アゲインスト

雑誌コーナーの隅に置いてある本

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ジャンクボンド・トラッカーズ

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「ゴローさん、またホトケです」

 ゴローさん……彼をそう呼ぶ者は少ない。警察署内では彼は「黒狂いクログルイ」と呼ばれる事が多いのだが、これは後に説明する事にしよう。

 実際、彼をゴローさんと呼ぶのは彼行きつけの立ち食いそば屋の店主か、それか同じ課に属している後輩のアラガタくらいのモノだ。

「今度はどこの誰だ、アラガタ」
「それが……今度はMPが殺されて」

 MP。ミリタリーポリス、すなわち憲兵である。閑散としたオフィスの中、デスクに向かって作業していたゴローは手を止め、目を細めて後ろのアラガタへ向き直る。アラガタも少々動揺しているのか、報告用書類を握った手が微かに震えている。

「憲兵が? 死因は?」
「溺死。山間の軍事基地内に死体があって、周辺に水気もなく……おまけに動かされた痕跡も無い。なのに溺死なんです」
「成程な、それでオレ達の出番か」

 ゴローはうっそりと呟くと、それまでデッドナイトの調査に使用していたPCをたたみ、立ち上がってコートを羽織る。そして『S』と大きく書かれた腕章をつけると、歩き出した。アラガタも腕章を掴み、ゴローの背中を追う。

 が、ゴローの進路に、壁じみて巨大な影が立ち塞がった。ゴローは溜息を吐き、その巨体を見上げる。

「重い腰を上げて何処に行くんだ、黒狂い」
大道だいどうさん」

 ゴローの声はやや辟易している。緑に変色した肌、一般人を遥かに超える巨体。大道は『魔結晶』のインプラント手術を受け、『オーク』の種族へ進化を遂げたその身体をふんぞり返らせ、小さな目でゴローを見下ろす。その目にありありと浮かぶ侮蔑と敵意の色。

「今度もまた重魔法犯罪だそうだなぁ? しかも軍関係の被害者……どっかの騎士様ファンクラブみてえな課を潰して軍備を増強してたら防げたかもしんねえ犯罪だ」
「なんスか」
「やめろアラガタ。すんません大道さん、急いでるんです」

 反論しかけたアラガタを抑え、ゴローは大道の脇を通り抜けようとする。が、大道はその肩を掴み、まだ離さない。背後でアラガタの怒りが燃え上がるのを感じながら、ゴローはため息混じりに大道の顔を見上げた。

「何か、用が?」
「良いか、俺は本気だ。魔法テロ防止課? 今まで一度だってまともに機能しなかった課、いつまでも残しておく方が不自然だ。所長に掛け合ってやる」
「何だとこの……」
「やめろアラガタ」
「このガキにもきつく言っとけ! 目上の者への態度をよく学び直せってな! クソ底辺の課でやっていけても他に配属された瞬間ゴミ同然だ!」
「てめぇこそこの……!」
「やめろっつってんだろ、アラガタ。終わりなら失礼します」

 ゴローは適当に頭を下げると、新人の手を掴んで強引に署から出て行く。アラガタは手を振りほどくと、悔しそうに唸りながら怒りをぶちまける。

「チクショウ、クソオーク野郎……よくもあれだけ……なんであんな好き勝手言わせるんスかゴローさん!?」
「バカヤロー、怒りを抑える練習しとけって言ってるだろ。言わせとけば良いんだよ、どうせ署長も取り合わねえ」
「取り合っちまったらどうするんスか!?」
「……お茶汲み三年からやり直しだ」

 車のドアを開き、乗り込んでエンジンを掛けながらゴローは笑う。アラガタは暫く憤懣やるかたないと言った風に顔を歪ませていたが、やがて肩をすくめると、助手席に乗り込んだ。

「……少なくとも、マジで、そうなるくらいなら、俺はバイトして生きていきます」
「好きにしろ。ただ、魔法テロ防止課に居る以上は、唯一の上司である俺に従え」

 静かな笑みを崩さず、ゴローはゆっくりと車を発進させた。アラガタは不満げに口を尖らせ、じっと目の前を睨んでいる。

 車は警察署の前、昼下がりの雑多な通りを走る。殺人現場へ向けて。車はあっという間に人通りに押し隠された。







「それで?」
「勘弁してくれ……勘弁してくれよぉ、俺はマジでもう何も知らねえ……」
「俺の聞きたい答えではない」

 鈍い打擲音。椅子に縛り付けられたまま何度も顔面を殴られ、顔の輪郭が歪み果てた男が、泣きながら助けを乞う。それを無慈悲に却下し、真っ黒な衣装に身を包んだ男が更に拳を握り締める。

 狭い部屋だ。打ちっぱなしのコンクリートに囲まれ、吊るされた電球が寂しく鳴る。唯一の出口である鉄製の扉は固く閉ざされ、侵入者と逃亡者を阻む。そんな空間に二人の男。一人は前述、哀れな恰好で泣いている。もう一人は……。

 全てを拒否する真っ黒な仮面、そこに開いているたった二つの穴から覗く鋭い眼光。その目は拷問続行の意志と執念を燃やす。黒い騎士、デッドナイトだ。

「もう一度だけ訊く。カラタテ基地の殺人事件だ。軍人が殺された。お前は現場から何かを盗み、誰かに届けたな。知っている事を吐け」
「お、俺、だから俺は知らねえ……」
「そうか。残念だ。ところでお前は音楽が好きか?」

 仮面の男は懐から短刀を取り出し、電灯の下に掲げる。刃が鈍い光を反射し、危険な輝きを帯びる。

「お、おんがく……?」
「音楽だ。ああ、言わなくても良い。それは音楽好きの反応だ。……イヤホンをして聴く事も多いだろう。その耳にはいつも世話になっている訳だ」

 ここで何をされるか悟った男はガクガクと震え出し、蒼白な顔に必死の表情を貼り付け、何とか戒めから脱出しようと必死に身をよじる。

「ま、待ってくれ! 俺、俺は本当に!!」
「左耳からそぎ落とす。刃を一ミリずつ押し込む。嫌なら情報を吐け」

 デッドナイトは信じがたい握力で暴れる男の頭を鷲掴みにして固定すると、ナイフを構え、男の頬にぺちぺちと当てる。男はちょろちょろと小便を漏らしながら、嗚咽混じりに必死の叫びを続ける。

「お、俺が知ってんのは依頼者が軍の関係者だって事だけだぁ!! 神に誓ってそれだけです信じて下さいいいい、お願いしますぅああ、あ、っああああ!!」
「駄目だ。俺の満足する答えではない。左耳に別れの言葉は?」
「待って、待って下さい!! お、俺、その、荷物を、魔結晶を手渡す時に!! か、顔は見えなかったけど、相手がクスクス笑ってて、その、『軍人さんも一般人も変わりませんわ』って、そう言ってて!!」
「……何だと。もう一度言え」

 突如デッドナイトは男から手を離し、その顔を見下ろした。絶対的な黒に見つめられ、男はつまりながら言葉を絞り出す。

「だ、だから、『軍人さんも……』」
「違う。その前だ。荷物が何だっただと?」
「だから、その、魔結晶……」
「……」

 一瞬でデッドナイトの雰囲気が恐ろしく殺気立ったモノに変貌する。男は歯の根も合わぬほどに恐怖し、腰を抜かして抵抗をやめる。

「何故魔結晶がそこにあった」
「わ、分かりません……」
「そうか」

 それだけ言うと、黒い騎士は男の顎に鋭い拳を一閃させ、気絶させた。そしてナイフをしまい、腕組みをして数瞬考える。

 リリス。魔結晶。軍。何をする気なのか。短い思考をすぐに打ち切り、デッドナイトは背後の鉄扉を開き、部屋から出て行った。

 

 数分後、匿名の通報を受けた警察が駆けつけ、密室に監禁されていた男を保護した。男は目を覚ますなりボロボロと泣きだし、自分の知る全てを白状した。

 こうしてカラタテ軍事基地殺害事件の重要参考人として、彼は保護される運びとなったのである。
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