか、食べさせて欲しそうに口を開けて待っている姿になぜかキュンキュンしてしまい、ルシアもわざと怒った素振りをしながら、つい「あーん」と食べさせてしまったりする。
父が泣きながら「嫁になんてやらないからな!」とアーノルドに食って掛かる光景にも見慣れてきた。

ある日、二人で泉を訪れていると、アーノルドが真面目な口調で切り出した。

「ねえ、ルシア。ルシアは『ほどほど』の男と結婚したいって聞いたんだけど」
「そうですね。正確に言うと『まあまあの顔でそこそこの性格、ほどよい生活水準の男性』ですけど」
「それって僕じゃ駄目? ルシアのことが好きなんだ」
「好き? 私のことが?」

アーノルドの纏う空気がいつもと違っていた。
「はいはい」と冗談では返せない熱を彼の琥珀色の瞳に感じる。

甘えられている自覚はあっても、まさか好意を持たれていたとは思いもしなかったルシア。
しかし、そこでふと女神の言葉を思い出した。
それは確か、ヨハンに対して言っていたと記憶している。

『実は好きになった女性には甘えたがる可愛いところもあるのよー』

もしや、顔は似ていないのにそんなところに兄弟の共通点が?
ハミルトン家恐るべし!
確かにアーノルドも領主としての評判が良く、若いのに仕事に真面目で浮ついたところがないと言われているそうだ。

アーノルド様が私のことを?
あれ? なんだか胸の鼓動が煩いような。
いやいや、私の理想はほどほどの男性であって、こんなハイスペックな人は求めていないはずで!

動揺するルシアの耳に、女神様の声が聞こえる。

『ルシアちゃん、正直におなりなさい。それと、落ちるなら泉より恋がオススメよ~』

思わず吹き出してしまった。

そうでした。
正直者が最後にすべてを手に入れられるんですよね、女神様?
だったら……

「アーノルド様、私もあなたが好きです!」

静かな泉の水面には、いつまでも抱き合う二人の姿が映っていたのだった。
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みんなの感想(1件)

くろこ
2025.07.11 くろこ
ネタバレ含む
2025.07.18 櫻野くるみ

ご感想、ありがとうございます!
とっても嬉しいです。
マヨネーズとウスターソース、いいですね!
泉にケチャップを投げ込んだら、「あなたが落としたのはこのマヨネーズですか?」とか言って、くれたりしませんかね?(笑)
楽しいご感想をありがとうございました!

解除

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