6桁の数字と幻影ビルの金塊 〜化け猫ミッケと黒い天使2〜

ひろみ透夏

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6桁の数字と幻影ビルの金塊

007 十億円の金塊をど〜ん

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 新月ってのは満月の反対。
 つまり新月の夜とは、月明かりがまったくない夜のことだよ。

 豊海町のミクドマイルドから豊海ふ頭総合公園までは、歩いて二十分くらい。
 ぼくが本気で走れば、十分程度で着くけどね。
 
「夜の公園って、けっこう暗いのね……」

 豊海ふ頭総合公園は、外周1.5キロの遊歩道がある。
 その外側は木立こだちに囲まれていて、内側は所々に木が植えられているだけのただっ広い芝生だ。

 ランニングしている人やベンチに座っている人は街路灯で照らされているけど、それ以外の場所は暗くてあまりよく見えない。

「どこなの? そのビルがあるって空き地」

「昼間に下見に来たときは、すぐわかったんやけど、たぶんあっちの奥の方やな……」

 チャーシューが遊歩道を外れて、木立のなかへ入っていく。
 美玲ちゃんが後ろを歩くぼくをちらちら見ながら何か言いたげにしていたので、その頭に飛び乗って聞いてみた。

「……美玲ちゃん、もしかして怖いの?」

「……怖いわよ。もし暗闇の中でチャーシューが襲いかかってきたら、ミッケ助けてよ」

 いや、それはないと思うなぁ……。

 でも人間よりもネコのぼくは夜目が効くので、何かあったら何とかしよう!
 ……と、美玲ちゃんの頭の上で何となく覚悟を決めた。

 木立の奥はさらに暗くて、ほとんど何も見えなくなった。
 土のうえを歩く、チャーシューの微かな足音だけを頼りについていく。


「せやっ!」

「きゃぁっ!! 何なに? なにいまの声?!」

 美玲ちゃんがすばやく辺りを見渡したので、頭の上にいたぼくは地面に振り落とされてしまった。

「……痛いなぁ。チャーシューがいきなり叫んだんだよ。五メートルくらい先にいるよ」

 ネコのぼくには見える。
 雪だるまみたいな人影が、しゃがんで何かごそごそしているのが。

「どしたの? チャーシュー大丈夫?!」

 美玲ちゃんが前方に向かって声をかけると、カチっと音がして、暗闇の中にオレンジ色に照らされた不気味な笑顔が浮かび上がった。

「……わい、持ってきてたんや。充電式のランタン」

「おどかすんじゃないわよ、この焼き豚がっ!!」

 ぼくのご主人様はデリカシーをどっかに落としちゃったみたい。
 ちょっと言い過ぎだよ。……と、美玲ちゃんをたしなめようとしたとき。

「チャーシュー、うしろ……うしろ……」

 美玲ちゃんが怯えたような目で、チャーシューの背後を指差した。
 その視線を追うようにチャーシューが後ろを振り返る。

 そして呆然と見上げまま、立ち尽くした。

 チャーシューのすぐ背後に、木々に取り囲まれた黒いビルがあらわれたのだ。

「……これや、これやで。ついに見つけた、六道りくどうビル!」

 唐突に現れた黒いビルに圧倒されているチャーシュー。
 美玲ちゃんもビルを見上げながら、おそるおそる近づいていく。

「……六道りくどうビル?」

 その存在感に気圧けおされたけど、ビル自体はそこまで大きくなかった。
 横幅はせいぜい六メートルくらいかな。

 外壁すべてに黒いタイルが貼られている。

 上の方は暗くてよく見えないけど、おそらく三階建てのビルだと思う。
 二階と三階にガラス窓が並んでいる。

 もちろん、明かりはなく真っ暗だ。

 一階は、正面にモスグリーンの木製ドア。
 上半分はさんで仕切られたすりガラスがはめ込まれている。
 ドアの両側にも窓があるけど、これもすりガラスで中は見えない。

 ドアの上には『グンヂルビ道六』と書かれた銘板が貼られていた。

「いかにも歴史がありそうな、昭和レトロってかんじの古い建物ね……」

 美玲ちゃんがビルを見上げながら、左の耳たぶを引っぱっている。
 チャーシューはいまだ立ち尽くしたままだ。

「……どうしたもんやろか?」

「あれ、チャーシュー、もしかしてびびってんの?」

「……昼間に見に来たときは、確かにただの空き地やったんや」

「それはミクドで聞きました」

 苦虫を嚙みつぶしたような顔で、チャーシューが考え込んでいる。

「どうします監督? キャメラ回していいっすかぁ?」

 小馬鹿にしたような美玲ちゃんの問いかけに、チャーシューは両手でぱんぱんと頰を叩くと、声を張り上げた。

「……せやな! ここまで来て退散はないわ! わいには13人のチャンネル登録者さんが待っとんねん!」

「そうこなくっちゃ! よっ! 日本一の肥満系ブイチューバー!」

 チャーシューはランタンを地面に置くと、肩に掛けていたカバンを降ろして撮影の準備を始めた。
 ぼくと美玲ちゃんは、ちょっと離れた場所で準備が整うのを待つことにした。

「美玲ちゃんノリノリだね。お化けの気配がなかったんでしょ?」

 美玲ちゃんは左の耳たぶを引っぱったり戻したりすることで、幽霊と波長を合わすことができるんだ。

「うん、な~んにも感じなかった。これはフツーのビルだね」

「じゃあ何でチャーシューは、昼間に見つけられなかったんだろう?」

「おほん。ではミッケくんに、わたしの推理を聞かせてあげましょう」

 美玲ちゃんが偉そうに解説を始める。

「このビルは昼間もここに建っていた。でも誰もビルの外観を知らないし、まさかこんな小さな建物と思ってないから、公園の管理施設か何かと思い込んで通り過ぎてしまうのよ。そして、どこか別の空き地を見つけて、そこが現場と思い込む……」

「じゃあ、実際にビルを見たってひとが、新月の夜に集中してるのは……」

「このビルに辿り着けた人は、みな真っ暗な夜に来ているから、暗い木立の中を彷徨さまよい歩いて先入観なくこのビルを発見できる。暗闇のなかで見ると、なかなかの存在感だしね」

 なんか得意げに説明しているけど、ぼくは違う気がするなぁ……。
 でも美玲ちゃんの幽霊探知能力は信用できるし、危険はないのかも。

「とにかく、ここが噂の幻影ビルってのは確からしいし、ちゃちゃっと金塊を頂いちゃいましょう」

「ほんとにいいの美玲ちゃん? ママさん今頃心配してるよ。あとで物凄いカミナリ落とされるよ」

 美玲ちゃんは、ぼくの忠告もどこ吹く風と聞き流した。


「だって十億よ、じゅーおく! 十億円の金塊をど~んっと目の前に置いたごらんさいよあぁた、ママだって何にも言えなくなるわよ」
 

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