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入学式と預言者と世界のしくみ
第1話
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「あなたって、どっちなの?」
実は、ずっと覚悟はしていました。
いずれ誰かに、そんなことを訊かれるのだろうと。
いつそのときが来てもいいよう、頭の中に百通りもの答えを用意していたはずなのに、それらの言葉はついに一つとして私の口から発されることはなく、唖然としてその場に立ち尽くすことしかできませんでした。
私がはじめて学舎と呼ばれる場所に足を踏み入れたのは、まだ夏の暑さが残る九月のはじめのことです。
ついこの間まで黄金色に輝いていた麦畑はすっかり刈り取られ、やわらかく耕された畝が広がっていました。
来年には再び豊かな穂をつけるだろう麦の種が蒔かれるより早く、私と極端に口数の少ない幼馴染は、数年ぶりに自分たちの領地を出て、馬車で丸二日ほどののんびりとした旅路へと乗り出したのです。
我々の故郷は土地の大部分を田畑が占めていることもあり、道はほとんど舗装されていません。
狭い農道を走る馬車は、スピードを出さずとも絶えず小刻みに揺れながら進みます。
対面に腰掛ける幼馴染は、馬車が走り出した瞬間からずっと窓に張り付いたまま、流れゆく景色へ熱心な視線を注いでいました。
名残り惜しいのか、単に遠出が珍しいのか、一言も発さず表情すら変わらない幼馴染の様子からは推し量りようがありません。
もっとも、極端に寡黙なのも表情の変化が乏しいのも、今に始まったことではないのですが。
質素な旅装に身を包んでいながらも、豊かに波打つ小麦色の髪と陽光を透かす新緑のような瞳が一際目を惹く私の幼馴染は、名をミュゲ・ヴィエルジュといいます。
年の頃は私と変わらないものの、極端に小柄な体躯のせいか、実際の年齢よりずっと年下に見られることもしばしばです。
「ミュゲ、疲れていませんか? 少し横になってもかまいませんよ」
彼女があまり朝に強くないことを、私は知っています。
しかし、入学式に間に合うよう、夜明け前には出立せざるを得なかったのです。
私が膝を軽く叩きながら問いかけると、彼女はじっと私の膝に視線を注いだ後、緩く頭を横に振り、再び窓の外の景色を追い始めました。
我らが故郷たるヴィエルジュ国にもいくつかの学舎は存在するものの幼馴染は領主の娘、私自身は代々領主の補佐を務める家の生まれであることから、領民と同じ学校には通わず、専属の家庭教師をつけられていました。
そんな我々がなぜ今さら領地を離れてまで学舎に籍を置くことになったのかというと、単純にそれが我が国の伝統であるからという他ありません。
これからおよそ三年間、我々が身を置くことになるクライス・ティアは、学舎でもあり、ひとつの国の名前でもあります。
学舎と研究施設のほかは、生活に困らない程度の学生街と簡素な宿屋くらいしかない小さな国ですが、他国から侵略を受けることもなく、今日まで独立を維持し続けていました。
そもそも、クライス・ティアは学問や研究を極めんとする人々が国境を超えて集まった結果、自然発生的に誕生した学術国家とでも呼ぶべき国です。
基本的にクライス・ティアに暮らす人々は自分たちがのびのびと学べる環境さえあれば満足らしく、領地を拡大することも、他国に与することもないという中立的な姿勢を貫いています。
ただし、クライス・ティアがその独特な立ち位置に徹していられる理由は、それだけではありません。
クライス・ティアではいつの頃からか、王族や貴族の子女が集い、教育を受けるならわしとなっています。
生徒からの莫大な寄付がそのまま国家を維持する資金となるため、他国からの支援を受けたり、属国に下ったりする必要もないわけです。
とはいえ、いくらクライス・ティアが中立地帯だとしても、ひとたび卒業してしまえば、生徒たちは領主としての責務を果たさなければいけません。
学生時代から既に将来の領地を巡った駆け引きが行われていたとしてもおかしくはないでしょう。
彼等と友好な関係が築けなければ、ほんの小国である我々の故郷など、あっという間に侵略されてしまいます。
極端に寡黙な幼馴染と、お世辞にも世渡り上手とはいえない私が果たしてうまくやっていけるのでしょうか。
考えれば考えるほど先が思いやられ、いっそのこと馬車から飛び降りてやろうかとも思いましたが、結局のところ個人的な不安よりも幼馴染への情が勝り、私は束の間浮かせかけた腰を下ろします。
これから待ち受けるだろう学生生活に微塵の希望も抱けないどころか、暗澹たる思いで馬車の揺れに身を任せるうちに少しずつ瞼が重くなり、いつしか意識を手放していました。
実は、ずっと覚悟はしていました。
いずれ誰かに、そんなことを訊かれるのだろうと。
いつそのときが来てもいいよう、頭の中に百通りもの答えを用意していたはずなのに、それらの言葉はついに一つとして私の口から発されることはなく、唖然としてその場に立ち尽くすことしかできませんでした。
私がはじめて学舎と呼ばれる場所に足を踏み入れたのは、まだ夏の暑さが残る九月のはじめのことです。
ついこの間まで黄金色に輝いていた麦畑はすっかり刈り取られ、やわらかく耕された畝が広がっていました。
来年には再び豊かな穂をつけるだろう麦の種が蒔かれるより早く、私と極端に口数の少ない幼馴染は、数年ぶりに自分たちの領地を出て、馬車で丸二日ほどののんびりとした旅路へと乗り出したのです。
我々の故郷は土地の大部分を田畑が占めていることもあり、道はほとんど舗装されていません。
狭い農道を走る馬車は、スピードを出さずとも絶えず小刻みに揺れながら進みます。
対面に腰掛ける幼馴染は、馬車が走り出した瞬間からずっと窓に張り付いたまま、流れゆく景色へ熱心な視線を注いでいました。
名残り惜しいのか、単に遠出が珍しいのか、一言も発さず表情すら変わらない幼馴染の様子からは推し量りようがありません。
もっとも、極端に寡黙なのも表情の変化が乏しいのも、今に始まったことではないのですが。
質素な旅装に身を包んでいながらも、豊かに波打つ小麦色の髪と陽光を透かす新緑のような瞳が一際目を惹く私の幼馴染は、名をミュゲ・ヴィエルジュといいます。
年の頃は私と変わらないものの、極端に小柄な体躯のせいか、実際の年齢よりずっと年下に見られることもしばしばです。
「ミュゲ、疲れていませんか? 少し横になってもかまいませんよ」
彼女があまり朝に強くないことを、私は知っています。
しかし、入学式に間に合うよう、夜明け前には出立せざるを得なかったのです。
私が膝を軽く叩きながら問いかけると、彼女はじっと私の膝に視線を注いだ後、緩く頭を横に振り、再び窓の外の景色を追い始めました。
我らが故郷たるヴィエルジュ国にもいくつかの学舎は存在するものの幼馴染は領主の娘、私自身は代々領主の補佐を務める家の生まれであることから、領民と同じ学校には通わず、専属の家庭教師をつけられていました。
そんな我々がなぜ今さら領地を離れてまで学舎に籍を置くことになったのかというと、単純にそれが我が国の伝統であるからという他ありません。
これからおよそ三年間、我々が身を置くことになるクライス・ティアは、学舎でもあり、ひとつの国の名前でもあります。
学舎と研究施設のほかは、生活に困らない程度の学生街と簡素な宿屋くらいしかない小さな国ですが、他国から侵略を受けることもなく、今日まで独立を維持し続けていました。
そもそも、クライス・ティアは学問や研究を極めんとする人々が国境を超えて集まった結果、自然発生的に誕生した学術国家とでも呼ぶべき国です。
基本的にクライス・ティアに暮らす人々は自分たちがのびのびと学べる環境さえあれば満足らしく、領地を拡大することも、他国に与することもないという中立的な姿勢を貫いています。
ただし、クライス・ティアがその独特な立ち位置に徹していられる理由は、それだけではありません。
クライス・ティアではいつの頃からか、王族や貴族の子女が集い、教育を受けるならわしとなっています。
生徒からの莫大な寄付がそのまま国家を維持する資金となるため、他国からの支援を受けたり、属国に下ったりする必要もないわけです。
とはいえ、いくらクライス・ティアが中立地帯だとしても、ひとたび卒業してしまえば、生徒たちは領主としての責務を果たさなければいけません。
学生時代から既に将来の領地を巡った駆け引きが行われていたとしてもおかしくはないでしょう。
彼等と友好な関係が築けなければ、ほんの小国である我々の故郷など、あっという間に侵略されてしまいます。
極端に寡黙な幼馴染と、お世辞にも世渡り上手とはいえない私が果たしてうまくやっていけるのでしょうか。
考えれば考えるほど先が思いやられ、いっそのこと馬車から飛び降りてやろうかとも思いましたが、結局のところ個人的な不安よりも幼馴染への情が勝り、私は束の間浮かせかけた腰を下ろします。
これから待ち受けるだろう学生生活に微塵の希望も抱けないどころか、暗澹たる思いで馬車の揺れに身を任せるうちに少しずつ瞼が重くなり、いつしか意識を手放していました。
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