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第4章 貴方へ愛の言葉を
人間と竜の狭間
しおりを挟むこの場所は、ミノタウロスが迷宮化したカインハッタ牢獄、僕の思いは、このねじ曲がった空間を抜け、竜剣ジオグリシェルや聖鋼竜まで届いていないかも知れない。
僕もどうなるかわからない。
死を選ぶのか?
僕は、まだ役割を替われる様な存在がいるわけでもない。だから死ぬわけにはいかなかった。
だから。
看守長ゲーベルドンが紫の宝石の力で怪物に変わるというのなら、僕も、姿にこだわるつもりはないと思ったんだ。
もう1つの姿、竜に変わり、怪物に変わったゲーベルドンに死の一撃を放ってもいい。
僕は、何処かで、人の姿での戦いにこだわっている。
竜に誇りが持てないわけじゃない。
竜の誇りを持てる様になったのは、ブルーシーズやシルファリアス、ベルベッタのおかげだ。
それでも、僕は人間の姿で生まれて、人間の姿で過ごしてきたんだ。
竜の姿で戦うという事は、僕には自分の中での何かの境目を壊す事にも繋がると感じていた。
戦いに歯止めが効かない。思考も、常に竜の姿で暴れ回るまでの攻撃を意識するだろう。
そして、いずれ人には戻れなくなる。
父親であるベリオストロフ・グリーンディの、竜の血の混ざらない純粋な人間の血が、僕にも入り込み、流れている。ブルーシーズやベルベッタの様に、竜の血のみ流れ、人間に姿を変えるのとは違う。無意識的に、僕の中の、人間の血が、人間の姿の意識を強くしてるのかも知れない。
それでも、人間には及ばない様な力を、僕が持っている実感はある。
思いを切り、竜に姿を変えようか?
そうすれば、お前など、殺すのはたやすい。
ベリオストロフ・グリーンディの怪しげな動きも、考えずに済む。
このカインハッタ牢獄の全て、犯罪者ごと、浄化の炎で焼き尽くしてあげようか。
看守も、不正の金を手にしているのなら、もう、誰もが罪人だ。
考え方が、常軌を逸している方に流れていくのは、僕は竜の姿を受け入れ、竜に変わろうとしているからだと。
この時は、そんな気がしていた。
ゲーベルドンの肌色が黒褐色に変わっていく。そして、鱗の様なものが浮かび上がり、僕の腕を掴んでいる彼の腕が、一気に膨れ上がった。
僕を、竜の姿すらも飛び越えさせ、怪物の世界に引き込もうとする様にも、思えた。
ゲーベルドン、お前は、人間だろう?
その姿は、お前が予測していた事なのか?
まだ、彼は。
かろうじて、人間の顔を残している。
僕の、竜の姿を思い浮かべたこの瞬間を、遮ったもの。
このミノタウロスによってねじ曲げられたカインハッタ牢獄の迷宮に、あの歌声が届いてきたんだ。
僕を幼い頃、殺そうとした男の歌声。
今は、憎しみにも近い歌声にも思えるもの。
それでも、僕は幼い頃、ベッドの上であの歌声を聞いて、心が休まり、眠りについた。
あの頃は、竜の姿になるなんて、思い描いた事がない。
僕は、まだ人間の姿のままで、戦える。
僕はまだ、やれるんだ。
ゲーベルドン、お前もまた。
せめて。
せめて、人間として死んでいけ。
僕は、人間と竜の血を持つ、半身半獣。
それでも、僕は竜の姿にはならない。
竜には、僕の兄さんが、いる。僕の兄さんが守ってくれる。
僕は、竜の血の誇りを持ちながら、人間を助ける。
こんな僕でも、竜剣は力を貸してくれようとした。
竜剣ジオグリシェルは、ミノタウロスの空間に飛び込んで、僕の手にたどり着いたんだ。
僕は、この竜剣ジオグリシェルと共に、幾多の戦いを潜り抜けた。
僕は、ウイプルのリガード竜騎士団の、アスカ・グリーンディだ。
何を恐れる事がある。
僕は、ゲーベルドンに掴まれた僕の左腕を引き離し、手にある竜剣ジオグリシェルを。
迷いなく、怪物化していくゲーベルドンの胸の奥に光る紫の宝石目掛けて、突き刺した。
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