優しい時間

ouka

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新しいライフスタイル その4

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 念願の女子会参加チケットを握りしめて、サクラはしみじみ思う。
 マチルダ侍女長をはじめ天界人さん達は庭師さんに至るまで皆優秀なんだね。
 あの日、庭先で女子会参加のチケットゲットに協力いただける庭師さんをたまたま見かけ交渉したのだが、その彼は詳しい段取りの説明をせず意味不明の言葉だけを残した。
 「雨が降ったら『ここだけキッチンライフの新刊号』が読みたいと侍女にお伝えください」
 その時はどういう意味だ???と大いに首を傾げ、チケットをくれるというのはその場しのぎのセリフだったのかもと思ったが、諦めきれず雨が降ることを期待し空ばかり眺めて数日を過ごし、ヨンハの前で雨降らないね、と愚痴って、雨が見たいのかと尋ねられから素直に頷いた。
 譲渡方法もわからないまま誕生祭が明日に迫った明け方に待ちに待った雨音が聞こえていっぺんに目が覚めた。
 朝食の席で『ここだけキッチンライフの新刊号』が読みたいなぁと呟いてみると側に控える侍女さんがすぐに反応した。
 「本日中にご用意いたします」
 えっ?
 頭を下げ飛ぶようにダイニングルームを出て行く侍女さんのアクションを唖然と眺め、落ち着かない気持ちで何度も窓の外の雨を眺めて数時間。
 そしてサクラのもとに侍従長がビニール掛けの雑誌を持って現れたのは午後のお茶の時間が終わる時だった。
 「サクラ様、ご希望のあった『ここだけキッチンライフ』の新刊号でございます」
 給仕係が椅子を引いたタイミングで声がかけられ、半端ない期待感で受け取った大判の雑誌にはカラフルで反透明なビニールラッピングがされていた。
 大判雑誌には見かけない可愛らしいラッピングに違和感を覚えて首を傾げると、侍従長が説明してくれる。
 「雑誌が濡ないように本屋の店員が掛けたもでございます。彼女いわく可愛いラッピングは雨の日の憂鬱な気分を吹き飛ばす効果があるそうで、使いに出たものがこのままお渡しすことを勧められたそうですよ」
 もしかして、中に入ってる?
 頭の中に浮かぶ疑問が顔に出ないように表情筋に力をいれてニッコリと微笑み、ありがとうと声をかけてササっと自室に引き上げた。
 サクラの手に渡るものは不審なものや危険なものが無いか全てチェックさているから変なものは持ち込めない。 お気に入りの本などもパラパラとページをめくり確認することも不定期であるようだ。
 だが雨の日ならばラッピングされていても不自然な感じはしないし、中に挿んだメッセージやチケットがうっかり落ちるということもない。
 どこまで優秀な庭師さんなのか感心しながら雑誌を開き、用意周到に考えられた手腕に舌を巻く。
 手渡されたB5サイズの雑誌に挿まれたクラブハウスで行われる女子会のチケットと一緒に、びっしりと書かれた秘密外出に必要な秘策の手順と注意事項。
 それはかさばりを極力抑えられ尚且つ存在の痕跡を残さないために米粒大の文字がトイレットペーパーに印字された代物だった。
   
 ① 秘密外出の翌朝まで時間を稼ぐためにサクラ様に背格好の似た女を影武者を立てます。
 彼女には余計な面会をシャットアウトするために入れ替わった直後から体調不良で寝込めと指示していますから、不信感を持たれない程度に当日の朝、軽く咳やクシャミをして体調不良の気配を印象付けておいて下さい。
 ただし目ざといヨンハ殿が出かけた後に行うこと、散歩の許可を貰うために決して大げさにしないことをお忘れなく。
 なるほど、目ざといヨンハさんに仮病だとばれれば理由を追及されそうだし、ばれなくても心配だと安静を言い渡されてマチルダ侍女長の腹心にベッタリと張り付かれそうだ。
 ② 10時前に散歩に出て、東門の近くにある東屋の前で体調を崩したと言って隣接するトイレに駆け込んで、待機する替え玉と衣装を交換してください。
 着替えの際に出る衣擦れ音を誤魔化すため姫音を作動させ頻回に水を流すこともお忘れなく。
 当日は勤務人数も減り、お付の侍女はおそらく1人か2人になるでしょうから、用事を言いつけるとトイレの前で佇む侍女がその場を離れる時間が5分以上確保できるはずです。
 *もしお付人数が多くて全員を人払い出来なければ計画は中止です。 
 ③ 無事に人払いでき入れ替わりることが出来ましたら、トイレを出て東門までの1Kmほどを駆け足で移動して下さい。
 誰かに声を掛けられても足を止めてはいけません。
 立ち話などに巻き込まれて正体がばれると影武者計画が頓挫するだけでなく関わった者や侍女まで懲罰の対象となる事をお忘れなく。 
 的確で事細かく書かれたメモには、読んだら即座に頭に叩き込んでトイレに流して証拠隠滅を図って下さい、とというところに赤ラインが引かれてあった。

 ということで、サクラは只今、この極秘外出計画を実行中である。
 
 先ず、生誕祭の朝、行きたくないとごねるヨンハをこれ見よがしの笑顔で送り出した後、サクラは指示通り、軽いくしゃみと咳を侍女たちの前で数回した。
 まさか、風邪でも引きましたかと心配する侍女を、誰かに変な噂でもされているかもしれませんね、と笑顔でかわし。
 昨夜本を読み過ぎたとあくびをして寝不足アピールを追加し夜の訪問に声掛け禁止の釘を刺すことも忘れないで実行する。 
 10時になり、出た散歩のお供は庭師さんの読みどおり1人で、思わず心の中でガッツポーズ。
 目的地の東屋まで来ると、計画通り盛大に顔を顰めてお腹を押さえ走り出す。
 「あ、イタタタタ。私、ちょっとトイレに行ってきますね」
 追いかけてきた侍女さんを振り切ってトイレに飛び込んだ。
 待っていたのは見かけローティーン精神年齢アラサーの冷静沈着を絵に書いたような少女で、鍵をかけてすぐさま 目線だけで姫音ボタンを押せと指示して来る。
 「大丈夫でございますか?」
 オロオロと心配そうな侍女さんに切羽詰まった声で答える。
 「朝のくしゃみはやっぱり風邪だったのかな。昔から風邪をひいたらお腹に来る質なの」
 扉の前の侍女さんに手を合わせて平謝りしながら、急いで服を脱ぎ、コンコン、クシャン、鼻ズルズルの音を出す。
 咳をしながら『喉が痛いからマスクが欲しいです。目もごろごろするからコンタクトも外して眼鏡にしたいです』と昨日練習したセリフを吐くと、『すぐにお持ちします』と言って、バタバタと侍女さんの足音が遠ざかって行き人払い成功。
 庭師さんの推測どおり祇家のNo1(当主)2(夫人)3(ヨンハ)のお三方が皇宮にお出かけになるからそのご準備に手を取られ、サクラのお付は1人だった。
 2人の場合は1人にマスクともう1人に時間差で眼鏡を要求すれば人払いが出来ると指示した庭師さんの推測がドンピシャ過ぎて怖いくらいだ。 
 入る時は侍女さんを振り切ってすぐにトイレのドアを閉めれば後から追いついた侍女さんにトイレの中に待ち人がいる事は気づかれないが、ドア前で張り付かれれば、出る時には中がしっかり見えてしまう。
 最低5分程度は完全な人払いが必須で、お付の侍女が3人以上もしくは人払いが出来なければ計画は中止だとアンダーラインで念押しされていた。
 もし入れ替わり計画が露見すれば璃波宮は蜂の巣を突いた騒ぎになり、何人もに地獄の様な懲罰が下りますという怖~い脅し文句の一文付きだ。 
 ホントにゴメン。
 
 難なく人払いが出来て心底ホッとし、立ち去った侍女さんに何度も頭を下げていると背後に替え玉少女の痛い視線を感じた。
 振り向くと、無表情の可愛い顔の口だけが『コメつきバッタなんかやってないでサッサと服を脱ぐ』と動く。
 口パクで早くと促されて服を脱いでいると視線が水洗ボタンに移り、水を流せという指示ももらう。
 時々水も流しつつ靴も脱ぐと彼女はすでに下着姿になっていて、どこぞのお店の店員の様なミディアム丈の青色のお仕着せ服を左手で差し出し、私が脱いだ服を右手で受け取って手際よく身に付けていく。
 動作はスーパーモデル並みに駿速たった。
 目の前の彼女に、庭師さんもだけれどあなた達って本当に一般人なの?と聞いたら、とても優秀な一般人ですと口パクで微笑まれる。
 着替えが終わり首に掛けられた身分証明書には、琉家所属ルト酪農店員リセ17歳とある。
 『その身分証明書はクレジット機能付きだから小財布代わりになるわ』
 「ありが、」
 全くもって至れり尽くせりの心遣いに、ありがとうとお礼を言おうとして止められた。
 『声は出さないで。言いたいことは念話でお願い』
 そう言えば先ほどから頭の中に流暢な声が流れていることに遅まきながら気がついたが、念話ってどうやるの。
 『言いたい事は頭の中で唱えてみて』
 そう言われて、感謝の気持ちと、ちょっとしたアドバイスを念じて頭を下げて、トイレを出た。
 見事に人払いに成功し御用聞きの町娘に化けた私は、花壇の花を眺めるふりで替え玉さんがマスクに眼鏡をかけて、迎えに来た侍女さんに支えられてうつむいたまま自室に帰って行くのを見送った。
 入れ替わりが本当に成功するのかドギマギしていた私とは対照的に淡々としていた替え玉さん。
 『侍女さん達はサクラ様の体調の方に気がいくでしょうから、眼鏡とマスクで些細な顔出しになればおそらく入れ替わっている事には気づかれません』
 と書かれてあったけれど恐るべし庭師の推測!

 入れ替わりに見事成功したサクラはつばの広い帽子を目深にかぶり小道具のお使いかごを持って東門に向かいながらしみじみ思う。
 本当に、そんじょそこらの策士も真っ青というほど秘密外出の秘策は緻密で事細かく指示がなされていた。 
 散歩に行くと言えば当然侍女がついてくるが、いかな侍女でもトイレの中まではついてこれない。
 警護の厳しい屋敷の中に外部の者が入って待機するのは無理だが、屋外にある東屋に隣接したトイレの中ならそれも可能だろう。
 しかも祇家の所有する璃波宮のトイレは豪華で人が数人入っても着替えるスペースが十二分にあるものだった。
 雨の日の本に挿んだメモやチケットの受け渡し方法といい、いや、よく思いついたものだ。
 緻密な秘策を考えるる庭師さんと、ローティーンに見えるくせにやけにクールで堂々とした替え玉さん。
 お2人揃ってどこかのお屋敷のお庭番だったりしてね?と、脳内で一人ツッコミを入れながら、サクラは駆け足で東庭園を駆け抜けた。
 途中、出会った商人さんらしき人に、リセちゃんと声を掛けられたがもちろん無視だ。

 
 (好奇心と良心を天秤にかけたサクラちゃんが好奇心が勝ってしまったことを後悔するのはもうすぐです)
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