ROOM〜二十年目の帰還者〜

ダッジ

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拉致

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「会長のスマホ、ロスト。」
姫織の声が響く。
「ロスト地点には街角カメラがありませんが、周囲のカメラが早坂さんを捉えていない事からその近辺から動いていないか。」
続いた希美の声が途中で止まる。
「拉致されたか、か。2人とも。」
「そんな・・・。ねえ、助けに行こうよ、紫乃。」
朱乃の悲痛な声を挙げる。
「我らが行ってどうなるというのだ。」
「じゃ、どうするの?2人はどうなったの?紫乃なら解るでしょ。」
詰め寄る朱乃を優しく押し戻す紫乃。
「捜索を依頼するしかあるまい。これ以上は我々の手には余る。まあ、色々不都合はあるが、早急に手をうった方が良いだろうな。」
紫乃は一人一人ゆっくりと皆を見渡す。
「良いか?」
「会長のお考えに異を唱える者などおりませんわ。全て会長の意のままに。」
「では、早速『環境庁ROOM対策機構』に連絡を取りたいのだか。朱乃、スマホを貸してくれんか。我のは詠と共に行方不明だからの。」

当の詠はというと、あっさり捕まっていた。
詠が跳び込んで暫くすると、は閉じていった。いきなり跳び込んできた詠に一瞬怯んだ『ジンガイ』達だったが、直ぐに落ち着きを取り戻し取り押さえた。
二人が連行された建物は立派ではあるが、無味乾燥を絵に描いた様な内外装だった。
「さっさと歩け。」
捕虜を房に連れて行く常套文句を言いながら詠の体を銃の先でつつく。
急かされながら早坂恵子は詠に話し掛ける。が、その声は弱々しく震えていた。
「なんで吉塚君がいるのよ。」
「あれ、名前覚えてくれてたんだ。」
このような状況でもマイペースを保つ詠。会話も至って普通。
「そりゃ覚えるわよ。理子と一緒に住んでるって聞けばね。」
「あ!それ間違い。自分、理子さんのお母さんの知り合いでちょっと間借りしてるだけ。」
「なあんだ。そうだよね。」
他愛の無い会話で景子の声にも少し張りが戻った。
「さあ入れ!」
いつの間にか目的地に着いたようだった。
金属性と思われる格子の一部が開き、潜らせる様に中に押し込まれる。
そこに幾人もの人間が収容されていた。横たわる者。座り込み項垂れている者。2人が収容される際も特に反応は無かった。
人型ジンガイが立ち去った後、早坂は回りを見渡した。そして、1つの人影に視線が止まる。
「お姉ちゃん。」
声に反応して人影がゆっくりと動く。
「恵子ちゃん。何故ここに。」
「お姉ちゃんを助けたくって。」
2人はギュッとお互いを抱き締めた。
(感動の対面ね。助けたくって、か。それでミイラ取りがミイラになったと。)
(それはさておき、ここはROOMに間違いない。しかし、『ホコロビ』も『トビラ』もなしに現世と繋がるなんてどうなってる?。あの穴がポイントなんだろうが。それと此処の『ジンガイ』は何故日本語を喋っている?)
(・・・まあ、暫くは様子を見るしかないか。)
ポケットから会長のスマホを取り出す。ログインできるもののアンテナは立っていない。アプリを立ち上げるも現在位置は表示されない。
これ以上触れていると、偶然会長のプライバシーに抵触してしまうかもしれないので、電源を切り、ポケットにしまい込んだ。
とその時、先程とは別のジンガイが格子の前に姿を現した。
「新入り2人。出ろ。所長がお会い下さるそうだ。」
詠は出入り口に近づくが、恵子は固まって動けなくなっていた。
「はやくしろ。」
格子の外で荒げた声が響く。
「大丈夫。今は従った方が良い。」
詠は恵子に歩み寄り、手を差し出す。
恵子の震える手をしっかりと握り、体を引っ張り上げ立たせた。
「ありがとう。」
手をしっかりと掴まえて離そうとしない恵子を引き連れて歩き出す。
詠は一刻も早く所長と会い、話がしたかった。グズグズして機会を逃したくなかった。

目の前に所長が座っていた。
横に並んだ詠と恵子の前で顔の中央やや上の単眼と左右側頭部に着いているカメレオンの様な眼がこちらを見つめていた。
「あなたは何かお話ししたいことがありますか。」
斜め下に顔を向けたままビクッと反応した。しかし、言葉は出ない。
「よろしいでしょう。」
所長は恵子から詠へ視線を移す。
「あなたは私に話がありそうですね。いいでしょう。彼女にだけ牢に戻って頂きましょう。」
横に伸ばした右腕の人差し指で空間にクルリと円を描いた。
すると、空間にトンネルが開通された。向こうは先程の牢のようだった。
「さあ、どうぞ。あちらで暫くお待ち下さい。」
所長は促すが恵子は物おじして動けない。
詠はトンネルに体を入れ、繋がっている場所が先程の牢である事を確認し、体を抜いて不安気な恵子の手を引いて入るよう促した。
「自分もすぐ行くし、現世に帰れるから。」
安心させるように大丈夫だという事を示した。それでも恵子も恐る恐るトンネルに体を入れる。差し伸べてくれている詠の手をしっかりと握って。トンネルという表現は外から見たイメージで、実際体を入れたらもう目的地だった。恵子の姉が駆け寄ってきた。
その時、右手に異様な感じがあった。振り向くとそこにはもうトンネルは無かった。
が、恵子にしっかりと握り締められている詠の手首から先だけがあった。
「キャー。」
一瞬目に映る物の理解を拒否していた。
しかし、それが何か、どういった状況なのか分かってしまった恵子は目を見開き、硬直しながらも悲鳴を響かせた。

「何をする。」
そう言いつつも、手首が無くなったにも関わらず詠の様子は変わらなかった。
視線は確かに所長に向けられていたが、咎めるでも見据えるでもなかった。
「いやあ、あの方から頂いた力に興味があるようだったので、攻撃手段としての使い方をみせただけなのだが。」
薄ら笑いを浮かべながら話す所長の口元が更に歪んだ。
「こういう事もできる。」
詠の右膝の上にトンネルが開口する。そして、すぐ消える。右膝も消えていた。
バランスが崩れ右方向に倒れ込む詠。
が、詠の身体が床に転がることはなかった。十数個のトンネルの出現により部分部分が虫に喰われるように消滅していった。一欠片も残すことなく。
「これがワームホールだ。悪いな。君には多少興味があったのだが、あの方から出来るだけ速やかに抹殺するよう言われていたのでな。」
所長は自分の手際良さに酔うように一人ブツブツ言いながら、何度も頷いた。
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