乙女ゲーの隠れキャラだけどできれば隠れたままでいたい

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攻略対象全員集合

第42話

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「シモン、こっちへおいで」

 そのとき、ダンに呼びかけられたのを口実に、私はサンクのもとを離れ、いつもお茶を飲んでいるテーブルセットへ歩み寄ります。
 ダンは私を正面に立たせると、頭から足先までざっと目を通した後、両腕を高く挙げさせたり、その場でしゃがむよう指示してからもう一度立ち上がらせたりしていました。

「きついところや、動かしにくいところはないかな。すぐに直せるから、遠慮なく言ってくれ」
「問題ありませんよ。むしろ快適です」

 いくら私が服飾に関心がないとはいえ、普段私が袖を通している、耐久性と実用性しか考慮されていない野良着と誂えられた衣装では、まるで別物ということはわかります。
 極上の生地は気持ちいいくらいに滑りがよく、およそ摩擦というものを感じさせません。しかも、触れた部分からとろけてしまうのではと思われるほど、柔らかな肌当たりでした。
 これまで女性らしさを指向した衣装を纏う機会はまるでなかったものの、いざ着てみると胸のあたりがそわそわするような、足元がむずむずと勝手に動いてしまうような、浮ついた気分になってしまいます。初めての感覚に戸惑いこそしたものの、決して不快ではありませんでした。

「あなたは……どうして私にこの衣装を?」

 肩のラインやボタンの縫い目、スカートの裾の処理まで仔細に確認していたダンは、私の問いかけを受けてすぐさま顔を上げます。

「同じ瞳の色をしているせいかな、君たちには緑が似合うと思ったんだ。でも、全く同じ色を選ぶのは少し違う気がしてね。気に入ってもらえたら嬉しいな」

 光を増幅させる緑と光を閉じ込める緑。もしも彼が我々のバックグラウンドを知らず、ただ直感に任せてこの色を選んだのだとしたら、想像していた以上に恐ろしい人です。
 そもそも彼は、私のことをどう捉えているのでしょう。
 然るべき教育を受けた良家の子女であれば、性別や性的指向のような極めて個人的な事柄を、本人に向かって不躾に問いただすことはしません。
 それでも、今日まで難を逃れて来られたのは、ひとえに家族や領主一族といった周囲の人々が配慮してくれていたおかげです。加えて、故郷にいる頃は社交の場に顔を出す機会もほとんどありませんでした。
 仮に私がもっと衆目に晒されるような、たとえばジェイやシャリマーのような立場だったら、とっくに吊るし上げられていたでしょう。

「……ひょっとして、嫌だった?」

 私の反応に落胆したのか、どこかさびしげに微笑むダンに、私は慌てて首を左右に振ります。

「そうではないんです。こういった衣装は着慣れていないから、何だか落ち着かなくて。ただ、どうしてあなたたちと同じではないのか、少し不思議でしたが……」
「それは、俺の独断だよ。君の美しさを引き立たせるには、こちらのほうがふさわしいと思ったんだ。それでも、事前に希望を聞かなかったのは、こちらの落ち度だね。すまなかった」

 美に並々ならぬこだわりを持つダンだからこそ、いたずらや気まぐれでこの衣装を選んだわけではないことは、私も理解していました。
 しかし、似合うか似合わないかはともかく、自然か不自然かという観点から見れば、より日頃の装いに近しいほうを選択するのが妥当ではないでしょうか。
 そんな思いを正直に吐露したところ、ダンは困ったように眉尻を下げながら、指先で私の髪に触れました。

「似合うとか似合わないとか、女性らしいとか男性らしいとか……そんなに重要なのことなのかな」

 先刻かぶりを振ったときに乱れた私の髪を、節の目立たないすんなりと伸びた指が撫でつけていきます。

「俺は、美しいものは美しいままあるべきだと思っているよ。……ただ、美の資質を開花させるのは、簡単なことじゃない。だからこそ、美しさは尊いんだ」
「はあ……そういうものですか」
 
 彼の持論についていけていないことが伝わったのでしょうか、ダンは私の手を軽く引き、椅子に座らせます。テーブルには彼が使ったのでしょうか、ちょうど顔が映る程度の大きさの鏡が立てかけられていました。
 磨き込まれた金のフレームには、薔薇や蝶を象った繊細なモチーフが彫り込まれています。背もたれの後ろへ回り込んだダンは、鏡の前に無造作に置かれたヘアブラシを手に取り、私の髪をときはじめました。

「美の資質というのは、さしずめ君たちがいつも丹精している花のようなものかもしれないね。どんなに立派な花だって、手をかけなければいつかは枯れてしまう」
「なぜですか? 美しいものは美しくあればいいと仰ったではありませんか」

 まるで私自身の気質をそのまま反映したかのように、あちこち跳ね返ってまるで言うことを聞かない髪に根気よくブラシを当てながら、ダンは鏡越しに頷きます。

「そうだね。でも、咲かない花も芽吹かない種も存在するんだよ。地中で腐ってしまう種もあれば、そもそも土に植えられない種もあるだろう。せっかく蕾をつけても、手折られてしまえば花開くことはない。同じように、美の資質を秘めていても、祝福されなければ日の目を見ないまま潰えてしまう」

 きちんと耳を傾けていても、やはり彼の言い分を全て理解することはできませんでした。たとえば、誰の目から見ても明らかに美しいものがあったとして、祝福されないなどということが果たして有り得るのでしょうか。
 そんな浅はかな思考を読み取ったかのように、再びダンが口を開きます。

「美しさは他人から賞賛を受けるから輝くわけじゃない。自分が気付かなければ、存在しないのと同じなんだ。……もっとも、自分自身に美しさを見出すのは、ときにひどく難しいことだけれど……」

 鏡の中のダンは、憂いを帯びた瞳を豊かな睫毛の向こうへ隠すかのように目を伏せます。私が振り返ろうとするより早く、彼はブラシを置き、私の肩越しに鏡を覗き込みました。ほつれ毛のひとつも見当たらないほど丁寧に髪を整えられた私と、慈母のように完璧な笑顔のダンが並びます。

「この衣装も、君が自分の美しさを愛してくれますようにと、願いを込めて作ったんだよ」

 私は改めて鏡に映る自分へ目を向けます。鏡像の私は、自分でも気がつかないうちに頬が緩み、抑えようとしてもあふれ出てしまうような、のぼせ上がったような、何とも締まりのない笑みを浮かべていました。

「そういえば、どうしてそれを着てくれたんだい? 抵抗があるなら、そのまま突き返してくれてもよかったのに」

 衣装の次は靴を決めねばと、赤いエナメルのストラップシューズやらウイングチップをあしらったパンプスやらを取っ替え引っ替え私の足に履かせていたダンが、ふと思いついたような気安さで訊ねます。

「あなたが我々のために用意してくれたものを、無碍にするわけにはいきませんから。それに……」
「それに?」

 言い淀む私に、ダンはブーツの編み上げを整えながら先を促します。悪気がないことはわかっていたものの、ありのままの事実を伝えることに、ほんの少しの羞恥と決まりの悪さを感じていた私は、散々逡巡した末にお茶を濁す術も思い浮かばず、歯切れの悪い返答をするほかありませんでした。

「……ミュゲが、お揃いだと嬉しそうにしていたので、脱ぐに脱げなかったんです」

 初めて揃いの衣装に身を包んだとき、私を見るミュゲの瞳は、明らかに興奮を隠せない様子できらきらと輝いていたのです。余程嬉しかったのか、理学研究棟へ戻る道すがら、硝子窓の前を通りかかるたびに足を止めては、二人で並ぶ姿を映して悦に入っていました。そうまではしゃぐ様を見せつけられては、着たくないなどとは口が裂けても言えません。

 私が白状した途端、ダンは足元にしゃがみ込んだまま、彼らしからぬ豪快な声を上げて笑ったのでした。
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