俺には選択権がない

成宮未来

文字の大きさ
23 / 43
第5択

重複の選択

しおりを挟む
 滑り台が1台と小さなジャングルジムが1つあるだけのこじんまりとした公園だった。2人が並んで腰を下ろせるベンチが1つだけあり、そこに俺と憲司は座る。
 幾つかの外灯で照らされていた光で、なんとか憲司の表情を確認することができる。笑って振る舞ってはいるが、やはり本調子とは遠いようで物寂し気な雰囲気だ。

「押し掛ける形になって悪い。どうしても、お前の顔が見たくなって」
「気持ち悪いセリフを吐くなよ」
「ははっ、本当なんだぜ」
「無理するなよ」
「無理しないでどうするんだよ。優衣やムラッセ、それに殺されかけたお前に比べれば俺なんて……」
「比べる必要があるのかよ。友達を失ったんだ。それに緒方の気持ちを心から分かってあげられなかった。一番友達想いのお前が苦しくないわけないだろ? だったらお前も、無理しないでいいんだよ」

 俺自身は軽薄な言葉を口にしたつもりだった。それでも、憲司にはどうにも突き刺さったようで、緊張の糸が解けたのかワンワンと泣き始める。
 彼の強さと弱さを同時に見た気がした。周囲のことばかり気に掛ける性格故に、己の問題は後回しにする傾向にある。今回の事件だって、”自分が早くに気付いていれば”と、己を責めていることだろう。

 咽び泣いた憲司が落ち着いた頃、外灯の電気はふと消える。日付が変わったと同時に、自動で消灯する仕組みのようだ。

「この時間で帰れるのか?」
「タクシーでも拾おうかな」
「……泊っていけ」
「いいのか?」

 正直、今は一緒にいる時間を減らしたいところであるが、このまま帰すというのも人としてどうなのか。とはいえ、彼を泊めたことが知れれば、家族からは口やかましく言われそうだ。

「ネットで俺たちの写真が晒されているのを知っているか?」
「ああ、見たよ」
「優衣の住所を特定していた奴がいて、少し厄介なことになっている」
「なんだって?」
「彼女、美人だろ? だから、狙われてもおかしくないんだ」
「優衣は大丈夫なのか?」
「落ち着くまで実家に戻らせた。詩奈のこともあるし、今は家族の支えが必要なんじゃないかな」

 優衣の実家は九州のほうで、此処からは随分と遠い。しかし、1人暮らしをしている彼女の住所を特定した人間は、裕に彼女の実家さえも特定するのではないだろうか。

「なにかされたのか?」
「ストーカーをされていると本人は言っていた。だけど、警察に相談しても明白な被害がない限り、ストーカー被害の根拠にはならないって」
「……そうか」

 優衣のことを憐れんで聞いていたが、次第に沸々とする怒りのようなものが込み上げてくる。俺のまったく知らないところで、憲司と優衣は常に情報交換をしているのだ。詩奈の死で意気消沈しているかと思えば、彼女も抜け目ない女だってことか。

(いや、それは憲司にも当てはまるか)

 憲司に悪気はないようであるが、傍から見れば優衣との親交を仄めかす態度である。もしも俺のように器が広い人間でなければ、今頃、友人関係は破綻しているだろう。



 夜が深いということもあり、寝静まった家族にバレずに憲司を部屋へと連れ込むことができた。物音を立てないようにと忍び足で進んだ俺たちは、以前なら笑い話のネタにしていたことだろう。
 客用布団などなかったので、憲司にベッドを与え、俺は掛布団を敷いて寝ることにする。このときばかりは真夏の熱帯夜に感謝した。

「なあ」

 真っ暗にした部屋で、ベッドの上で身体を横にした憲司が呼びかけてくる。俺は無視して狸寝入りをしようと思った。単純に眠たかったというのもあるが、なんとなく会話を続けるのが恐かったからだ。

 それでも、憲司は勝手に言葉を続けて出した。

「俊介、俺に何か隠していることってあるか?」

 心臓がギュッと縮んだ。ひょっとして俺は彼に怪しまれているのだろうか。
 今は無言を貫くことにする。下手に喋ってボロを出したくはなかった。

「実はお前に隠していたことがあってさ」
「……」
「その、なんというか――俺も優衣のことが好きなんだ」

 は? 今さら何を言ってやがるんだ。そんなこと暴露でも何でもありゃしない。俺は憲司のくだらない告白に胸を撫でおろす。

「いや、お前と優衣の間で何があったのか知らないけどさ、お前も諦めきれねえんじゃないかって思ってさ」

 彼は俺が優衣にしたことを本気で知らないようだ。もし、彼がそのことを知っていて触れてこようならば、いくら親友であっても黙って見過ごすということはしなかっただろう。

「どちらにしても、俺は優衣が好きだ。親友のお前に遠慮するのは御免だ」

 こちとら眠りに入っている最中だというのに、何を高らかに宣言をしているのか。時に、無意識ながらに相手を逆撫でする天然な性格を持ち合わせているのが、この男の特徴でもある。

【無視する】
【優衣の悪口を言う】
【制止する】
【憲司の悪口を言う】

 大人しく見過ごしてはくれない。隙あらば、どんなことにも首を突っ込んでくるのが≪悪魔の脳≫の特徴でもある。

 はぁ、やれやれ。どちらも人を苛つかせるのが得意なようだ。

「お前は相変わらずだな」
「なんだ、起きていたのかよ」
「ああ、黙って聞いていたら虫唾の走るようなことばかり。お前は人の気持ちってものを読めないのかよ」

 【憲司の悪口を言う】が選択されたようだ。今までのこともあって、生易しい選択に思うが、エスカレート傾向にある≪悪魔の脳≫のことだから油断はできない。

「俊介は優衣のこと、まだ好きなんだな。だから俺に苛立ちを募らせるのも分かる」
「あん? その悟った感じがずっと嫌いなんだよ。まるで自分の方が大人ですって顔、やめろよな」
「別にそんなつもりは……」
「あの女のことが好き? はんっ、嗤わせんなよ。既にアイツのことなんて興醒めしちゃっているんだぜ。教えてやろうか? あの女の本性」

 エスカレート傾向と言った言葉がそのまま反映されている。
 新たなパターンとして、選択肢から複数選ばれたことに気が付く。

 【憲司の悪口を言う】に追随して発生した【優衣の悪口を言う】。これは偶然から生まれたものなのか、端から仕組まれたものなのか。いずれにしても、選ばれたくない2つの選択肢が混在することになった。

「あの女は最低だ。奴から誘ってきたくせに、俺に襲われたと詩奈に嘘を吐いてやがった」
「……彼女がそんなことを?」
「信じられないだろう? 人は表面上だけで本性なんて何一つ分かんないって教訓を得たさ。詩奈は俄かには信じ難いと言って、確認しにきてくれたよ。優衣の話よりも俺の話を信じてくれたことが嬉しかった。俺の心は優衣から詩奈へと完全に移ったんだ」

 ベラベラと嘘が出るわ出るわで、さえも感心してしまいそうだ。

「詩奈は優衣を嫌っていたんだ」
「え、あんなに仲が良さそうに見えたのにか?」
「優衣が一方的に好きなだけだってさ。詩奈はずっと優衣と比較されてきたことに我慢してきたらしい」
「それなら……」
「本音を言って優衣に嫌われ、あることないこと彼女に言い触らされたら――どっちの言い分を信じる? 俺と詩奈は同じ穴のむじなってわけさ」
「……」
「詩奈が失踪した原因は優衣にあると思っていた。だけど、緒方が自供したことで俺の考えは否定される」
「考え?」

 上半身を起こしてベッドの上の憲司に顔を向けた。彼も姿勢を正し、ゴクリと太い唾を飲み込む。

「優衣が詩奈を殺害したんじゃないかって。緒方が自供している以上は素直に受け入れようと思った……が、どうしても納得がいかなかった。緒方が詩奈を殺す理由ってなんだろうって」

 憲司も知っているはずだった。緒方と詩奈は同グループで友人として関りを持っているが、個人としての付き合いは相当浅いものだと。ウーバーの殺害理由については、BBQに行った機会が引き金になり、突発して殺したのではないかと説明が付く。
 両者がばったりと何処かで出会った際、緒方が犯行に及んだと考えようにも、あの白馬で起こった事件の日以前はずっと緒方は入院をしていたのだ。詩奈が見舞いに行かない限り、会うことはない。

 この出鱈目を並べた嘘に、憲司の心は揺れ動いたように感じる。それほどまでに説得力があったということだろうか。丁度、1分が経って自由を取り戻した俺は、何事もなかったかのように身体を倒して、静かに眠りに入るのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

処理中です...