叶え哉

まぜこ

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第三章

第六話 攣るか吊るか-1

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 山のように積まれた書類に目を通していた鶴井は、こりゃもう辛抱たまらんと冴木に電話をかけた。

《どうした鶴井。今忙しいんだが》
「冴木さん! 今日届いた案件、一体何ですかこれぇ!」
《知らん。用件はそれだけか? 切るぞ》
「どれもこれも、生霊が憑いていない人間じゃないですか! 僕は殺し屋じゃあないんですよ! なんでもかんでも安請負しないでください!」

 丸めた書類を叩きつけながら猛抗議する鶴井に、冴木はため息を吐き、事情を話す。

《……仕方ないだろう。国のお偉いさんから頼まれたんだから。この組織は誰に支えられていると思っている。頼むから依頼を受けてくれ。ほら、お前、殺すの好きだろう》

 鶴井にとって冴木の言葉は心外以外の何ものでもなかった。

「勘違いしないでください! 僕はね、生霊の願いを叶えるのが好きなだけであって、なあんにも憑いていない人間殺したってこれっぽっちも興奮しないんですよ! 分かります!? あなただって、空っぽのラブドール抱いたって楽しくないでしょう!?」
《そうか? 私は割と好きだぞ》
「いやいや、正気ですか!?」
《ああ、一体持っている。射精機能が付いている、高性能のやつだ。値段は六十万円ほどだったが、それ以上の価値はあったよ。正直に言うと、生身の人間よりもいい塩梅だぞ》

 いらぬ情報を仕入れてしまい、鶴井は今すぐに記憶を消去したくなった。

「……いえ、あなたの性癖を聞いているんではなくてですね」
《お前が言い出したんだろう》

 鶴井は乱暴に髪を掻きむしり、握りつぶした依頼書を床に放り投げた。

「とにかく、僕はただの人間の殺しなんてしませんからね! 他の人に回してください。もしくは生霊を憑けて出直して来いと」
《話の分からんやつだな。いいか。今この国で〝罪のない〟人間の殺しを黙認されている組織は『叶え哉』だけだ。国はこの時の為に私たちに金を出しているんだよ。お前の給料はどこから出ていると思っている》
「知ったこっちゃありませんよ、そんなこと」

 鶴井が吐き捨てた言葉にも、冴木はいたって冷静に返す。

《そうか。まあ、分かった。だったら生霊が憑いていない人間は他に回すことにする。だが、生霊が憑いている人間もいくらかはリストに入っていただろう。そちらは頼むぞ》
「まあ、それはやりますけれども」

 冴木との電話を切った鶴井は、気乗りしないままリストをめくった。金をゆすってくる不倫相手や報道記者、世に出してはいけない愛人との子、存在が邪魔になった妻や夫、敵対している政治家……。
 生霊すら飛ばせない程度の軽い思いで同族を殺そうとするのは、動物としての本能からなのか、脳みそが発達しすぎた人間だからこそなのか、鶴井には分からなかった。どちらにせよ、鶴井には関係のない、小指の爪ほども興味の湧かないことだった。

「お」

 煙草を吸いながらリストを流し見ていた鶴井は、ある人物の写真を見つけて身を乗り出し、冴木に再び電話をかけた。

 鶴井が事務所を構える通りの一筋向こう、令和に生きる人々が行き交う高層ビル街の中に、冴木の事務所は溶け込んでいた。
 鶴井は三十階建てのビルに足を踏み入れ、十二階までエレベーターで向かった。
 事務所の入り口には、表向きの顔である『コンサルタント事務所 LSコンサルタント』という表札がかけられている。鶴井は、このいかにも世の中に馴染んでいるような雰囲気を醸し出している事務所名が好きではなかった。名刺に印字しないのもそのせいだ。

 鶴井が冴木の事務所を訪れると、事務職の所員たちが頭を下げて控えめに挨拶した。鶴井も彼女たちに挨拶を返し、所長室をノックする。
 中にはホワイトボードに貼り付けた写真を眺める冴木がいた。

「おお、鶴井。来たか。お前が殺したいのは、この人間で間違いないか?」
「ええ、そうです。これに僕の探している生霊が憑いています」
「ふふ。こいつに彼女の生霊が憑いていて助かったよ」

 黙ったまま片眉を上げる鶴井の視線に気付き、冴木は慌てて咳ばらいをする。

「それにしても、よくこんなに生霊を憑けたものだな」
 がらんどうの目をした、口角を不自然に上げた男の写真には、八つの生霊が写り込んでいた。
「どれも、こいつの部下だった人間だよ」

 冴木の言葉に鶴井は俯いた。
 この男は、四十八歳にして大手企業の支社長に就任した、非常に優秀な人材だそうだ。しかし、数字に憑りつかれたこの男に馬車馬のように働かされた社員の中には、心身共に追い込まれ、退社する者も少なくなかった。

「辞職届と一緒に、恨みがたっぷり沁み込んだ生霊も、こいつは受け取っていたようだな」

 鶴井はリストに目を落とした。

「依頼主は〝オエライサン〟ですか」
「正確には、お偉いさんに金を積んだ、同じ会社の人間だ」
「なるほど。せっかく雇った人材を履き潰すような人間、いくら優秀でも不要ですもんね」
「馬鹿なのか、お前は」

 冴木は男の写真に鼻毛を書き足し、ペンで突く。

「自分の出世に邪魔だからだよ」

 リストには、依頼の動機は「苦しめられた者たちに、せめて魂を返したい」と記載されていた。

「これは建前ですか」
「当然だろう」
「ふむ。ほとほと呆れますね」
「私も呆れたよ。未だに人間に夢を抱いているお前に」
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