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攻略対象全員集合
第44話
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しばらくミツと床に座り込んだまま雑談した後、我々は何喰わぬ顔で書庫を出ました。
とはいえ、二人で一緒に書庫から出てきたら、あらぬ疑惑をかけられかねません。そこで、先にミツを本部へ帰し、しばらく時間を置いてから私も書庫を出ました。
地階へ続く階段を上がり、校舎の出口を目指す途中、誰かが廊下の向こうからこちらへゆっくりと進んできます。
やけに歩調が遅いと思っていたらそれもそのはず、近付くにつれその人が左右の肩と両手に郵便配達夫の如き巨大な鞄を提げているのがわかりました。
しかも、よくよく見れば、明らかに大荷物を持て余した様子で、左右にふらふらと重心を引っ張られているその人は、いかにも見知った顔に相違ありません。
「ラヴィ、何をしているんですか」
荷物を運ぶことに集中していたせいでしょうか、声をかけるまで彼はこちらの存在に気がつかなかったようです。ようやく顔を上げたラヴィは、いつもの如く人懐こい笑顔を見せるものの、その表情には隠し切れない疲労の色が浮かんでいます。
「こんにちは、シモン様。最近はよくこちらでお会いしますね」
「それどころじゃありませんよ。一体どうしたんですか」
「ああ、これは先の会議で使った参考資料で……。書庫へ返却しなければならないのですが、横着して一気に持って行こうとしたら……失敗しました」
よく見ると、鞄の中には大量の紙束や細く巻かれた模造紙などが隙間なく詰め込まれていました。
「無理に決まっているでしょう。肩が抜けてしまいます」
常に冷静で理知的なラヴィがこんな失敗をするなんて、非常に珍しいことです。相当疲れが溜まっているに違いないと考えた私は、彼の手から強引に鞄をもぎ取りました。
「そんな、シモン様のお手を煩わせるなど……」
「いいから。私も散々あなたの手を煩わせているんです。これくらい手伝ってもばちは当たりません」
私は彼の歩調に合わせながら、つい先刻辿って来たばかりの道程を引き返します。
体力を消耗しきっている彼にかわり重厚な書庫の扉を開き、荷物を床に置くと、我々はほぼ同時に大きな溜め息を吐きました。
「途中までとはいえ、よく運べましたね。こんな大荷物……」
「あはは……。鞄の底が抜けなかったのは、不幸中の幸いです。本当に助かりました」
日頃から鍛えているラヴィでも流石に答えたのか、薄く汗の滲んだ額を手の甲でおさえながら、わずかに紅潮した頬を緩めます。
さらに、私は乗りかかった舟とばかりに、持ち出した資料を元通りに書架へ返却するところまで手伝うことにしました。
本当はこの後、別の教室で授業を受けているミュゲを迎えに行くつもりだったのですが、終了のチャイムが鳴るまで少し余裕があったため、何をして時間を潰すか考えあぐねていたところだったのです。
ラヴィと私は手分けして鞄の中から資料を取り出し、年代や種類ごとに整理します。
「ええと……これは全部十年前の資料ですね」
「十年前……ということは、この奥ですか」
大まかに仕分けたら、今度はそれぞれの資料をあるべき書架へ戻さなければなりません。我々が手分けして資料を持ち、該当の書庫へ向かうと、案の定そこにはぽっかりとした空間がありました。
最初のうちこそあまりの量に辟易していたものの、二人がかりで作業を進めていたおかげでしょうか、あっという間に半分ほどの資料が片付いてしまいました。
この調子ならミュゲを迎えに行く時間までに、余裕を持って全ての資料を返却できるかもしれません。
「ありがとうございます、シモン様。私一人では、ここまで早くは片付かなかったはずです」
「お気になさらず。むしろ、この程度のお手伝いしかできなくて恐縮です。私こそ、ラヴィには助けてもらってばかりいるのに……」
「そんなこと……。あのとき、シモン様が通りかかってくださって本当によかった。あのまま誰も手を貸してくれなかったら、今頃は廊下に書類をばら撒いていたはずです」
滅多に冗談を言わない彼の軽口が、そのときはやけにおかしくて、我々は顔を見合わせるなり思わず吹き出してしまいました。
「それにしても、シモン様は随分と書庫の構造に詳しいのですね。実行委員でなければ、ほとんど立ち入らない場所なのに」
ところが、彼の口から何気なく告げられた言葉により、それまでの和やかな空気は跡形もなく消し飛びます。
もしかして、私とミツが先刻までこの場所にいたことを知っていた? いえ、そんなはずはありません。書庫に入ったとき、我々は室内の隅々まで目を配り、他に誰の姿もないことを確認しました。加えて、後から誰かが来てもわかるよう、話している間もずっと出入口が目に入る位置に陣取っていたのです。
私が答えに窮している間に、ラヴィはさり気なく私の前に立ちふさがり、嫣然たる笑みを一切崩すことなく迫ってきます。そして、耳元に唇を寄せると、吐息を吹き込むようにして囁きました。
「ミツコ様と、何をお話しされていたのですか」
単純に怪しまれているだけであれば、私もどうにかはぐらかそうとしたでしょう。
しかし、十年来という付き合いの中で、一度も向けられたことがないような冷徹な視線を受け、彼の抱くそれが疑惑や懐疑などという生易しい代物ではないことを肌で感じました。彼は既に揺るぎない確信を得たうえで、こちらを尋問する機会を虎視眈々と伺っていたのです。
最早逃げることも誤魔化すことも不可能と悟った私は、心の中でミツに謝罪しながら、洗いざらい自供せざるを得ませんでした。
とはいえ、二人で一緒に書庫から出てきたら、あらぬ疑惑をかけられかねません。そこで、先にミツを本部へ帰し、しばらく時間を置いてから私も書庫を出ました。
地階へ続く階段を上がり、校舎の出口を目指す途中、誰かが廊下の向こうからこちらへゆっくりと進んできます。
やけに歩調が遅いと思っていたらそれもそのはず、近付くにつれその人が左右の肩と両手に郵便配達夫の如き巨大な鞄を提げているのがわかりました。
しかも、よくよく見れば、明らかに大荷物を持て余した様子で、左右にふらふらと重心を引っ張られているその人は、いかにも見知った顔に相違ありません。
「ラヴィ、何をしているんですか」
荷物を運ぶことに集中していたせいでしょうか、声をかけるまで彼はこちらの存在に気がつかなかったようです。ようやく顔を上げたラヴィは、いつもの如く人懐こい笑顔を見せるものの、その表情には隠し切れない疲労の色が浮かんでいます。
「こんにちは、シモン様。最近はよくこちらでお会いしますね」
「それどころじゃありませんよ。一体どうしたんですか」
「ああ、これは先の会議で使った参考資料で……。書庫へ返却しなければならないのですが、横着して一気に持って行こうとしたら……失敗しました」
よく見ると、鞄の中には大量の紙束や細く巻かれた模造紙などが隙間なく詰め込まれていました。
「無理に決まっているでしょう。肩が抜けてしまいます」
常に冷静で理知的なラヴィがこんな失敗をするなんて、非常に珍しいことです。相当疲れが溜まっているに違いないと考えた私は、彼の手から強引に鞄をもぎ取りました。
「そんな、シモン様のお手を煩わせるなど……」
「いいから。私も散々あなたの手を煩わせているんです。これくらい手伝ってもばちは当たりません」
私は彼の歩調に合わせながら、つい先刻辿って来たばかりの道程を引き返します。
体力を消耗しきっている彼にかわり重厚な書庫の扉を開き、荷物を床に置くと、我々はほぼ同時に大きな溜め息を吐きました。
「途中までとはいえ、よく運べましたね。こんな大荷物……」
「あはは……。鞄の底が抜けなかったのは、不幸中の幸いです。本当に助かりました」
日頃から鍛えているラヴィでも流石に答えたのか、薄く汗の滲んだ額を手の甲でおさえながら、わずかに紅潮した頬を緩めます。
さらに、私は乗りかかった舟とばかりに、持ち出した資料を元通りに書架へ返却するところまで手伝うことにしました。
本当はこの後、別の教室で授業を受けているミュゲを迎えに行くつもりだったのですが、終了のチャイムが鳴るまで少し余裕があったため、何をして時間を潰すか考えあぐねていたところだったのです。
ラヴィと私は手分けして鞄の中から資料を取り出し、年代や種類ごとに整理します。
「ええと……これは全部十年前の資料ですね」
「十年前……ということは、この奥ですか」
大まかに仕分けたら、今度はそれぞれの資料をあるべき書架へ戻さなければなりません。我々が手分けして資料を持ち、該当の書庫へ向かうと、案の定そこにはぽっかりとした空間がありました。
最初のうちこそあまりの量に辟易していたものの、二人がかりで作業を進めていたおかげでしょうか、あっという間に半分ほどの資料が片付いてしまいました。
この調子ならミュゲを迎えに行く時間までに、余裕を持って全ての資料を返却できるかもしれません。
「ありがとうございます、シモン様。私一人では、ここまで早くは片付かなかったはずです」
「お気になさらず。むしろ、この程度のお手伝いしかできなくて恐縮です。私こそ、ラヴィには助けてもらってばかりいるのに……」
「そんなこと……。あのとき、シモン様が通りかかってくださって本当によかった。あのまま誰も手を貸してくれなかったら、今頃は廊下に書類をばら撒いていたはずです」
滅多に冗談を言わない彼の軽口が、そのときはやけにおかしくて、我々は顔を見合わせるなり思わず吹き出してしまいました。
「それにしても、シモン様は随分と書庫の構造に詳しいのですね。実行委員でなければ、ほとんど立ち入らない場所なのに」
ところが、彼の口から何気なく告げられた言葉により、それまでの和やかな空気は跡形もなく消し飛びます。
もしかして、私とミツが先刻までこの場所にいたことを知っていた? いえ、そんなはずはありません。書庫に入ったとき、我々は室内の隅々まで目を配り、他に誰の姿もないことを確認しました。加えて、後から誰かが来てもわかるよう、話している間もずっと出入口が目に入る位置に陣取っていたのです。
私が答えに窮している間に、ラヴィはさり気なく私の前に立ちふさがり、嫣然たる笑みを一切崩すことなく迫ってきます。そして、耳元に唇を寄せると、吐息を吹き込むようにして囁きました。
「ミツコ様と、何をお話しされていたのですか」
単純に怪しまれているだけであれば、私もどうにかはぐらかそうとしたでしょう。
しかし、十年来という付き合いの中で、一度も向けられたことがないような冷徹な視線を受け、彼の抱くそれが疑惑や懐疑などという生易しい代物ではないことを肌で感じました。彼は既に揺るぎない確信を得たうえで、こちらを尋問する機会を虎視眈々と伺っていたのです。
最早逃げることも誤魔化すことも不可能と悟った私は、心の中でミツに謝罪しながら、洗いざらい自供せざるを得ませんでした。
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