26 / 85
第3章 二日目、そして事件が起こる
7
しおりを挟む
「この浜は、珍しい生き物がとても多いの」
波が残した水たまりを、拾った木の棒で突いていた僕の背後に高遠さんがやってきた。
「そうなんですね。ここにはどんな生き物がいるんですか?」
「色々いますよ。メジナやイシダイ、アオリイカにカンパチなんかも釣れます」
「え、美味しそうなのばっかり」
「ふふ、受けそうな名を上げましたからね」
「あ、やっぱり? じゃあ僕が知らないような生き物も?」
「もちろん。海の中ではトラギスやツバメウオ、イソギンポなんかは種類も多くて興味深いわ。あと泥が多めの海岸付近にはスナガニやモズクガニの仲間が多いし、ここのように石や岩が多めの海岸ではフジツボやカメノテ、それに牡蠣もいますよ」
「えー、牡蠣ですか!」
「フジツボや牡蠣は、岩にしっかりと付着してるからハンマーで叩いたりして捕るのよ」
「他にも貝はいるんですか?」
「ツメタガイにベッコウガサ、マツバガイ、ヒザラガイ……、貝類は簡単な説明をするだけで半日はかかっちゃいますよ」
やはり海とそこに暮らす生き物が大好きなのだろう。いかにも素人が思いつきそうな質問にも、丁寧に説明してくれる高遠さんの声は、とても楽しそうだった。
「じゃあ、ここの海岸は水棲生物を研究する人には良い場所なんですね」
「そうね。だから私が入学する以前から、ここへは良く来ていたみたい。もちろん二年前も毎日、ここへ観察に来ていたわ」
「二年前ですか……」
「昨日の車の中で、私がこの浜のことを言っていたの、覚えてる?」
「確か岬の向こうの浜は離岸流が強いって」
「正解。よく覚えてました」
彼女は冗談めかして褒めてくれた。そこで僕は立ち上がり、高遠さんの方を振り返る。彼女は少し恥ずかしそうに、そして寂しそうに、微笑んだ。目元には涙の流れた跡がある。
「あの時は、ただ危険な海流の一つだと聞き流しましたが、離岸流っていうのは?」
僕は出来の悪い生徒のまま問い返す。
「浜から沖へと流れる強い潮流のことかな」
「それは、非常に危ないってことですよね」
僕の素人質問に、彼女は力強くうなずいた。
「そうなんです。向井くんも気をつけてね。それに取り込まれたら、泳いでも体力が間に合わない。一気に沖まで連れて行かれるわ」
「大島さんは、それに捕まったと?」
「警察の方の推測ですけどね。離岸流は沖まで流れるけど、いつまでもまっすぐってわけじゃないの。いつしか周囲の流れと影響しあい、場合によっては出発点と同じところまで戻ってくることもある」
「今回の場合は?」
「最終的には、少し横にずれて浜の方へ戻って来たんだと結論づけられました。しかし残念ながら、大島さんの体力は持たなかった」
再び、彼女の瞳に涙が溢れ出す。
「流れに乗っていれば、無事に戻れるわけじゃないんですね」
「彼は、大島さんは、中高校生の頃から海の生き物に夢中で、あちこちの島を訪ねては膨大なデータを集めてたって聞いたわ」
いつの間に僕たちに近づいたか、後ろから水戸さんが話の流れを引き取った。
「でもこの島は、ちょっと外に出ればもう外洋だから。いくら海に詳しい大島さんでも、パニックになってしまったのかな……」
そう説明してくれる彼女の左手は、涙を流す高遠さんの背中をさすっていた。
「今のは公式な見解なんですか」
僕は何に腹を立てているのだろう。つい、少し硬い口調で聞いてしまった。
「ん、どういうこと?」
水戸さんもびっくりしたようだ。
「いや、水戸さんの考えがどうとかじゃないんですが、警察や海上保安庁とかの所見はどうだったのかと思って」
「ああ、そういうこと。大島さんが結局どこにいたか確定はできなかったみたい。ただ総合的にみると、今説明した形に落ち着くと」
「小橋さんはどうなったんですか」
「彼女のことは本当に情報が少なくて。ただ彼女の荷物は、そこの岩場で見つかり、片方のサンダルもここで見つかったので、同一の場所から流されたと最後は結論づけられた」
「そう、ですか」
少し向こうでは、藤田さんが身振り手振りで海の方を指差し、三輪さんに何やら説明している。多分、今僕が聞かされたのと同じ話をしているのだろう。
気がつけば高遠さんは、僕と水戸さんから離れ、海岸線へと歩いて行った。彼女はそして、波打ち際に座り込むと、その黒く磨かれた革靴が、小さな波に濡れることを気にもせず、愛おしそうに水の流れに手を浸していた。
波が残した水たまりを、拾った木の棒で突いていた僕の背後に高遠さんがやってきた。
「そうなんですね。ここにはどんな生き物がいるんですか?」
「色々いますよ。メジナやイシダイ、アオリイカにカンパチなんかも釣れます」
「え、美味しそうなのばっかり」
「ふふ、受けそうな名を上げましたからね」
「あ、やっぱり? じゃあ僕が知らないような生き物も?」
「もちろん。海の中ではトラギスやツバメウオ、イソギンポなんかは種類も多くて興味深いわ。あと泥が多めの海岸付近にはスナガニやモズクガニの仲間が多いし、ここのように石や岩が多めの海岸ではフジツボやカメノテ、それに牡蠣もいますよ」
「えー、牡蠣ですか!」
「フジツボや牡蠣は、岩にしっかりと付着してるからハンマーで叩いたりして捕るのよ」
「他にも貝はいるんですか?」
「ツメタガイにベッコウガサ、マツバガイ、ヒザラガイ……、貝類は簡単な説明をするだけで半日はかかっちゃいますよ」
やはり海とそこに暮らす生き物が大好きなのだろう。いかにも素人が思いつきそうな質問にも、丁寧に説明してくれる高遠さんの声は、とても楽しそうだった。
「じゃあ、ここの海岸は水棲生物を研究する人には良い場所なんですね」
「そうね。だから私が入学する以前から、ここへは良く来ていたみたい。もちろん二年前も毎日、ここへ観察に来ていたわ」
「二年前ですか……」
「昨日の車の中で、私がこの浜のことを言っていたの、覚えてる?」
「確か岬の向こうの浜は離岸流が強いって」
「正解。よく覚えてました」
彼女は冗談めかして褒めてくれた。そこで僕は立ち上がり、高遠さんの方を振り返る。彼女は少し恥ずかしそうに、そして寂しそうに、微笑んだ。目元には涙の流れた跡がある。
「あの時は、ただ危険な海流の一つだと聞き流しましたが、離岸流っていうのは?」
僕は出来の悪い生徒のまま問い返す。
「浜から沖へと流れる強い潮流のことかな」
「それは、非常に危ないってことですよね」
僕の素人質問に、彼女は力強くうなずいた。
「そうなんです。向井くんも気をつけてね。それに取り込まれたら、泳いでも体力が間に合わない。一気に沖まで連れて行かれるわ」
「大島さんは、それに捕まったと?」
「警察の方の推測ですけどね。離岸流は沖まで流れるけど、いつまでもまっすぐってわけじゃないの。いつしか周囲の流れと影響しあい、場合によっては出発点と同じところまで戻ってくることもある」
「今回の場合は?」
「最終的には、少し横にずれて浜の方へ戻って来たんだと結論づけられました。しかし残念ながら、大島さんの体力は持たなかった」
再び、彼女の瞳に涙が溢れ出す。
「流れに乗っていれば、無事に戻れるわけじゃないんですね」
「彼は、大島さんは、中高校生の頃から海の生き物に夢中で、あちこちの島を訪ねては膨大なデータを集めてたって聞いたわ」
いつの間に僕たちに近づいたか、後ろから水戸さんが話の流れを引き取った。
「でもこの島は、ちょっと外に出ればもう外洋だから。いくら海に詳しい大島さんでも、パニックになってしまったのかな……」
そう説明してくれる彼女の左手は、涙を流す高遠さんの背中をさすっていた。
「今のは公式な見解なんですか」
僕は何に腹を立てているのだろう。つい、少し硬い口調で聞いてしまった。
「ん、どういうこと?」
水戸さんもびっくりしたようだ。
「いや、水戸さんの考えがどうとかじゃないんですが、警察や海上保安庁とかの所見はどうだったのかと思って」
「ああ、そういうこと。大島さんが結局どこにいたか確定はできなかったみたい。ただ総合的にみると、今説明した形に落ち着くと」
「小橋さんはどうなったんですか」
「彼女のことは本当に情報が少なくて。ただ彼女の荷物は、そこの岩場で見つかり、片方のサンダルもここで見つかったので、同一の場所から流されたと最後は結論づけられた」
「そう、ですか」
少し向こうでは、藤田さんが身振り手振りで海の方を指差し、三輪さんに何やら説明している。多分、今僕が聞かされたのと同じ話をしているのだろう。
気がつけば高遠さんは、僕と水戸さんから離れ、海岸線へと歩いて行った。彼女はそして、波打ち際に座り込むと、その黒く磨かれた革靴が、小さな波に濡れることを気にもせず、愛おしそうに水の流れに手を浸していた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-
ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。
1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。
わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。
だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。
これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。
希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。
※アルファポリス限定投稿
【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら
瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。
タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。
しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。
剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる