その少女は悲しみを知らない

際農梨

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プロローグ

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「おい坊主どうした?」

俺が十の頃、とある喫茶店の前でうずくまっていると声をかけてくる人がいた。
そいつは立花銀次たちばな ぎんじと名乗った。
歳は65と、もう定年退職したおじさんだった。
髪の毛は所々白くなってきており、はげかかっていた。

「こんな雨の中そんなことしてたら風邪引くぞ」

「別に、いく場所ないからここでこうしてるだけ。夜になれば帰るから気にすんなよ。」

俺の家庭はその頃が、一番最悪だった。
親父と母親は毎日喧嘩ばかり、親父は大抵仕事終わりにキャバクラに行って帰ってくる。
逆に母親はホスト通いに浮気をしていた。
そんな家庭環境だった。
もちろんそんな環境なのだ。親の愛なんて知らない俺だった。

「あぁー、訳ありか...」

立花はそう言って頭をぽりぽりと掻き、唐突に「そうだ!」と声を上げる。

「坊主、家に来い」

「嫌だよ」

俺はそれが多分嬉しかったはずだ。
だけど何処かに行き人様の迷惑になったと知られれば、俺はまた殴られる。そのことばかり気にし立花を突っぱねる。

「いいからいいから来なさいな、訳ありなら尚更な」

だが俺は立ち上がろうとはしなかった。
ここに居れば何事もなく終わるから、ここに居れば殴られる事なんてないから... ...



「だから犯人は誰なんですか?!」

思い出に浸っていた俺は無理やり現実に意識が戻された。

あぁそうだった。俺は今推理の途中だったな。

「犯人はいませんよ」

「どういう事だ?!」

刑事驚いている。
そして俺はこの事件を最初から振り返る。

「被害者は認知症と診断された86歳の南條愛菜なんじょうまな
被害者の趣味は花を育てること。
たまに野菜も育てることもあった。
そして被害者が殺されたこの室内だけではなく玄関までも鍵が開いていた」

そうだ、一つ一つ整理すればどうってことないんだ。この事件も。

「第一発見者は介護ヘルパーの佐々木蛭海さん。
いつものように介護に愛菜さんのお宅を訪問。
いつものようにインターホンを押すが返事がなかった。
不審に思った蛭海さんはドアノブを回すと鍵が開いており、
玄関で倒れている被害者を発見。
間違えないですね?」

「間違いないです」

そうだ。
ピースを一つ一つ当てはめるんだ。

「そして被害者の死因は確かに頭部をこの柱に打ち付けた時の出血で死亡した。それは間違いないないです」

「じゃあ犯人は強盗とかじゃないか!」

俺はさっきの話をなかったかのようにそう結論を出そうとする刑事にたいし「はぁ...」とため息をつく。

「違う。だから事件に犯人なんていない。いるとすればそれは花だよ」

「花だと?」

そう花...
正確には花の蕾だ。
被害者は花を育てるのが好きだった。
その為窓際にも花がいくつか咲いていた。
その中に一つ幻覚症状を引き起こす花が何故かあった。
それは...

「それはチョウセンアサガオです」

「チョウセンアサガオ?」

チョウセンアサガオは蕾はオクラに似ており、食べてしまうと幻覚、妄想、悪寒などの症状を引き起こす毒性がある。
何故そんなものがこの部屋にあるのかは知らない。
まず売っているのかすらわからないが ...

「えぇ、おそらくですが彼女の死亡までの流れはこうです。
彼女はいつも通り花に水をあげていたのでしょう。
その中にこのチョウセンアサガオがあった。
まだチョウセンアサガオは蕾だった。
それを見て彼女はオクラだと思ってしまった。
普通ならばそんな事は起きない。
だけども彼女は認知症だった」

そうこの事件は単なる事故に過ぎない...
事故というよりも悲しい間違いだな...

「彼女はそれを調理し食べてしまった。
すると彼女は酷い幻覚症状に見舞われてしまったのだ。
それは彼女がこの柱に何度も頭を打ち付けるほどに...
そしてその後彼女は幻覚で見えた何かから逃げるために部屋の中を暴れ走った。
ようやく玄関に着き鍵を開けたが、そこで力尽きた。
これが事件の真相です」

そう本当にこの事件は悲しい...
でもヘルパーがいたはずなのに自分で調理をしたのかも分からない。
ただ、そこらじゅうに散らばっていた皿の破片は2人分あったそうだ。
もしかしたらヘルパーさんに手料理をふるまいたかったのかもしれない。

「そうか。おい司法解剖で胃の内容物を知らべてくれ。
それと信さん。今回もありがとうございます」

「わかった。なんかあればまた呼んでくれ。」

俺はそう言って現場から離れる。
外は雨が降っており、4月なのに少し肌寒いと感じた。

「今日は夕飯何にしよっかな...」

俺はいつものように食材を買って家に帰るだけだ。
でも今日少しは違った。

俺はたまたまあの日のことを思い出した。それを懐かしみたいが為に、とある店へと向かう。
その店はもう3年前に店じまいしてしまったがその外見も内装も、そのまんまで今も残っている。

その外装を見て俺はまた思い出す。
立花銀次との出会い日を...


「坊主名前は?」

広田信ひろたのぶ...」

「信かいい名前じゃねぇか。」


銀次は俺の名前だけ聞いた。
なんであそこにいたのか、なんで子供が一人なのか、親はとか、そんな事は一切聞いてこなかった。

「?」

そんな昔の思い出に浸っていると、視界に幼い少女が見えた。
服はボロボロでその目からは生気が感じられなかった。

多分俺はそんな少女を昔の自分と重ねてしまったのだろう。

「君どうしたの?」

「...」

少女はこちらに顔を向けるが、俺の問いかけに少女は何も答えない。
その状態にかつての俺と重ねてしまう
俺は「あぁ...」と声を漏らす。

俺は電話をかける。
友人ではあるが刑事の友人に。

「もしもし...」



「...それで、お前がこの子を見つけたと、だからって俺を呼ぶなよ、信」

江釣子俊えずりこしゅん32歳。昔からの友人で、俺の仕事の大体の依頼人でもある。

「110番よりお前の方が話が早いからな、それに今買い物の帰りだし」

「はいはい、まぁこの前の事件の借があるからないいが、でもな普通は110番しろよ!」

怒られた。
その後は一度家に帰り食材を冷蔵庫に入れてから、不本意ながら状況説明へと警察署に向かった。

「それで、あの子を見つけたと...まぁあんたがあそこになんとなく行ったのは分かるよ。なにせもうそろそろだからな、銀次さんの命日...」

「あぁ......」

その場にしんみりとした空気が流れる。
江釣子は俺みたいに拾われたというわけではないが、
よく俺を訪ねた時に何かについてよく話していた。
こいつも銀次の葬式ではよく泣いていたな。

「それでだ、あの子お前が引き取ってくれないか?」

「なんで?」

それは本当に急な提案だった。
何の前触れもなく唐突にそう言われた。

「いやさ、施設行きでもいいんだが、どうもあの場所でっていうのが運命めいたものを感じてな。ほらお前が拾われたのだってあそこの店の前だったろ?」

確かにそうだ、だが本当にいいのか?そんなんで...
あぁそういえばあの日も雨が降っていたな...
ずぶ濡れで傘もささずにあの場所にうずくまっていたっけな。

俺はそんな昔のことを思い出す。そして銀次に拾われた時の人の温もりも...
そして俺は江釣子の提案に乗った。

『いいか?その子についてはこっちでも調べる。だが可能ならその子の口から聞きたい。出来るだけ傍にいてやれ。』

「さて、どうしたものか...」

銀次が死んでからは俺はずっと一人で暮らしていた。
本当に、どうしていいのかわかんねぇ...

「あぁそうだった、あいつから必要な物を託されたんだっけか」

引き取ることが決定してから、俺は里親という名目のため、書類を書いていた。その時間に買ってきたらしい。
それに何やら独身上司とお近づきになれたとかいってはしゃいでたっけか。

「それで中身はっと」

中に入ってたのは衣服だった。
確かに警察署内で違う服に着替えたものの、それのみだったからな。
中身を出していくと、歯ブラシやシャンプーなどの物も出てきた。

「生活必需品を一式揃えてくれたわけか、今度なんかお返ししなきゃな...」

そんな事を考えながら俺はある重大な事に気付く。

「そういえば君、名前は?」

そう彼女の名前だ。
彼女は俺が話しかけた時も、警察署に居た時でさえ一言も話さなかったという。

だが彼女は頷いたりはしてくれる。
だから俺は紙とペンを用意した。
俺は部屋の隅で体育座りをしている彼女の目の前にスケッチブックを置き、ペンを渡す。

「ほらここに書いて」

俺は書いてと要求する。
だが彼女は書こうとしない。

俺は書くのもダメかと思っていると二つの答えが浮かび、彼女にまず一つ目を質問する。

「君自分の年齢は書ける?」

そう聞くと彼女はペンを動かす。
紙には10と書かれていた。

「やっぱり...なら君自分の名前を知らないな?」

今度は頷く。

「はぁぁぁぁぁー」

俺はため息をつく。
そうこれが彼女が年齢は書けても、名前が書けなかった訳だ。
そう彼女には名前がない。
戸籍上存在しているはずの名前を知らないのだ。

「名前か、女の子っぽい名前ねー」

これからも”君”だとなんか嫌だから俺は彼女の名前を考える。
が、当然人の名前など考えたことのない人生だった俺にいい名前が思い浮かぶはずもない。

「あっ、そうだ今は春じゃないか。なら安直に”はる”でどうだ?」

春は頷く。
名前を気に入ったのか何回も頷く。
むしろ首を振っているように感じられる程に。

「わかったわかった、頷くのストップ。よし」

ストップと言うと春は頷くのをやめてくれた。
案外物分かりはいい方らしい。

「それじゃ、改めてこれからよろしくな”春”」

こうして二人の生活がスタートした。
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