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第2話 アユム
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しおりを挟むアユムは目を輝かせながらそう言うと、ずるりと小型宇宙船をすべり降りて、たんねんに船体を調べ始めた。
「継ぎ目もないし、ぴかぴかして……。ぼくは、先週とつぜん現れたこの玉が、伝説の龍の玉じゃないかと睨んでいるんだよねぇ……」
思わず顔を見合わせる、わたしとトモミ。
次の瞬間、トモミがぷっと吹き出した。その顔には「ほら、おかしなやつでしょ?」と、書いてあるようだった。
「まあでも、この場所に家もマンションも建たないのは、そんな言い伝えがあるせいかもね。広いし、高台だし、こ~んなに気持ちのいい丘なのにさ!」
トモミが両手をひろげて草原を見渡す。
わたしたちの視線のさきには、鮮やかな緑の草原と、つき抜けるような青い空の境界線が、ぐるりとまわりを取りかこんでいる。
「高台……。丘……。そうか!」
わたしは立ち上がって、周囲を見渡した。
この場所から一歩も移動したことがないわたしは、ここが平らな地がどこまでも続く、広大な草原だと思っていた。
しかし、ここは小高い丘の上にある、それほど広くない草原だったのだ。
よくよく考えれば、地平線があまりにも近く見える。この小型宇宙船からぜいぜい四~五〇〇メートルくらいだろうか。
しかも宇宙船を中心に緩やかな窪地になっているので、丘の縁からさきの景色が見えなかったのだ。
どうりでトモミやアユムは、いつも突然ひょっこりと地平線から姿を現すわけだ。彼らは丘をのぼって、ここへやって来ていたのだ。
「ほんとそれ。この緑が丘で工事を始めると、いっつも不思議な事故が起きて、中止になるからねぇ……」
さっきまで小型宇宙船を調べていたアユムが、いつのまにか神妙な顔でとなりに座り、耳もとでささやいた。
「それに最近の話だけじゃないんだ。戦国時代、この場所に城を築こうとした領主さまに、ひとりのお坊さんが訪ねてこう言ったんだ。この丘の地下には龍の玉が眠っています。ここに城を建てると龍の玉の怒りにふれ、一族は絶滅するでしょう……。
領主さまは城を建てさせないために隣国の大名が流した嘘の伝説だと決めつけ、一切取り合わなかった。けれど、城が完成したその夜、突然の大火事にみまわれて、城ともども、領主さま一族はひとり残らず焼け死んだんだ。龍の玉の怒りの炎のせいだって噂だよ……」
じりじりと焼けるような夏の午後の陽射しが、わたしたちに照りつける。
冷や汗ともつかぬ一筋のしずくが、トモミのあごからぽたりと落ちた、そのとき――。
ピロロロ! ピロロロ!
とつぜん鳴った電子音に驚いて、アユムは小型宇宙船からずり落ち、草原の中にしりもちをついた。それを見たトモミが、おなかを抱えて笑っている。
ばつが悪そうに頭をかきながら立ち上がったアユムは、ポケットから小型の機械を取り出し耳に当てた。地球の通信機器らしい。
「はあい、ママ? いまトモミたちと遊んでいるの」
アユムはいつものおっとりとした口調にもどっていた。オカルト話をしているときのアユムとは別人のようだ。
「あいつ、見せびらかすようにスマホ使うのよね。わたしが持ってないの知ってるくせに……。これだからボンボンは嫌なのよ」
トモミがふんっと鼻を鳴らす。
アユムはスマホと呼ばれる通信機器をしまうと、にこにこしながら
「おやつの時間だから、ぼく帰るねぇ」
と言って、走って帰ってしまった。
その姿が緑が丘の地平線に消えていくのを、わたしとトモミは黙って見送った。
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