乙女ゲーの隠れキャラだけどできれば隠れたままでいたい

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紅顔の美少年とお宅訪問ツアーと時をこえた再会

第34話

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 先に立って歩くダンと、その後ろに続くミュゲとミツ、私と渋々付き添ってくれたシャリマーの五人は、建物と生垣の間を抜け、寮の裏手へ回ります。
 辿り着いたのは、小さな裏庭でした。
 前庭とは違い人の手はほとんど入っていないらしく、野趣あふるる様相を呈しています。庭の中央に据えられた小さな噴水も水が枯れているらしく、風雨に晒され薄汚れた置物と化していました。

「いつからこんな状態なのかはわからないけど、誰も手入れするつもりがないようだね。あんまり小さな庭だから、ここにあることも忘れられてしまったのかな」

 伸び放題の雑草を足で掻き分けながら、ダンは一歩ずつ慎重に裏庭へ足を踏み入れます。

「あの、確か部外者は談話室以外立ち入り禁止でしたよね。ここにいても大丈夫なのでしょうか」
「どうなんだろう……。一応、居室には入っちゃダメって決まりだし、お庭ならギリギリセーフ……?」

 ダンに連れ出された瞬間から胸の裡にわだかまっていた疑問をミツに耳打ちすると、彼女もまた囁くような声で応えてくれました。
 我々の懸念を知ってか知らずか、庭の中央まで進み出たダンは、土埃にまみれた噴水にそっと手をかけ、憂わしげに睫毛を伏せます。
 朽ちかけた庭園と美しい少年。その光景だけ切り取れば、まるで一枚の絵画のようです。眼前に思いがけず現れた抒情的な風景に言葉もなく見入る我々に代わり、ダンが自ら沈黙を破ります。

「以前、この学校でもばらを育てたいと言ったろう。忘れられているならちょうどいいと思ってね。もし、ここにばらを植えるようになったら、そのときは手伝ってくれるかな」

 私は彼と初めて会ったときに交わした言葉を思い出しました。てっきり鉢植えでも育てるのかと思っていたら、よもや小さいとはいえばら園を作るつもりでいたとは。
 ばらは虫や病気に好かれやすいうえ、どれだけ丹精したとしても、土や日当たりなどの条件が揃わなければ美しく咲かせるのは困難です。まして複数の品種を同時に育てるとなると、熟練の庭師でも手を焼くでしょう。
 しかし、私はその途方もない計画を頭に思い描いただけで、俄然乗り気になってしまったのでした。

「あのさぁ……いくら園芸委員だからって、寮の庭まで面倒看る義理は……」
「私は構いませんよ。喜んでお手伝いさせていただきます」

 にべもなく却下しようとするシャリマーを遮り、私とミュゲはほぼ二つ返事で挙手します。

「えっと、私も、どのくらい力になれるかはわからないけど、できる範囲で手伝うよ」

 さらにミツまで手を挙げ、四面楚歌になったシャリマーは明らかに当惑した様子でその場に立ち尽くしていました。

「シャリマー……何もばらの世話を焼いてくれとまでは言わない。育てられる環境を整えるところまででいいんだ。俺一人じゃ、とても植えつけの時期までに間に合いそうにない。……お願いだ、王子様」

 さり気なくシャリマーの両手を掌で包み込み、至近距離から正面を切って見つめる一連の動作は、人心を掌握する術を知り尽くした者のそれとしか言いようがありません。
 あの距離なら真珠母の光沢を放つ睫毛も、磨り硝子の如き乳白色の肌も、熟れた桜桃のように色づいた甘い口唇も、しっかりと視認できるはずです。
 もはや芸術に昇華されているといっても過言ではない造詣の持ち主にああまで懇願されて、突っぱねられる人類が果たして存在するのでしょうか。
 当のシャリマーは顔を青くしたり赤くしたりで忙しそうにしているものの、かといって彼の手を振り払うでもなく、ただ酸素を求める魚の如く口をぱくぱくさせています。
 こうして懐柔されてきた人間が、一体この世にどれだけいることやら……などと考えながら、私は無垢なる少年が哀れにも籠絡されていく様を見守っていました。

 結局シャリマーは首を縦に振るまで解放されることはなく、ようやくダンの手が離れる頃には、息も絶え絶えといった様子でした。

「ありがとう、みんな。快く引き受けてもらえてうれしいよ」

 ダンのいうみんな、とはシャリマーも含まれているのでしょうか。私は改めて美は力なりという世の理を思い知らされました。

「雑草の処理だとか、芝生の張り替えだとか、やるべきことは山ほどありますが……まず土壌を調べないことには始まりませんね。土が合わないのに植えても、ばらが気の毒ですから」

 私とミュゲは指先で足元の土を浅く掘り返し、色や固さを確認しながら互いに頷き合います。

「それから、園芸委員会の先輩方を通して、寮監から庭の手入れをする許可を得ておきましょうか。見たところ、こそこそ作業ができるような規模ではないようですし」

 ダンとシャリマーはともかく、部外者である私やミュゲたちが何度も庭に立ち入るとなると、他の寮生から見咎められるのは時間の問題です。堂々と出入りするためにも、寮監のお墨付きという大義名分は欠かせないでしょう。
 その後、我々は談話室へこもり、裏庭をばら園へ改造するための計画についてひとしきり議論を交わしました。
これまで見てきた寮の談話室が比較的落ち着いた雰囲気だったのに対し、ドーム・ラークの談話室は小さいながらも明るく、レースのカーテンを掛けた大きな採光窓から差し込む光が、白を基調とした調度品で統一された室内を照らし出していました。

 正午過ぎに出かけたはずなのに、ダンとシャリマーに見送られながらドーム・ラークを出る頃には、早くも西の空に夕暮れの気配が迫りつつありました。

「ああ、楽しかった。また遊びに行きたいな」

 ミツが大きく伸びをしながらこぼした感想に、私はほっと胸を撫で下ろします。というのも、学生寮訪問ツアーを最初に提案したのは、他でもない私自身だったのです。休日にも関わらず、快く歓迎してくれた友人たちにも、後日改めてお礼を言うつもりでした。
 心残りがあるとすれば、ドーム・ラーク以外の寮にはほとんど滞在できなかったことです。できれば次はお茶でも嗜みながら、友人たちとの交流を楽しみたいものです。
 我々は日が暮れる前に自分たちの寮へ帰るべく、来た道を戻り始めました。

 帰路につく途中、ふと通りかかった見慣れぬ建物の前で、思わず足を止めます。玉ねぎのような特徴的な形の屋根を頂くそれは、唯一立ち入ったことのない寮、ドーム・ガルでした。
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