乙女ゲーの隠れキャラだけどできれば隠れたままでいたい

k

文字の大きさ
30 / 55
紅顔の美少年とお宅訪問ツアーと時をこえた再会

第30話

しおりを挟む
 ひと月近く尾を引いた残暑がすっかり影をひそめ、空気の中に冬の気配が入り混じり始める十月は、私が特に好きな季節のひとつです。
 真昼は汗ばむほどに強い日射しが降り注ぐのに、朝と夜は厚手のガウンとミルクで煮出した紅茶が恋しくなる日が続くと、今年も十月が来たのだと実感します。

 これから本格的な冬へと向かうにつれ、ほとんどの植物は休眠状態に入るでしょう。
 しかし、冬枯れの時期に突入したからといって、春になるまでそのまま放置しておけばよいというわけではありません。来たる芽吹きの時期に向けて、剪定や寒肥など、やるべきことは意外にたくさんあります。
 何より、温室では常に何かしらの植物が花や実をつけているため、園芸委員会の仕事は一年を通して途切れることはないのでした。

 その日もいつものように温室へ向かうと、珍しく私が一番乗りだったらしく、他の園芸委員の姿は見られませんでした。
 上着をガーデンチェアの背もたれに掛け、園芸用のブーツに履き替えます。
 さて、皆が来るまで備品の点検でもしていようかしら、などと考えていた矢先、温室の奥からかすかな物音が聞こえてきました。
 こちらから見えていなかっただけで、先に来ていた誰かが作業を始めていたのでしょうか。私は物音の正体を確かめようと、青々とした葉を茂らせるシダの裏側を何の気なしに覗き込みました。

 そこには確かに人はいたものの、少なくとも園芸委員会に所属している生徒ではありませんでした。
 温室は夜間以外であれば基本的に開放されているため、学内の人間なら誰でも出入りできます。しかし、私が驚いた理由は、この場所で初めて部外者に会ったためではありません。
 衝撃を受けたのは、まさに目の前に立っていたその人についてです。

 彼はまさしく、紅顔の美少年という言葉を体現したかのような人物でした。
 真っ先に目に飛び込んできたのは、まるで今しがた大理石から彫り起こしたばかりの彫像のように白く滑らかな肌です。ばら色の頬と口唇は、辛うじて彼が血の通った人間であることを証明しているものの、その色が鮮烈であるほど、彼の人間離れした存在感を助長するのでした。白金の髪は自ら発光しているかの如く輝き、頭上に光輪を頂いた天使と見紛うばかりの美しさです。この世で最も上等な宝石のように硬質な光を宿す淡青色の瞳も、髪と同じ白金のまつ毛に縁取られています。
 先頃鐘楼で出会った少年の瞳が雄大な夏の空なら、彼の瞳は今にもひび割れそうに凍てついた真冬の空です。

「君は……この温室の持ち主かな」

 紅を差したような口元に緩やかな弧を描きながら、少年はこちらに問いかけます。彼の表情が変化したことにより、生きた人間であると確信した私は、ようやく自ら口を利くことができました。

「持ち主ではありませんが、園芸委員会として手入れはしています。……失礼ですが、あなたは」
「ああ、俺のことは気にしないで。……ここに来てしばらく経つけど、こんな場所があるなんて知らなかった」

 桜貝のような艶やかな爪がついた指先で、彼は綻んだばらの花弁を愛おしげにひと撫でします。

「いくら勉強が学生の本分とはいえ、学校と寮を往復するだけじゃ、あまりにも味気ないだろう。せめて花の一輪でも手元にあれば、慰めになるかと思ったのだけど」
「申し訳ありませんが、ここで育てている植物は全て学校の所有物なので、我々の一存で差し上げることはできないのです」

 私があまりに突慳貪な返答をしたせいでしょうか。少年はきょとんと目を丸くした後、口元に手を当てながら声を立てて笑い始めました。

「もちろんわかっているよ。花泥棒なんてしないから、安心してくれ」
「いえ、こちらこそ失礼なことを。お気に障られましたらお詫びいたします」

 頭を下げる私に対して笑いながら「気にしていないよ」と告げながらも、彼の目は常に私を捉え、一瞬たりとも逸らされる気配がありません。
 やはり気分を害したのだろうかと思い巡らせている間にも彼は一歩ずつ進み出て、ついに私の目の前へ立ちはだかります。
 手を伸ばせば触れられそうな距離にいてなお彼の美貌には一部の隙もなく、私は蛇に睨まれた蛙のようにその場で硬直してしまいました。

「さもなければ……花のかわりに、君のような小鳥を一羽、囲ってみるのもいいかもしれない」

 おとがいに指をかけ、上向かせた私の顔を、彼はまる標本でも観察するかのように仔細かつ無遠慮に眺め回してきます。正面から覗き込んできたかと思えば、右を向かせたり、左を向かせたりする彼の意図がわからず、私はろくすっぽ抵抗もせずされるがままになってしまいました。

「ごめんごめん。俺の国では、君のような他にはない個性を持った人を「珍しい小鳥」と呼んで、大切にする風習があるんだ」

 見も知らぬ人間から玩具のような扱いを受けて、憮然としているのが伝わったのでしょうか。彼は急に手を離しました。かといって逃す気はないらしく、低木の幹を背に立つよう私を誘導しながら、さり気なく退路を塞いできます。

「美しい人には何人も会ってきたけれど、君のように不思議な魅力を持った人は見たことがない。そう、まるでアンドロギュノスとでも呼ぶべきか……」

 耳慣れない言葉でしたが、それが何を意味しているのかはわかりました。
 しかし、私の体格はもとより大した凹凸もなく、服の上から見ればなおのこと性別がわかりづらいでしょう。さらにいえば、声も男性としては高く、女性としては低い、どっちつかずな声質です。
 身を固くする私に、彼はなおも迫ってきます。ともするとお互いの息遣いが聞こえてきそうで、とても初対面の相手との距離感とは思えません。

「その小麦色の髪とアップルグリーンの瞳……ひょっとして、生まれはヴィエルジュ国かな」

 身体的な特徴から出身地を当てられたのは初めてです。驚く私の表情から察したのか、彼は片目を軽く瞑りました。

「俺の国はばらが美しいことで有名なんだ。せっかくだからこちらでも何株か育ててみようと思っているんだけど、そのときは手伝ってくれるかな。可愛い庭師さん」
「……もう少し普通にお話ししてくださるのでしたら、喜んで」

 彼の言い回しは私にしてみればいちいちむず痒く、耳を傾けているだけで恥ずかしくなってしまいます。彼は私がなぜ渋い顔をしているのかわからないらしく、またもや不思議そうに目を丸くしていたものの、すぐに気を取り直したように笑顔を向けてきました。

「君の名前を訊いてもいいかな」
「はあ……。シモン・D・メルキュールと申します」
「俺はダン・リュ・ヴィランシア。ヴィランシア国の生まれだ。」

 恭しく胸元に手を当てながらお辞儀をした彼は、流れるように私の手を取り、指先に唇を寄せます。唖然とする私をその場に残し、悠々と温室の出口へ向かった彼は現れたときと同様、忽然と姿を消してしまいました。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

社畜OLが学園系乙女ゲームの世界に転生したらモブでした。

星名柚花
恋愛
野々原悠理は高校進学に伴って一人暮らしを始めた。 引越し先のアパートで出会ったのは、見覚えのある男子高校生。 見覚えがあるといっても、それは液晶画面越しの話。 つまり彼は二次元の世界の住人であるはずだった。 ここが前世で遊んでいた学園系乙女ゲームの世界だと知り、愕然とする悠理。 しかし、ヒロインが転入してくるまであと一年ある。 その間、悠理はヒロインの代理を務めようと奮闘するけれど、乙女ゲームの世界はなかなかモブに厳しいようで…? 果たして悠理は無事攻略キャラたちと仲良くなれるのか!? ※たまにシリアスですが、基本は明るいラブコメです。

貧乏貴族の俺が貴族学園随一の麗しき公爵令嬢と偽装婚約したら、なぜか溺愛してくるようになった。

ななよ廻る
恋愛
貴族のみに門戸を開かれた王国きっての学園は、貧乏貴族の俺にとって居心地のいい場所ではなかった。 令息令嬢の社交場。 顔と身分のいい結婚相手を見つけるための場所というのが暗黙の了解とされており、勉強をしに来た俺は肩身が狭い。 それでも通い続けているのは、端的に言えば金のためだ。 王国一の学園卒業という箔を付けて、よりよい仕事に就く。 家族を支えるため、強いては妹に望まない結婚をさせないため、俺には嫌でも学園に通う理由があった。 ただ、どれだけ強い決意があっても、時には1人になりたくなる。 静かな場所を求めて広大な学園の敷地を歩いていたら、薔薇の庭園に辿り着く。 そこで銀髪碧眼の美しい令嬢と出会い、予想もしなかった提案をされる。 「それなら、私と“偽装婚約”をしないかい?」 互いの利益のため偽装婚約を受け入れたが、彼女が学園唯一の公爵令嬢であるユーリアナ・アルローズと知ったのは後になってからだ。 しかも、ユーリアナは偽装婚約という関係を思いの外楽しみ始めて―― 「ふふ、君は私の旦那様なのだから、もっと甘えてもいいんだよ?」 偽装婚約、だよな……? ※この作品は『カクヨム』『小説家になろう』『アルファポリス』に掲載しております※ ※ななよ廻る文庫(個人電子書籍出版)にて第1巻発売中!※

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

転生メイドは貞操の危機!

早桃 氷魚(さもも ひお)
恋愛
クララは乙女ゲームの世界に転生した、モブのメイド。 最推しキャラの公爵令息、ロルフのメイドとして、不幸フラグを折りながら、天使のように愛らしい推しを守ってきた。 ロルフはクララに懐き、魔法学園に入学するときも、離ればなれになるのを嫌がるほど。 「帰ってきたら、ずっと一緒だからね?」 ロルフとそう約束してから三年後。 魔法学園を卒業したロルフが、ついに屋敷へ戻ってきた! だが、クララの前に現れたのは、 かつての天使ではなく、超イケメンの男だった! 「クララ、愛している」 え!? あの天使はどこへ行ったの!? そして推し!! いま何て言った!? 混乱するクララを、ロルフはベッドに押し倒してきて……!? ----- Kindle配信のTL小説 『転生メイドは推しを甘やかしまくった結果、貞操の危機です!』 こちらは番外編です! 本編よりずっと前の、推しがまだ天使だった頃のお話です。 本編を知らなくても読めます。

転生したら4人のヤンデレ彼氏に溺愛される日々が待っていた。

aika
恋愛
主人公まゆは冴えないOL。 ある日ちょっとした事故で命を落とし転生したら・・・ 4人のイケメン俳優たちと同棲するという神展開が待っていた。 それぞれタイプの違うイケメンたちに囲まれながら、 生活することになったまゆだが、彼らはまゆを溺愛するあまり どんどんヤンデレ男になっていき・・・・ ヤンデレ、溺愛、執着、取り合い・・・♡ 何でもありのドタバタ恋愛逆ハーレムコメディです。

悪役令息の婚約者になりまして

どくりんご
恋愛
 婚約者に出逢って一秒。  前世の記憶を思い出した。それと同時にこの世界が小説の中だということに気づいた。  その中で、目の前のこの人は悪役、つまり悪役令息だということも同時にわかった。  彼がヒロインに恋をしてしまうことを知っていても思いは止められない。  この思い、どうすれば良いの?

転生したら乙女ゲームの主人公の友達になったんですが、なぜか私がモテてるんですが?

山下小枝子
恋愛
田舎に住むごく普通のアラサー社畜の私は車で帰宅中に、 飛び出してきた猫かたぬきを避けようとしてトラックにぶつかりお陀仏したらしく、 気付くと、最近ハマっていた乙女ゲームの世界の『主人公の友達』に転生していたんだけど、 まぁ、友達でも二次元女子高生になれたし、 推しキャラやイケメンキャラやイケオジも見れるし!楽しく過ごそう!と、 思ってたらなぜか主人公を押し退け、 攻略対象キャラからモテまくる事態に・・・・ ちょ、え、これどうしたらいいの!!!嬉しいけど!!!

処理中です...