62 / 221
61 『美しい夕暮れ』
しおりを挟む
地下街から家に帰ってからの出来事について、私はよく覚えていない。
記憶が曖昧で、景色だけが脳内で浮かんでいる。私は恐らく、家に留まるのが嫌で飛び出したのだ。
気がつけば、私は池の周りを歩いていた。
ドビュッシーの『ヒースの茂る荒地』を聴きながら、ふらふらと夢遊病者のように散歩をしていた。
景色は美しかった。目の前にはサーモンピンクと薄紫の空が広がり、緩やかな日没を描いていた。
辺りは木々に覆われ、木の香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。私は夕方のひんやりとした空気を吸い込みながら、池に視線を移した。
池には、以前と同じように数羽のカモがすいすいと泳いでいた。
翡翠色の水面がゆらゆらと揺れ、夕日の光を僅かに反射する。
吸い込まれるような風景だった。私は虚ろな目を少しばかり開きながら、池の揺れ動く様子に見入った。
池は底が見えず、何処までも翡翠色が続いていた。その色に心を奪われた私は、前のめりになり、段々と池にのまれていくのを感じた。
私は、もし今死ぬならこの場所が良いと思った。
そこはほとんど人が通らず、静かで心地良かった。
結局池に飛び込むことはしなかったが、私は頭の中で池に沈みゆく自分を思い描き、その時間をたっぷり味わった。
その後の私は、数時間ほど夜道を歩き続けていた。
空は薄紺色に変わり、空気は冷たさが増していった。街灯や車の光がつき始め、私は頻繁に瞬きをするようになった。
帰宅時間なのか、通行人とよくすれ違うようになった。私は相変わらず現実と空想の区別がつかないまま、ぼんやりとした意識で道をふらついていた。
何か、目に映るもの全てが現実のものではないような気がした。
街灯や車は遠い過去のもので、私は記憶の中をさ迷っているような気分にのまれた。
私の脳内に住み着く架空医師Gammaが、ふと私にささやいた。
「それは、紛うことなき離人症の現れだ」と彼は言った。
私は何も言い返さなかった。空想世界に身を投じていた私は、誰の声も耳に入らなかった。
彼を含め、何もかも忘れ去ってしまいたかった。
プレイリストがドビュッシーの『美しい夕暮れ』に切り替わり、私は逃げるようにして、その美しいバイオリンの音色にいつまでも浸っていた。
記憶が曖昧で、景色だけが脳内で浮かんでいる。私は恐らく、家に留まるのが嫌で飛び出したのだ。
気がつけば、私は池の周りを歩いていた。
ドビュッシーの『ヒースの茂る荒地』を聴きながら、ふらふらと夢遊病者のように散歩をしていた。
景色は美しかった。目の前にはサーモンピンクと薄紫の空が広がり、緩やかな日没を描いていた。
辺りは木々に覆われ、木の香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。私は夕方のひんやりとした空気を吸い込みながら、池に視線を移した。
池には、以前と同じように数羽のカモがすいすいと泳いでいた。
翡翠色の水面がゆらゆらと揺れ、夕日の光を僅かに反射する。
吸い込まれるような風景だった。私は虚ろな目を少しばかり開きながら、池の揺れ動く様子に見入った。
池は底が見えず、何処までも翡翠色が続いていた。その色に心を奪われた私は、前のめりになり、段々と池にのまれていくのを感じた。
私は、もし今死ぬならこの場所が良いと思った。
そこはほとんど人が通らず、静かで心地良かった。
結局池に飛び込むことはしなかったが、私は頭の中で池に沈みゆく自分を思い描き、その時間をたっぷり味わった。
その後の私は、数時間ほど夜道を歩き続けていた。
空は薄紺色に変わり、空気は冷たさが増していった。街灯や車の光がつき始め、私は頻繁に瞬きをするようになった。
帰宅時間なのか、通行人とよくすれ違うようになった。私は相変わらず現実と空想の区別がつかないまま、ぼんやりとした意識で道をふらついていた。
何か、目に映るもの全てが現実のものではないような気がした。
街灯や車は遠い過去のもので、私は記憶の中をさ迷っているような気分にのまれた。
私の脳内に住み着く架空医師Gammaが、ふと私にささやいた。
「それは、紛うことなき離人症の現れだ」と彼は言った。
私は何も言い返さなかった。空想世界に身を投じていた私は、誰の声も耳に入らなかった。
彼を含め、何もかも忘れ去ってしまいたかった。
プレイリストがドビュッシーの『美しい夕暮れ』に切り替わり、私は逃げるようにして、その美しいバイオリンの音色にいつまでも浸っていた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語
jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ
★作品はマリーの語り、一人称で進行します。
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる