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えんまちゃん

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much more than you think……

犬みたいなキミ

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暗がりの中、よく分からないまま堕とされた。
心臓が張り裂けそうな程、音に乗せた感情が流れ込んでくる。人生の全て捧げたって、きっとこの人のようになれない。だけど憧れた。
足元がふらついて、隣のライブTシャツをダボダボに着た女の子に肩が当たる。そんなの気にしてられないと、お互い謝らない。だって目の前のたった一人に夢中だから。
この場に赴いたのは興味本位だったのだ。なんの
つもりも無く、ただこの場に立っていたと吐き捨てたかった。
その人は真っ直ぐおれの方を見た。幻覚じゃない、本当におれを見たのだ。気まぐれなファンサービスだったのだろうか。ゆらゆらと揺れる綺麗な瞳が、おれと交わった。
「次、ラスト」
そう囁くドロドロの蜂蜜のような声に、強烈な存在感に。
……おれは、焼け付くような恋をした。






















「アリスちゃんさぁ。今日のアレ、ちょっとキビシーわ」
あやすような手つきで頭を撫でられる。癪に触って振り払えば、男は肩を竦めた。
「ンでだよ」
「いや暴れるのは別にいいんだけどね?女の人に中指立てるのはちょ~っと、印象悪いかなって」
「狙いづらくなるってか」
「……まあ、そうだね?」
「きっめぇ」
バンドなんて大抵女食いの集団、そう呼ばれるのは、こういう人種がいるからだ。
ヘラヘラと笑って、音楽にちっとも興味が無い。方向性の違う変態バンドはこれまで何度も見て来たから、今更驚くことではなかったが。
あからさまに女の子大好き♡といったバンドじゃないにしろ、パトロンはついて回るもので。自分……有栖麻貴(ありすまき)にさえ、そういう雌は寄ってくる。
女顔でカワイイやらガッキ引いてる時の姿が格好いいやら容姿のことばかりで、ちっともアリスのテクニックやシャウトのことは褒めてくれない。いや、見向きもしないが正しいだろう。
「アリスちゃんがボーカルとして入ってくれてスゲー助かってんのは確かなのよ、でもさァ」
「アリスってゆーな」
「じゃあマキ?」
「そっちはもっと殺す」
「も~なんだっていいだろ名前なんて」
「そんな簡単に片付けられっかよ!」
昔からこの名前が嫌いである。女みたいな名前で、苗字も女々しい。もっと一郎とかカッコよくて男らしい名前が良かった。
活動名も決めなくて、本名でやっていたらいつの間にか「アリス」で定着してしまった。今更直すこともできないのが、更に苛立ちを募らせる。
男はそろそろ止めなかったらクビだからねと釘を刺して、ドアを閉めた。
取り残されたアリスは一人、小汚いロッカーを蹴り飛ばす。
「ふっざけんなこのカス共がっ!やるなら音楽きっちりやれやっ!そういう条件だろ!」
ガツン、ガツンと蹴りあげる度にロッカーは軋む。息を荒らげながら暴れると幾分か気分がマシになった。
背負っていたギターをそっと床に置いて、次は控え室からパクったチョコをヤケ食いする。
ロックに決めて何が悪い。そういうテイストのバンドを選んだはずなのに、またハズレを引いてしまった。
いつもそうなのだ。思い通りにいかないのはきっとアリスの性格のせいもあるが、それ以前にこの顔である。
あえかな身体に顔面が女のようだから、という理由で入れられたインディーズは数知れず。なんど女形をやらされそうになったか分からない。その度マイクをぶん回してスピーカーを蹴り飛ばし暴れ回ったのもきっと有名になっている。
自分の強みは容姿だけではないと、メンバーには知って欲しかった。
しかしそのせいで周りから白い目を向けられ、アリスを勧誘するバンドは何処にも無くなった。アリスは今所属するここを追い出されたら、本当の無一文になってしまう。
「当たり外れでっ、おれがっ、屈するか!このっ、ヤリチンバンド!音楽性も無いくせにっ、死ねっ!全員死ねッ!」
最後に思い切り蹴り飛ばした金属の箱は、ベコベコに凹んでしまっていた。爪先がじんじんするのも厭わず、アリスは鼻を鳴らし、踵を返そうとした。
「大胆なドラムだね」
「きゃん!」
突然背後から鼓膜を揺らされて、思わず子犬のような悲鳴が上がった。
耳の軟骨がむず痒くて抑えながら仰け反ると、そこには黒髪のいかにも陰キャそうな男が立っていた。見られた!と焦ったが、別にもうどうでもいい。
ここで取り繕って、欺瞞だと迫害されてしまうくらいならクビになってやろうと思うのだ。アリスはもう、高を括っていた。
「な、ンだよ。驚かすなよ!いるならいるって言いやがれ!てか誰だ!」
「いや、今来たとこだし。でも面白いもの見れて良かった」
「ぶっ殺すぞカス!」
「コッワ。迷惑だから歌い終わったあとに殺しに来てよ」
「はあ?」
「次、俺が歌うの。もし良ければ聞いてってよ」
「……なんでおれが」
「理由なんてないよ。なんだっけ、ヤリチンバンドの……かわい子ちゃん?」
「テメェそれ以上言ったら二度と歌えねえカラダにすんぞ」
「えろい意味で?」
「んなわけあるかァ!!」
「ハハハ!」
ひょいと伸ばされた血管の透ける指に耳朶を擽られて、身体に力が入る。この一瞬でとんでもない色気に当てられた。
コイツ何者だ?と考える暇もなく男はステージに向かって行った。
来いよと言われていくような性格ではないが、あんなに言われてしまえば、逃げたと思われるだろう。今日は予定もない。
熱を持つ傷一つない耳朶を弄りながら、アリスは酩酊した様に客席へ降りた。
陰キャの男は、バンドを組んでいるわけでは無いらしい。一人でギターを持って、適当なメンツをグループから貸してもらって、みんなが知ってる有り合わせの曲をカバーするみたいだった。
そんな陳腐なクソ演奏会誰も見にこないと辟易していたが、思ったよりも客が入っていた。
いや、自分が所属しているバンドよりも入っているだろう、これは。
この男の何がそうさせるのか?女たちがキャアキャア喚き、奥の方では壁にもたれ掛かる彼氏面の男もいる。年齢も性別もバラバラなのに、男が出てきた途端、全員が同じになった。
狂信者に。
「ぶッ飛べ」
そう呟いた男の声で、アリスは本当に空を飛んだかと思うほど足元がふらついた。
濃厚なボイスが耳を貫き、重低音が内臓に響く。カバーなんてとんでもない、この男のオリジナル曲にすら思えてくる。
きっと全部の音が、この男に食われるのだ。男が咀嚼した音楽を、ファンたちは一心不乱に啜る。
その度、抜け出せなくなる。男の唾液の味が、魅惑の歌声が。
喉の奥がきゅっと締まって、息が出来ない。心臓を鷲掴まれてしまったように、その場から動くことさえ叶わない。
まるで犬みたいに浅く息をして、ただひたすらに目に焼き付けた。
頬に張り付く髪の毛も、飛び散る汗も、全部から目が離せない。アリスは、こんなに美しい人を生まれて初めて見た。
弦が弾かれる。よく見れば、テクニックは相当のものだった。それを見て身体の芯が熱くなる。全部が完璧で、見るものを魅了して止まない。
熱に浮かされたまま、恍惚と男を見ていた。まるでファムファタールだ。女性的な魅力を持っていても、吐き出される音は低音だった。
そのファムファタールと、一瞬だけ目が合う。その永遠にも一瞬にも満たない間に、アリスは全てを奪われた。
勝ち誇るように口角を上げた唇は、赤く火照り色付いていた。
差し伸ばされた手の血管へ目を向けた瞬間、触られた耳が火花を散らせた。


「ぇあ……?」


へた。
女の子のように座りこんで、動けなくなった。ライブ会場で腰が抜けるなんてあるのか。
歌が終わっても、アンコールが終わっても、腰はずっと抜けたままだった。













「おいテメー!待てコラ!」
あの後何とか震える足で立ち上がり、男の控え室へ向かった。帰り支度をしていた男は目を瞬かせて、「ああ、さっきの」と笑った。
その笑顔に不覚にもときめいてしまい、ただただ苛立ちが残った。
「どうだった?ライブ。てか見てくれたんだね」
「…………ど」
「ど?」
「どうやったら、あんな、脳死音出せんだ!?」
「ハ?」
バン、と壁を叩く。そうしてられないと上手く喋れなくなりそうなほど、行き場のない興奮が身体を渦巻いている。
「コード進行エグかったし!」
「お、おお……」
「すっげー滑らかだったし、あとラストのBメロ辺りのアレンジ痺れたっ」
「さ、さいですか」
「おれ、あんたより上手いやつ見た事ねえっ!すげえっ」
「……そりゃあよかった……ありがと?」
「あんたの名前は!」
若干引き気味だった男は、小さな声で「か、カガリです」と言った。
「カガリ……かがり」
「お前、怖……」
「何が?」
「いや……」
カガリはアリスを一瞥して、また帰りの支度を始めた。ギターをケースに戻す手つきは優しいが妙にヤラシイ。この人は全部の行動がエロくなりそうだな、と小学生並みの感想を抱いた。
カガリは流れるようにアリスの横を通り抜けて帰ろうとしたので、咄嗟に後ろに付いて回った。
「なんで付いてくんの?コワイッ」
「おれにギター教えろ!お前なんかすぐ追い越してやんよ!」
「なんで!?ヤダよ!」
「おれの方がすげえって言わせてやるっ!」
「なになになに怖い怖い怖いお前の方が凄いよ」
「聞いてねえくせにテキトー言ってんなボケ!!」
「もー勘弁!話しかけるんじゃなかった!犬みたいだねキミ!」
アリスの寝癖が着いたままの髪の毛に、指が通される。そのまま二回、優しく撫でられた。動けなくなるアリスを他所に、じゃあな!と小走りで駆けていってしまった。
しばらくポーッとしていたが、気付いた時にはカガリという名前しか情報がない男は、煙のように消えてしまったのである。
「な、なんで逃げるんだよおっ!!」


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