乙女ゲーの隠れキャラだけどできれば隠れたままでいたい

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記念祭開始

第53話

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閉めきった扉の前に行儀よく列を成す人々の群れを目の当たりにした瞬間、我々は逃げるように温室の蔭へ姿を隠します。

「????????」
「ど、どうしよう……。しーちゃんが面白い顔になってる……」

 そのときは衝撃のあまり表情を作っている余裕すらなかったものの、ジェイの反応から察するに、相当ひどい顔をしていたようです。
 碌な宣伝もしていないのに、なぜこのような事態になっているのか。我々は困惑した顔を突き合わせたものの、誰一人心当たりがない様子でした。

「……誰か、宣伝などなさいましたか」

 念のために問いかけて見れば、皆が一様に首を横に振ります。ただ一人、ダンだけが控えめに手を挙げました。

「一応、知り合いに声をかけはしたけど……」
「えっ。すごいですね。どれだけ顔が広いんですか」
「いや、流石にそこにいる人が全員顔見知りというわけではないよ」

 ともあれ、こうしてお客様は来てくださったのですから、我々がするべきことは皆様をなるべくお待たせしないよう、速やかにお店を開けることです。
 来たときと同様、隊列を成してこそこそと温室の中へ戻った我々は、すぐに出入り口を解放し、先頭に並んでいた方から順番に客席へ案内します。最初に温室へ足を踏み入れたのは、上級生でしょうか、上等なジャガード織のドレスを着た二人組のご婦人でした。一人は暖炉にくべられた火のように深く落ち着いた色合いのワインレッド、もう一人は新雪の如く清楚で軽やかなミスティブルーのドレスに身を包んでいます。
 屋内と屋外、全ての席にお客様を通しても、まだまだ列の途切れる気配はありませんでした。お客様をお通ししたら、次はオーダーと給仕に右往左往しなければなりません。不思議なことに、席を埋めているのは八割方女性でした。
 お茶を淹れる役割はジェイに任せ、私を含めた五人は手分けして配膳を行います。最初のうちこそ研究棟の給湯室で沸かしたお湯を温室へ運び入れていましたが、あっという間に手が回らなくなり、いつしかジェイが給湯室にこもりきりで茶葉と熱湯をポットに仕込み、我々は只管それを客席へサーブするという流れ作業に切り替わりました。
 しかし、どれだけ手間を省こうとしても、お客様は引きも切らずに訪れます。客席に注意を払うだけでも手一杯で、もはや外に並ぶ人々の列がどこまで続いているかなど、確認する余裕もありません。
 結局、一時間経っても二時間経っても客足が途絶える気配はなく、終わりの見えない作業に眩暈を覚えた頃、肩を怒らせながら強引に人波を割り、押し入ってきた人物がいました。ルヴィです。

「君たち、これは一体どういうことだ」

 彼は大層ご立腹の様子で、挨拶もそこそこに開口一番、憤慨した様子で我々を呼びつけます。もっとも、全員が全員、客席のあちこちからかかる声に必死になって応えていたため、足を止めたのは私一人でした。
 
「研究棟の向こうまで行列ができているぞ。他の団体にも迷惑がかかってしまうじゃないか」

 温室へ飛び込んできた直後こそ息巻いていたルヴィも、尋常ではない様子に気がついたのでしょうか。語尾へ向かうにつれ叱責するような口調は次第に和らいでいったものの、明らかに狼狽した表情でこちらを凝視します。

「ご、ごめんなさい。そんなつもりはなかったのですが、もうどうしたらいいかわからなくて……」
「こ、こら、泣くことはないだろう。というか、その格好は何だ」
「これは制服です……」

 泣くつもりはなかったし、実際に泣いてはいなかったのですが、彼の姿を見た途端に条件反射的に気が緩み、わずかに声が震えてしまいました。

「あの、ルヴィ……お忙しいのに図々しいお願いとは承知していますが……た、助け……」
「ああもう、わかった! 手伝ってやるから、情けない声を出すんじゃない。いいか、今回だけだぞ」

 冷静な判断力が残っている状態であれば、困っている相手を見過ごせない彼の気質につけ入るような真似はしなかったでしょう。ただでさえ実行委員としての役割に追われている彼に、私情を挟んでいる余裕などなかったはずです。しかしながら、精神的にも肉体的にも追いつめられていた私は、藁にも縋る思いで懇願するほかありませんでした。
 
 流石に実行委員を二年間勤めているだけあって、ルヴィは素晴らしい手際のよさで行列をさばいていきます。必要以上に道幅をとったり、研究棟の出入口を塞いだりしないよう列を誘導しながら、現状で何人のお客様が待機しているのかを逐一報告してくれしました。ルヴィが手伝ってくれなければ、この日を無事に乗り切れなかったかもしれません。
 結局、他の模擬店を覗くどころか、休憩すらままならず、温室から一歩たりとも出ることは許されない状況の中、初日は幕を下ろしました。
 本来であればまだ終了時刻には程遠いものの、一日分の物資が尽きてしまっては閉店せざるを得ません。何しろ、前夜祭と後夜祭は在学生のみの参加ですが、本祭では国外からの来賓も訪れるのです。つまり、今日よりも多くのお客様が殺到する可能性があります。
 結局、ルヴィには日が落ちるまで付き合わせてしまいました。おそらくは、今日の騒動のせいで、本来の仕事にはほとんど手をつけられなかったはずです。最後のお客様を見送り、温室を閉め切った後、ルヴィにお詫びと労いを込めたお茶を振る舞いながら、我々は深く頭を下げました。
 
「別に、謝ることはないさ。問題が生じれば都度対処するのが僕らの仕事だ。……それより、次こそは今日のように無様な事態にならないよう気をつけてくれ」
「……ごめんね、ルヴィくん。本当にありがとう」

 ジェイが今にも泣き出しそうな顔で、ルヴィを抱き締めます。彼もまた私と同様、相当に追い詰められていたようです。ルヴィは迷惑そうな顔で、のしかかってくる巨躯を押しのけようとしていましたが、ダンやミュゲ、サンクまでもが便乗して彼を取り囲むと、諦めたのかされるがままになっていました。シャリマーは呆れた表情でその様子を見守っていたものの、ルヴィへ感謝する気持ちはあったようです。この一日ですっかり鍛えられたのか、堂に入った手つきでお茶のおかわりを淹れていました。
 それにしても、どうしてこんなに人が集まったのかは、未だに謎のままです。何の気なしにルヴィへ疑問をぶつけてみると、彼は呆れたように大きな溜め息を吐き出しました。

「決まっているだろう。大国の王子が二人に顔だけルネサンス、珍獣その一、その二、その三。十分客寄せになる面子じゃないか。君たちだって、それを狙っていたんだろう?」

 珍獣とは一体誰のことでしょうか。何やら大いなる誤解を生んでいる予感がするものの、訂正する気力は残っていません。
 ともあれ、指一本動かすことすら億劫なほど消耗しきった我々は、人気のない温室にだらしなく座り込みながら、遠くに聞こえる祭りの喧騒に耳をそばだてます。水を吸ったコートのように全身に重くまとわりつく倦怠感と虚脱感、そしていくらかの達成感を覚えつつ、前夜祭のゆうべは暮れていったのでした。
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