剣士アスカ・グリーンディの日記

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第2章 竜の血を持つ者

アスカ・グリーンディの日記

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その時の、僕の視線の先には、僕とブルーシーズが出会い、暮らした岩山が見えていた。

もう少しで、到達する。

翼竜になった僕は、その岩山目がけて、出せる力を振り絞り、突進していった。

その時、僕に、呼びかける声がしたんだ。

気のせいだと思っていたけれど、僕より少し小さい紅い翼竜が、僕に呼びかけていた。



ウイプル王国で、僕と仲の良かった、ベルベッタだった。



ベルベッタは、僕が竜の姿でも、僕だと気づいたんだ。



僕がこれから何をやろうとしているかを知り、

ベルベッタは、僕に体を寄せたり、ぶつかったりして、飛行する速度を落とそうとしていた。



僕は、もうこの命を終わらせよう、そう思っていた。



ベルベッタ、君は、僕の事を気にする必要はないんだよ。

君は自由なんだから。

もう、戻って来なくて、いいんだよ、と。

それは、ベルベッタに、伝わった様に感じた。

この時に、竜同士、言葉が話せなくても、意思疎通は、できるんだと、気づいたんだ。



僕は、速度を上げ、ベルベッタを離れさせる様に弾いて、岩山に突進していった。

岩山へ、飛行速度を上げる様にして、頭から突撃した。その強い衝撃で、頭から血を流して、僕は平衡感覚を失った。脳震とうを起こしている。飛行からの突進はできないから、僕は、長い首を振り回し、遠心力で頭を何度も、岩山に叩きつけた。

血が飛び散る度に、僕の心が少しずつ、軽くなっていく気がしたんだ。

これは、僕自身への罰だ。



お母様、



ブルーシーズ、



ウイプル王国のみんな、



僕は、竜の血を持つ者として、あまりにも無能過ぎた。

誰も、助ける事は、できなかったんだよ。

気の利いた言葉さえ、かけてあげられなかった。

混乱を招いて、近くにいる者に死を与える。

それが、僕。



僕の人生の幕を下ろすしかない。



僕の意識が朦朧もうろうとして、それでも意識があるうちは、頭を岩山に打ち続け、そして死んでいこう、と。

そう思っていたのに。

ベルベッタが僕を助けようと身を投げ出して、僕の頭の衝撃をまともに受けてしまった。



ベルベッタ、止めてくれ。もう、誰も僕を助けようとする必要はないんだ。



君までが、死んでしまう。



ベルベッタ。



僕に、ベルベッタは小さな鳴き声を出した。



僕は、それを訊いて、ベルベッタが何を言いたいのかが伝わり、死にはやる僕の気持ちの根を抜かれた様に、脱力して、うつむいた。



ベルベッタは、僕が死んでいなくなるのは、淋しい、って。



一緒に、竜の山に行こう、って。



僕は、竜を殺してしまうから、それは、できない。



それは、できないけれど。



目から温かいものが流れているのを感じた。



僕は、泣いている事に、気づいた。



悲しいんじゃない。



その誘いには、乗れないけれど。



嬉しくて、



嬉しくて。



必要だと、少しでも思ってくれる事が、こんなにも、僕を嬉しくさせた。
___________________

僕は、その時、遠く離れた所で、細長く流れる土埃を感じたんだ。

視力は、人間の時の何百倍にもなっている。ただ、眩暈を起こしているせいか、景色がぶれてはいた。

何とか、聖バハール軍の旗印が見えた。進軍しているんだ。



まだ、戦争は続いている。 


その進む先には、何処の国があるのか。この間の、ドメイル教の集会では、ウイプルとの戦いが終わっていない内容の話をしていた。

僕は、関わらない方がいい。お互いに傷つかない。

僕は、

ウイプルの思い出を仕舞い込み、

終わりにする。


でも、



それで、

いいのだろうか。



僕は、後悔はしないのか。



ウイプル王国は、ドメイル教信仰国の標的にされつつある。ウイプルの状況は、どうだろうか。優勢とは、思えない。

お母様から託された。

あの、ウイプル。



ベルベッタ、君とは、よくティールの丘で遊んでいた。

あの時は、お母様もいて、僕も幸せだった。

あの頃には、戻れないけれど、でも、あの場所は、かけがえの無い、思い出の場所。そして、その他の場所も、出会いがあり、そして思い出となった。



大切なもの。



ウイプルは、僕の故郷だ。



僕は、どうして、きれいに好かれようとしているんだ。



僕は、どうしたいのだろう。


答えは、もう出ていたんだ。心の奥底では、ずっと前から。





僕は、ベルベッタの頭を撫でる様に、僕の頬で撫でた。



ありがとう、君のおかげだ、と伝えた。



僕はふらつきながら、岩山から飛び立ち、聖バハール軍が
向かう先を目で辿たどった。



そのずっと先には、ウイプル王国がある。



聖バハール軍の兵数は、300人程度に感じた。



聖バハール軍も、兵力がかなり消耗しているのだろう。思った以上に、少ない。



ウイプルは、この進軍を知っているのか。

もう、迷わない。

これ以上。

僕は、翼を大きく羽ばたかせ、ウイプルへ向かった。





以前と同じく、静まり返っていたウイプル。誰一人見当たらない。それでも、僕はウイプルを大きく旋回して、咆哮した。


一回。


誰も見当たらない。見張りも立たせていないのだから、本当にいないのか。本当に、滅んでしまっているのか。では、サンクトペーテルグで出会ったあの者達は。

不安にそう思いながらも、さらに旋回していった。



二回目。


お母様、僕はまた舞い戻ってきたよ。

貴女が前に助けた、白灰千王竜ホローエヴァルドドラゴンを殺す事に、なってしまった。

僕は、それに対して、罰を受けようと思う。





三回目。



僕は、このウイプルで育った。みんなが死んで、誰も残っていなくても、僕は1人でも戦ってみせる。みんなには勿論、僕にとっても、ここが故郷。みんなの仇は、討つ。

そう思ったんだ。





でも、望みは消えていなかった。





ダルレアス自治領から、人が1人、そして2人出てきた。

そして、30、40人と。さらに、増えていったんだ。

リガード竜騎士団と、そしてツォルバ竜騎士団の騎士達も、見えている。

この時に、わかったんだ。

まだ、戦力は思ったより落ちてはいない、と。

ダルレアス自治領のザシンは、みんなを守ってくれたんだ。

竜使いのザシン、貴方は、僕達がダルレアス自治領へ行ったあの時、僕が竜の目をしていると、貴方は気づいていた。

ウイプルのみんなを、ありがとう。



たくさんの人達が、生きていて、くれた。



僕の翼竜の姿を見て、みんなは歓声を上げてくれたんだ。



ウイプルのみんな、僕は、帰ってきたよ。



僕の、故郷であるウイプル。

お母様の大好きな、ウイプル。



ウイプルに、平和と繁栄を。



このウイプル王国を守り抜いたら、最後には、君の元へ行くよ。



その時まで、待っていてくれ、ブルーシーズ。



僕は、戦意を高めるかの様に、ウイプル全土に響く様に、咆哮した。

あの距離だと、決戦は明日になるだろう。ウイプルの現有戦力で、十分に戦えるはず。そして、僕もいる。

竜の血を持つ者として、そして、ウイプル王国の兵もある、剣士アスカ・グリーンディとして、誇りと共に、

この国を、守り抜く。



もう、目を逸らしたりは、しない。



例え、ウイプル兵から、また背後から斬られようとも。


ウイプル王国には、アスカ・グリーンディがいる事を、敵国に思い知らせてやる。


この意思は、もう揺るがない。

その証に、
この、アスカ・グリーンディの日記に、記す。



エンディオンの10日
       ウイプル王国の王城にて
___________________

第2章  竜の血を持つ者  END
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