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入学式と預言者と世界のしくみ
第2話
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明け方に出発した馬車は日が落ちるまで走り続け、私とミュゲはほとんどの時間を眠ったまま過ごしました。夜は街道沿いの宿に泊まり、クライス・ティアに着いたのは翌日の正午を回った頃です。
馬車から下ろされた我々はそのまま学舎には向かわず、まず寮に入って旅装を解きます。基本的に領主と従者は同じ寮に入るよう定められており、私とミュゲの部屋も隣同士でした。
私は二人分の荷物を適当に運び込むと、着替えを手伝うためにミュゲの部屋へ向かいます。
クライス・ティアでは制服を着用する義務はなく、生徒たちは普段着や自国の民族衣装など、思い思いの服装で授業に参加しています。
私は少し迷ったものの、黎明にたなびく霞のような淡い紫苑色のドレスを選び出し、彼女に着せました。
仄かに肌が透けるほど薄いジョーゼットのケープがついたドレスは幼すぎず上品な印象で、式典にはぴったりのはずです。
共布で仕立てた造花のコサージュを柔らかな髪に挿し、足元には絹のリボンが華奢な足首を飾る濃紺のローヒールを履かせます。
ミュゲの身支度を終えると、今度は自分が着替えなければいけません。自室に投げ込んだままのトランクをひっくり返し、出発前に用意していた無難な正装を引っ張り出します。乱れた髪を撫でつけている間に、扉を軽やかにノックする音が響き渡りました。
ミュゲには私の準備が整うまで自室で待つよう伝えていたのですが、退屈になってしまったのでしょうか。
訝しみながら扉を開けると、果たしてそこに待ち受けていたのは見知った顔でした。
「久しぶり、シモン。少し遅い到着だったな」
まだ幼さの残る容貌とは不釣り合いなほど落ち着いた声音の持ち主は、親しげな口調とは裏腹に、いかにも気難しげな鋭い眼光を向けてきます。
分厚く垂れこめた雪雲のような銀灰色の髪と、凍える湖面を思わせる深い鉄色の瞳は、しんしんと降り積もる雪に閉ざされた彼の故郷を彷彿とさせました。
ルヴィ・A・シュタインボルクは、シュタインボルク国の次期領主です。シュタインボルク国とヴィエルジュ国はかねてから同盟関係にあり、我々も幼い頃に引き合わされてから今日まで、友人同として穏やかな交流を続けてきました。
彼は我々よりも一年早くクライス・ティアに入学しており、今日から同じ学校に通う旨を手紙で報告していたのです。
「ご無沙汰しています、ルヴィ。しばらく顔を合わせていなかったのにいきなり学友なんて、ちょっと不思議な感じがしますね。どうぞよろしくお願いいたします。」
互いに右手を指し伸ばし、握手を交わします。そのとき、私は遅ればせながら、彼の傍らに控える少年に気が付きました。
ルヴィに似て冷たく整った容貌ながら、和やかな笑みを湛えたその少年は、第一側近であるラヴィ・E・ザトゥルヌです。彼もまた、ルヴィと同じタイミングでクライス・ティアに入学しています。
名前も顔立ちもよく似ているため、兄弟に間違われることも多い二人ですが、肉親ではありません。一応親戚同士ではあるので、同じ血は通っているものの、双子でもないのにこれだけ似るものかと見るたび感心してしまいます。
「シモン様、お元気そうでよかった。ミュゲ様もお部屋に?」
「はい。こんな長旅はしばらくなかったので、式典まで少し休もうかと」
「そうですか……。お二人さえよければ、学内を案内させていただこうかと思ったのですが、そういうことならお休みになられたほうがいいかもしれませんね」
ラヴィの申し出に、私はミュゲの意向を聞くべく再び彼女の部屋へ戻りました。
待っているよう言いつけたときと全く同じ姿勢でベッドの上に座り込んでいた彼女は、私の話を聞いて少し考え込んだ後、わずかに顎先を沈めて頷きました。
つい先刻到着したばかりで右も左もわからない我々に、二人は校舎へ向かう道程から丁寧に案内してくれます。
クライス・ティアは我々が知る学舎とは、全くの別物でした。
まず、同じ学校なのに校舎がいくつも存在するところからして違います。学年や学科ごとに使用する校舎が異なり、ときには一日に何度も校舎を行き来しなければならないこともあるそうです。
「ということは、お二人と同じ教室で授業を受けることはないのでしょうか」
「そうかもしれない。ただ、ここでは習熟度の高い生徒はどんどん上位のクラスに上がれる仕組みになっている。君たちなら、すぐ僕らに追いつくさ」
彼らの優秀さをよく知っている私は、それが痛烈な皮肉であることもすぐに理解できました。
しかし、気心の知れた相手だからこその忌憚ない物言いと、不器用ながら親しさを示そうとする笑顔が愛しく、こちらまでつい頬が緩んでしまいます。
一方、傍らを歩くミュゲは、すれ違う上等な衣装に身を包んだ学生たちや、机や椅子さえなければダンスホールかと見紛うばかりに広々とした教室にも反応を示さず、ぼんやりと眺めるばかりです。
唯一、おいしそうなにおいが漂ってくる食堂だけは興味を惹かれたらしく、しきりに中の様子を伺っていました。
「そろそろ頃合いだな。このまま会堂へ向かおう」
一通り学内を回り終える頃には、入学式の開始時刻が迫っていました。
式典に参列するのは新入生とその親族、一部の上級生に限られるそうです。ただし、式典後に開かれる懇親会には、在学生なら誰でも参加できます。
我々はそこで再び落ち合う約束を取り付け、会堂の前で一旦別れを告げました。
馬車から下ろされた我々はそのまま学舎には向かわず、まず寮に入って旅装を解きます。基本的に領主と従者は同じ寮に入るよう定められており、私とミュゲの部屋も隣同士でした。
私は二人分の荷物を適当に運び込むと、着替えを手伝うためにミュゲの部屋へ向かいます。
クライス・ティアでは制服を着用する義務はなく、生徒たちは普段着や自国の民族衣装など、思い思いの服装で授業に参加しています。
私は少し迷ったものの、黎明にたなびく霞のような淡い紫苑色のドレスを選び出し、彼女に着せました。
仄かに肌が透けるほど薄いジョーゼットのケープがついたドレスは幼すぎず上品な印象で、式典にはぴったりのはずです。
共布で仕立てた造花のコサージュを柔らかな髪に挿し、足元には絹のリボンが華奢な足首を飾る濃紺のローヒールを履かせます。
ミュゲの身支度を終えると、今度は自分が着替えなければいけません。自室に投げ込んだままのトランクをひっくり返し、出発前に用意していた無難な正装を引っ張り出します。乱れた髪を撫でつけている間に、扉を軽やかにノックする音が響き渡りました。
ミュゲには私の準備が整うまで自室で待つよう伝えていたのですが、退屈になってしまったのでしょうか。
訝しみながら扉を開けると、果たしてそこに待ち受けていたのは見知った顔でした。
「久しぶり、シモン。少し遅い到着だったな」
まだ幼さの残る容貌とは不釣り合いなほど落ち着いた声音の持ち主は、親しげな口調とは裏腹に、いかにも気難しげな鋭い眼光を向けてきます。
分厚く垂れこめた雪雲のような銀灰色の髪と、凍える湖面を思わせる深い鉄色の瞳は、しんしんと降り積もる雪に閉ざされた彼の故郷を彷彿とさせました。
ルヴィ・A・シュタインボルクは、シュタインボルク国の次期領主です。シュタインボルク国とヴィエルジュ国はかねてから同盟関係にあり、我々も幼い頃に引き合わされてから今日まで、友人同として穏やかな交流を続けてきました。
彼は我々よりも一年早くクライス・ティアに入学しており、今日から同じ学校に通う旨を手紙で報告していたのです。
「ご無沙汰しています、ルヴィ。しばらく顔を合わせていなかったのにいきなり学友なんて、ちょっと不思議な感じがしますね。どうぞよろしくお願いいたします。」
互いに右手を指し伸ばし、握手を交わします。そのとき、私は遅ればせながら、彼の傍らに控える少年に気が付きました。
ルヴィに似て冷たく整った容貌ながら、和やかな笑みを湛えたその少年は、第一側近であるラヴィ・E・ザトゥルヌです。彼もまた、ルヴィと同じタイミングでクライス・ティアに入学しています。
名前も顔立ちもよく似ているため、兄弟に間違われることも多い二人ですが、肉親ではありません。一応親戚同士ではあるので、同じ血は通っているものの、双子でもないのにこれだけ似るものかと見るたび感心してしまいます。
「シモン様、お元気そうでよかった。ミュゲ様もお部屋に?」
「はい。こんな長旅はしばらくなかったので、式典まで少し休もうかと」
「そうですか……。お二人さえよければ、学内を案内させていただこうかと思ったのですが、そういうことならお休みになられたほうがいいかもしれませんね」
ラヴィの申し出に、私はミュゲの意向を聞くべく再び彼女の部屋へ戻りました。
待っているよう言いつけたときと全く同じ姿勢でベッドの上に座り込んでいた彼女は、私の話を聞いて少し考え込んだ後、わずかに顎先を沈めて頷きました。
つい先刻到着したばかりで右も左もわからない我々に、二人は校舎へ向かう道程から丁寧に案内してくれます。
クライス・ティアは我々が知る学舎とは、全くの別物でした。
まず、同じ学校なのに校舎がいくつも存在するところからして違います。学年や学科ごとに使用する校舎が異なり、ときには一日に何度も校舎を行き来しなければならないこともあるそうです。
「ということは、お二人と同じ教室で授業を受けることはないのでしょうか」
「そうかもしれない。ただ、ここでは習熟度の高い生徒はどんどん上位のクラスに上がれる仕組みになっている。君たちなら、すぐ僕らに追いつくさ」
彼らの優秀さをよく知っている私は、それが痛烈な皮肉であることもすぐに理解できました。
しかし、気心の知れた相手だからこその忌憚ない物言いと、不器用ながら親しさを示そうとする笑顔が愛しく、こちらまでつい頬が緩んでしまいます。
一方、傍らを歩くミュゲは、すれ違う上等な衣装に身を包んだ学生たちや、机や椅子さえなければダンスホールかと見紛うばかりに広々とした教室にも反応を示さず、ぼんやりと眺めるばかりです。
唯一、おいしそうなにおいが漂ってくる食堂だけは興味を惹かれたらしく、しきりに中の様子を伺っていました。
「そろそろ頃合いだな。このまま会堂へ向かおう」
一通り学内を回り終える頃には、入学式の開始時刻が迫っていました。
式典に参列するのは新入生とその親族、一部の上級生に限られるそうです。ただし、式典後に開かれる懇親会には、在学生なら誰でも参加できます。
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