野獣な御曹司の束縛デイズ

あかし瑞穂

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6.

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「……では、水瀬の久々の同期会参加を祝して、かんぱーいっ!」
「乾杯ーっ!」
体育会系の同期、広沢ひろさわの音頭で、皆がグラスをかかげ、あちらこちらでグラスがぶつかる音が響く。酒に強くない綾香も、一口だけ口をつけた。
掘りごたつ調の座席が連なる、居酒屋の個室。テーブルにずらりと並べられた大皿料理。ざわめく雰囲気も、本当に久しぶりだった。
「広沢くん、な、なんだか、恥ずかしいんだけど……」
綾香がもごもご言うと、真向かいに座った白井が、ははっと笑った。
「まだ水瀬なんていい方だよ。俺なんて、『いの一番に課長に昇進した、同期の期待の星に乾杯』だったんだぜ? 広沢の悪ノリもいい加減にしてほしいよ」
綾香の隣の碧が、くすくすと笑った。
「本当のことだからいいじゃない。私達の中で一番に出世したんだから」
「そうそう、すごいわね、白井くん」
照れくさそうな白井は話題を変えようとしてか、綾香の方に身を乗り出してきた。
「それはそうと、どんな感じなんだよ、藤堂社長代理は。仕事に厳しい人だと聞いているけど、大丈夫なのか?」
綾香は顔を少し引きらせながらも、笑みを浮かべた。
「確かに厳しい人だけど、頭の回転が速くて、指示も的確。やりがいあるわよ?」
――そうなのだ。時々、わけの分からないことを言ったり、したりする以外は、あの藤堂司という男は恐ろしく優秀なビジネスマンと言える。
「まあ、藤堂財閥の本家筋だからなあ……うちの社長も優秀だけど、うちと藤堂カンパニーじゃ規模が違うだろ。あの大企業の専務が、よく我が社に来てくれたとうちの杉野すぎの部長も驚いていたよ」
営業部の杉野部長は、白井の上司だ。面倒見のいい性格で、今回の飲み会にもいくばくかカンパしてくれたらしい。
「でも、それは……社長の従兄いとこさん、だからじゃないの?」
「他にも人材がそろっているだろ? わざわざ藤堂家の人間が来なくてもさ。なんでも噂では、自ら志願して社長代理になったってことだったけど」
「ふうん、そうなの?」
碧が思わせぶりな視線を綾香に向けた。
「少なくとも社長代理、誰かさんのことえらく気にしてるみたいだったけど」
「なっなに言ってるのよ、碧!?」
急に熱くなった頬を隠すように、綾香はごくりともう一口ビールを飲んだ。碧はそんな綾香を見て、にやにやとからかうような顔をした。
「こら、水瀬に悪いだろ」とたしなめる白井の言葉にも、碧は笑いをこらえ切れなかったようだ。くっくっく……と一人ツボにはまったように、笑い続けている。そんな碧をちら、と見た後、白井はいたわるように言った。
「水瀬も大変だろうけど、頑張って。また同期会にも参加してくれよ。喜ぶ奴もたくさんいるから」
白井の言葉に、綾香も笑って答えた。
「うん、ありがとう……今まで不義理していた分、なるべく参加するようにするわね」
「聞いたぞ、水瀬! その言葉に嘘いつわりなしだよな!?」
白井の隣にどかっと座った広沢が声を上げる。彼が持つグラスにビールをいだ綾香は、苦笑しつつ言った。
「幹事ご苦労様。また同期会やる時は教えてね、広沢くん」
「よっしゃー! 水瀬と飲みたいって奴、結構いるからさあ、またセッティングするわ」
「ほどほどにしなさいよ、広沢くん。綾香には怖いお目付け役がいるみたいだから」
「みっ、碧!?」
焦る綾香に、碧がうふふと黒く笑った。広沢は目を丸くしたが、すぐに「あー。社長代理、仕事に厳しそうだもんなあ」と頷いた。どうやら健全な方向に解釈してくれたらしい。
「次の日に影響出ないようにするからさ、また来いよな」
そう言った広沢は、別の席から声をかけられると、ごくごくとビールを飲み干し、「じゃ」と手を上げて席を立った。綾香はほっと息を吐く。
「……で、綾香? これからじっくり話を聞かせてもらうけど。まずは社長代理についてかしら?」
安堵したのも束の間、隣に座る碧の瞳は爛々らんらんと輝いていて、まるで獲物を見つけた猟犬のようだった。
「み、碧……」
救いを求めて白井に視線を送ると、彼は首を横に振った。
「水瀬……こいつがこうなったら、誰にも止められないぞ。観念しろよな」
「ううう……」
その後小一時間、綾香は碧の執拗しつような取り調べを受けることになったのであった。

***

「水瀬、今日は楽しかったぞ! また誘うからな!」
「ありがとう」
同期の面々に声をかけられ、綾香は微笑みながら礼を言う。
綾香達は今、締めの手拍子も終え、店の外にわいわいと集まっているところだった。
「二次会行く奴ー、集合ーっ」
向こうの方で広沢の周りに人が集まっている。碧や白井も誘われているようだ。どうしようかと迷う綾香に気付き、碧が歩み寄ってくる。
「綾香、どうする?」
「そうね……」
と言いかけたところで、スマホの振動に気付いた。かばんから社用のスマホを取り出し、綾香は眉をひそめる。画面には『藤堂社長代理』の文字が表示されていた。
「ちょっと待って」と碧に断り、電話に出る。
「はい、水瀬です」
『藤堂だ。今日作成してもらった資料、一部変更してほしい。お前、今どこにいる?』
「駅近くの居酒屋ですが。今から社に戻りましょうか?」
『いや、いい。俺が帰宅ついでに持っていくから駅のロータリーにいろ。十五分後。分かったな』
「は、い?」
――ツーツーツー……
……切れている。綾香はしばらく呆然とスマホを握りしめていた。やがて、ふつふつと怒りがいてくる。
(相変わらず強引……!)
だが仕事である以上、ここで二次会に行くわけにもいかない。はあ、と深い溜息をついた綾香は、すまなそうな笑顔を碧に見せた。
「……ごめんね。急な仕事が入ったの。また今度にするわ」
「えーっ、今から? 会社に戻るの?」
碧が目を丸くした。
「ううん、駅のロータリーに社長代理が来るって……」
ぎらり、と碧の瞳が光った。その後ろから白井も声をかけてくる。
「水瀬、仕事か?」
「ええ……社長代理が駅まで迎えに来てくれるみたい。ここで失礼するわね」
「ああ、送って行くよ水瀬。こんな時間に女性一人じゃ危ないぞ」
白井の言葉に、綾香は「いいわよ、大丈夫」と遠慮した。しかし、碧が「だめよ!」と強く言う。
「綾香を一人にしたんじゃ、社長代理に私が怒られるじゃない。白井くんなら安心だし」
結局、押し切られてしまった。
「……じゃあ、店が決まったら連絡くれよ、早見」
「りょーかい。……じゃあ、綾香。『例の話』はまた今度ね~」
ばいばい、と手を振って、碧が皆のもとに戻っていく。ほら、行くぞ、と白井にうながされて、綾香は皆に挨拶あいさつした後、夜の繁華街を歩き出した。

「……良かったの? 白井くん。碧はああ言ってたけど……」
「いいって。あいつだけじゃなくて俺もそうしようと思っていたし」
遠慮がちに切り出した綾香に、白井はにこっと笑う。
白井と碧は、会社では『白井くん』『早見』と呼び合っているが、実のところ付き合いの長い恋人同士だ。お互いに信頼し合っているからこそ、「白井くんなら安心」と碧も言っていたのだろう。
「気を遣ってくれてありがとう。さすがは『課長』よね」
「それ、よしてくれよな……」
少し照れたように笑う白井は、精悍せいかんというよりどこか少年っぽい感じがして、綾香は思わず微笑んでしまう。
「今から仕事なんて、社長代理の秘書って噂通り大変なんだな」
「そうね、でも、仕事だから」
誰かの強引さに胸の中が若干――いや、かなりもやもやしてるが。
「あー……水瀬。あのさ」
「どうしたの?」
綾香は隣の白井を見上げた。明後日の方向を向き、口ごもるその様子を見て、綾香はピンときた。
「……碧のこと? 何かあったの?」
白井は照れ臭そうに、頭をいた。
「……その、俺とあいつ、付き合ってから、長いだろ?」
「そうよね、新入社員の頃からだから……七年目?」
「で……課長に昇進したこともあるし、そろそろ、と思って」
綾香は白井を見た。彼の頬が少し赤い。綾香はぱっと笑顔を見せた。
「碧に結婚を申し込むの? いよいよね!」
四大卒の白井は今年で二十九。課長になったこのタイミングでプロポーズするのはちょうどいい。綾香はうんうん、と頷いた。
「……と思っているん、だが」
はああ、と白井は深い溜息をついた。
「なかなかタイミングが難しくて。どう切り出せばいいのか……」
付き合いが長い分、改まって、というのが気恥ずかしいらしい。
「そうねえ……」
碧の性格から言えば、なんとなく匂わせるよりははっきり言った方がいいような気がするが……。綾香はしばらく考え込んだ。
「ほら、記念日とかないの? 碧の誕生日はまだ半年ほど先だから、付き合い出した日とか」
「うーん、それもまだ先だしなあ」
悩む白井に、綾香は助け船を出した。
「じゃあ、課長になって初めて大きい契約取ったから、ってことにしたら? 営業部の報告書にあったわよ、白井くんの活躍」
「え」
ふふっと綾香は笑った。
「記念にって言って、お洒落しゃれなレストランに連れていって、そこでプロポーズすればいいじゃない。指輪も用意して」
「うん、そうするか。あ……なあ、水瀬?」
一瞬顔を輝かせたものの、すぐに困ったような表情になる白井に、思わずぷぷっと噴き出した。
「私でよかったら、相談に乗るわよ? 指輪、選ぶの難しいんでしょ? 私なら碧の好みとかも分かるけど」
「助かるよ。お前、本当いい奴だよな……」
「碧のためだもの」
ほっとしたような白井に、綾香はまた笑ってしまうのだった。

駅のロータリーに着くと、遅い時間にもかかわらずまだ大勢の人が歩いていた。地下のショッピングモールはもう閉まっていたが、飲み会帰りらしいサラリーマンのグループが何組も見える。
「じゃあ、ここでいいのか?」
「うん、ありがとう、白井くん。碧が待っているんでしょ? 早く行ったら?」
まだ終電前だし、駅前は明るいから大丈夫――綾香はそう言ったが、白井は首を横に振った。
「いや、一応社長代理が来るまでは……」
「責任感強いわよね、白井くんは」
綾香は白井を見上げて、ありがとう、と笑った。その時、後ろから低い声がかかる。
「……水瀬」
振り向くと、そこには司の姿があった。白井が深々と頭を下げると、司も軽く頷いてこたえる。
「じゃあ水瀬、またな」
「ええ、ありがとう。また今度ね、白井くん」
白井はもう一度司に挨拶あいさつをして、足早に立ち去った。その背中を見送った綾香は、司に向き合う。
「……それでどの書類でしょうか、社長代理?」
司は黙ったまま、綾香の腕を掴んだ。
「車内で話す。長くは停められないからな、こっちだ」
「え、あの……」
(また引きずられている、私!?)
おまけに司は、何だか不穏な空気をただよわせている。嫌な予感がする。
綾香は戸惑いを隠せないまま、いつかのように車までずりずりと引きずられていった。
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