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入学式と預言者と世界のしくみ
第9話
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私はしばらく紙面を凝視した後、一行目に書き込まれた名前の横に大きなバツ印をつけました。
「まず、シャリマー王子はありませんね」
万が一、アリ王国に嫁入りでもしようものなら、我が国まで戦に巻き込まれかねません。他国を攻め落とすことで国力を伸ばしてきたアリ王国は、未だに多くの国から敵視ないし警戒されています。その中に、アリ王国から領地を奪還しようと考える国があったとしても不思議ではありません。
いきなりアリ王国を陥落させるのは難しくとも、まずは属国を制圧することで弱体化を狙うことはできるでしょう。その場合、さしたる兵力も持たぬヴィエルジュ国が、真っ先に狙われるはずです。
「ジェイ王子は……確かにタウロ王国が後ろ盾になってくれれば心強いでしょう。ただ、似たような考えを持つ国はごまんとあります。社交会の不毛な足の引っ張り合いに、ミュゲを参加させたくありません」
少しの逡巡の後、私は彼の名前の傍らにもバツをつけました。
「やはり、個人的にはルヴィかラヴィのどちらかが安心です」
「確かに、幼馴染同士でお互いの性格もよくわかってるし、もともと同盟国だから結婚することになっても情勢が大きく変わることはなさそうだね」
国土そのものが難攻不落の要塞と称されるシュタインボルク国は、かつて兵器の売買や傭兵派遣を主な産業とする時代もあったほど優れた軍事力を保有する国です。
現在は中立国という立場をとっており、自ら他国に攻め入ることはないものの、軍事力は未だ衰えを知らず、最新の軍事技術と精鋭揃いの国立騎士団は他国からに恐れられています。
世が世ならタウロ王国を凌ぐ大国となっていただろうシュタインボルク国ですが、彼の国を制圧する前に、戦から手を引かざるを得ない状況に陥ってしまったのです。
大陸の北方に位置するシュタインボルク国は、一年のうち半分以上が分厚い雪と氷に閉ざされています。そのため、食料の確保が非常に難しく、しばしば大規模な飢饉にさらされていました。
もはや戦を続けられるだけの力もなく、日用の糧にまで窮するようになったシュタインボルク国は、今より輪をかけて兵力に乏しかったヴィエルジュ国に交渉を持ちかけたのです。
こうして、ヴィエルジュ国が食料を、シュタインボルク国が軍事力を供給しあう同盟関係が誕生しました。
二つ並んだ名前にチェックマークを入れると、再びペンを持つ手が止まります。
サンク・シャンユイ殿とは直接の面識がなく、どのようなお人柄かは存じません。
ミュゲとの相性についても現時点では何ともいえませんが、比較的気温の変化が穏やかで災害も少なく四季がはっきりしている内陸性気候のヴィエルジュ国と、年間を通して温暖ながら昼夜の寒暖差が激しく海に面しているため水害への備えが欠かせない海洋性気候のシャンユイ国は、きれいに対称を成す国家ともいえます。
お互いの価値観や生活様式をどの程度受け入れ、歩み寄れるかが大きな課題になりそうです。
ダン・リュ・ヴィランシア殿に関しては人柄がどうというよりも、まずは彼の眼鏡にかなう容貌の持ち主でなければ、お近づきになることすら難しいでしょう。
ヴィランシア国の民は美に対して人一倍敏感です。そのせいなのか、彼の国には「美男美女の産地」なる名誉なのか不名誉なのか判断しかねる異名までついています。
まして、領主の嫡男であり時期領主ともなれば、およそこの世に存在するあらゆる美の粋を味わい尽くしているに違いありません。
あるいは、芸術的才覚に長けていれば寵愛を賜るくらいはできたかもしれませんが、今から小手先の技術を会得したところで、恋愛に発展するとは限らないでしょう。
「……いずれにせよ、猶予はあと三年ありますから、焦って結論を出すこともなさそうですね」
最後に大きなクエスチョンマークを書き込むと、私はペンを放り出し、凝り固まった背中を大きく伸ばしました。
「ミツは彼らと面識があるのでしょうか」
「うーん……あったりなかったり。でも、一通り攻略はしたから、顔と性格くらいはわかるよ」
「ちなみに、ミツのおすすめはどなたですか?」
「えー、難しいなぁ。みんなそれぞれ魅力的だから。シャリマーは単純でウブかわいし、ジェイはワンコキャラって感じ。ルヴィとラヴィは疑似双子主従で完全に二人の世界なのが逆にいい。サンクはふわふわしてるようで意外にヤンデレの素質もありそう。ダンはきれいなおにいさんっていうか、おねえさま?」
それまで辛抱強く耳を傾けてくれていたミツが突然饒舌に喋り出したもので、私は一瞬たじろいだものの、つい居住まいを正して聞き入ってしまいました。
図書室の前でミツと別れ、帰路につく頃には、既に日が落ちかけていました。食堂から漂ってくるのか、あたたかな夕餉の匂いと、石鹸らしき甘い香りが空気の中に入り混じり始めます。
寮に着くと、ミュゲの部屋に明かりが灯っているのが見て取れました。先に帰っているのでしょうか。エントランスホールを抜け、階段を上がり、真っ直ぐミュゲの部屋まで向かいます。
軽くノックの音を響かせると、すぐに内側から扉が開けられました。
「ただいま戻りました」
果たしていつからそうしていたのか、ともするとずっと扉の前にいたのかもしれません。飼い主の帰還を待ちあぐねた仔犬のように、ミュゲが飛びついてきます。
そういえば、こんなに長く彼女のもとを離れたのは、クライス・ティアに来てから初めてのことでした。
「……心配をかけてしまいましたね」
胸元に押し付けられた小さな頭をそっと撫でつけながら問いかけます。彼女は返事のかわりに、抱きしめる腕に力を込めました。
「今日はね、ミュゲ、うれしいことがありました。新しい友達ができたんです。明日、ミュゲにも紹介します。きっと仲良くなれますよ」
みどりごのように繊くやわらかな髪を手櫛で梳き、もつれた毛先を指でほどきながら語りかけると、ミュゲは抱きついたまま小さく頷きました。
「まず、シャリマー王子はありませんね」
万が一、アリ王国に嫁入りでもしようものなら、我が国まで戦に巻き込まれかねません。他国を攻め落とすことで国力を伸ばしてきたアリ王国は、未だに多くの国から敵視ないし警戒されています。その中に、アリ王国から領地を奪還しようと考える国があったとしても不思議ではありません。
いきなりアリ王国を陥落させるのは難しくとも、まずは属国を制圧することで弱体化を狙うことはできるでしょう。その場合、さしたる兵力も持たぬヴィエルジュ国が、真っ先に狙われるはずです。
「ジェイ王子は……確かにタウロ王国が後ろ盾になってくれれば心強いでしょう。ただ、似たような考えを持つ国はごまんとあります。社交会の不毛な足の引っ張り合いに、ミュゲを参加させたくありません」
少しの逡巡の後、私は彼の名前の傍らにもバツをつけました。
「やはり、個人的にはルヴィかラヴィのどちらかが安心です」
「確かに、幼馴染同士でお互いの性格もよくわかってるし、もともと同盟国だから結婚することになっても情勢が大きく変わることはなさそうだね」
国土そのものが難攻不落の要塞と称されるシュタインボルク国は、かつて兵器の売買や傭兵派遣を主な産業とする時代もあったほど優れた軍事力を保有する国です。
現在は中立国という立場をとっており、自ら他国に攻め入ることはないものの、軍事力は未だ衰えを知らず、最新の軍事技術と精鋭揃いの国立騎士団は他国からに恐れられています。
世が世ならタウロ王国を凌ぐ大国となっていただろうシュタインボルク国ですが、彼の国を制圧する前に、戦から手を引かざるを得ない状況に陥ってしまったのです。
大陸の北方に位置するシュタインボルク国は、一年のうち半分以上が分厚い雪と氷に閉ざされています。そのため、食料の確保が非常に難しく、しばしば大規模な飢饉にさらされていました。
もはや戦を続けられるだけの力もなく、日用の糧にまで窮するようになったシュタインボルク国は、今より輪をかけて兵力に乏しかったヴィエルジュ国に交渉を持ちかけたのです。
こうして、ヴィエルジュ国が食料を、シュタインボルク国が軍事力を供給しあう同盟関係が誕生しました。
二つ並んだ名前にチェックマークを入れると、再びペンを持つ手が止まります。
サンク・シャンユイ殿とは直接の面識がなく、どのようなお人柄かは存じません。
ミュゲとの相性についても現時点では何ともいえませんが、比較的気温の変化が穏やかで災害も少なく四季がはっきりしている内陸性気候のヴィエルジュ国と、年間を通して温暖ながら昼夜の寒暖差が激しく海に面しているため水害への備えが欠かせない海洋性気候のシャンユイ国は、きれいに対称を成す国家ともいえます。
お互いの価値観や生活様式をどの程度受け入れ、歩み寄れるかが大きな課題になりそうです。
ダン・リュ・ヴィランシア殿に関しては人柄がどうというよりも、まずは彼の眼鏡にかなう容貌の持ち主でなければ、お近づきになることすら難しいでしょう。
ヴィランシア国の民は美に対して人一倍敏感です。そのせいなのか、彼の国には「美男美女の産地」なる名誉なのか不名誉なのか判断しかねる異名までついています。
まして、領主の嫡男であり時期領主ともなれば、およそこの世に存在するあらゆる美の粋を味わい尽くしているに違いありません。
あるいは、芸術的才覚に長けていれば寵愛を賜るくらいはできたかもしれませんが、今から小手先の技術を会得したところで、恋愛に発展するとは限らないでしょう。
「……いずれにせよ、猶予はあと三年ありますから、焦って結論を出すこともなさそうですね」
最後に大きなクエスチョンマークを書き込むと、私はペンを放り出し、凝り固まった背中を大きく伸ばしました。
「ミツは彼らと面識があるのでしょうか」
「うーん……あったりなかったり。でも、一通り攻略はしたから、顔と性格くらいはわかるよ」
「ちなみに、ミツのおすすめはどなたですか?」
「えー、難しいなぁ。みんなそれぞれ魅力的だから。シャリマーは単純でウブかわいし、ジェイはワンコキャラって感じ。ルヴィとラヴィは疑似双子主従で完全に二人の世界なのが逆にいい。サンクはふわふわしてるようで意外にヤンデレの素質もありそう。ダンはきれいなおにいさんっていうか、おねえさま?」
それまで辛抱強く耳を傾けてくれていたミツが突然饒舌に喋り出したもので、私は一瞬たじろいだものの、つい居住まいを正して聞き入ってしまいました。
図書室の前でミツと別れ、帰路につく頃には、既に日が落ちかけていました。食堂から漂ってくるのか、あたたかな夕餉の匂いと、石鹸らしき甘い香りが空気の中に入り混じり始めます。
寮に着くと、ミュゲの部屋に明かりが灯っているのが見て取れました。先に帰っているのでしょうか。エントランスホールを抜け、階段を上がり、真っ直ぐミュゲの部屋まで向かいます。
軽くノックの音を響かせると、すぐに内側から扉が開けられました。
「ただいま戻りました」
果たしていつからそうしていたのか、ともするとずっと扉の前にいたのかもしれません。飼い主の帰還を待ちあぐねた仔犬のように、ミュゲが飛びついてきます。
そういえば、こんなに長く彼女のもとを離れたのは、クライス・ティアに来てから初めてのことでした。
「……心配をかけてしまいましたね」
胸元に押し付けられた小さな頭をそっと撫でつけながら問いかけます。彼女は返事のかわりに、抱きしめる腕に力を込めました。
「今日はね、ミュゲ、うれしいことがありました。新しい友達ができたんです。明日、ミュゲにも紹介します。きっと仲良くなれますよ」
みどりごのように繊くやわらかな髪を手櫛で梳き、もつれた毛先を指でほどきながら語りかけると、ミュゲは抱きついたまま小さく頷きました。
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