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第5章 三日目の午後、そして再び事件は起こる
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しばらくは誰からも声が出ず、受付の時計のカチカチと秒を刻む音だけが響いている。嵐が荒れ狂う屋外の喧騒とは、あまりに対照的な静けさだった。
そこで不意に、
「そういえば、いつ電話は壊されたんでしょう?」高遠さんが呟いた。
これに誰も答えられない。
「電話?」そうだ、水戸さんを発見したあと、電話が壊されていた。これはいつ誰がやったのか。
「アオイ、お前は確か竜二さんが夕食の連絡に来た時にノートパソコンを開いていたな。あれで何を見ていた?」
「え?」
先輩からの急な指名に一瞬動揺する。よく思い出せ。大切なことだ。ベッドで眠る三輪さん、窓の外の嵐を見つめ黙ったままの高遠さん。静かで、気まずい空気の中、そう、僕は確かに部屋でネットニュースを見ていた。
「そうだ。そうです、僕はノートパソコンでネットの記事を見ていました」
「リアルタイムの記事やな?」
僕が頷く。
「最新のページを開いたのは、何時だ?」
「午後の六時五十二分です。直前に竜二さんの夕食の呼びかけがあり、画面上の時計表示を見たので間違いないです」
「確かか?」
「自信あります」
「他にネットで何かを見てたりした人は?」
司会者の問いに、誰もが首を横に振る。
「では電話の機能は午後六時五十二分まで、最低限生きていた」
竜二さんが呟く。間違いなく、その時間にwifi回線は生きていた。じゃあ……、
「それなら、皆が駐輪場に集まってる時しかないですね。壊せるのは」
一つの結論が出た。僕がニュースページをリロードしたあと、午後七時ごろにはロビーや食堂、厨房に人が集まっている。誰がやったにせよ、他の誰にも見られずに電話機を壊す作業をするには、駐輪場に人々が集合している時しかあり得ない。
「あのとき、全員揃っていたか?」
「いや、わからない。正直……」誰かの呟きに、誰かが答える。
「俺とアオイ、竜二さんの三人で裏に行ったな」
「ええ、間違い無いです」
「そして駐輪場の脇で水戸さんを見つけて」
「そのとき、背後にいたのは誰や?」
僕と先輩は互いに顔を見合わせる。当然だが、その時は動揺していたし、夕暮れ時の大雨の中だ。
「先輩が水戸さんを助け起こした時、確か飯畑さんの悲鳴が響きました。それに驚いて振り返ったらみんながいた。そう思いますが」
「そう、そうよ。私はあそこにいたわ。胸に刺さったナイフが見えて、叫び声を上げた」
僕の証言に力を得たのか、飯畑さんの声に強さが戻る。
「覚えてますよ飯畑さん。そして先輩は敦子さんに救急箱を頼んだ」
話を振られた敦子さんが、恐々といった風情で僕に頷いた。
「敦子さんと一緒に、俺もエマージェンシーキットを取りに行ったな」
「ええ」
「その時に俺は、お前と竜二さん、そして高遠さんに水戸さんのことを頼むと言った」
皆の視線が、再び村上さんに集まる。そうだ、三時から七時のアリバイがなく、遺体発見時から敦子さんが厨房裏の自宅にある電話機へ向かうまでの短時間に、その存在を確認できないのは、村上さんだけだ。
「ぼ、僕も飯畑さんの悲鳴が聞こえて、すぐに裏に駆けつけた。そうだよね?」
恐怖を押し殺しながら、隣のテーブルに座る高遠さんに確認をとるが、
「ごめんなさい。よく覚えてないの」
彼女は申し訳なさそうに否定した。
「高遠さんが、駆けつけたときの状況は?」
「私は食堂の窓から、向井くんたちのいる自転車置き場の方を見ていました。雨でほとんど見えませんでしたが、遅れて出て行った飯畑さんが突然駆け出したのはわかったわ。その時、勝手口には敦子さんがいましたよね」
敦子さんも記憶が曖昧なようだったが、
「そうね。私は厨房の勝手口から、同じように見てたのよ。そしたら悲鳴が聞こえて、私も思わず駆け出した」
彼女は慎重に思い出しながら確認した。
「厨房へ続くドアも開いていたし、敦子さんが勝手口から走り出たのがわかったので、私も同じように飛び出したけど……」
そこで言葉を切り、高遠さんは村上さんを見る。彼は立ち上がり、大きな手振りを添えながら、
「僕も飛び出ましたよ!気持ち悪くなってトイレで吐いてたんです。それで食堂へ戻ったら誰かの悲鳴が聞こえて、みんながいる方へ駆け出したんです。すごい悲鳴だったから、夢中で走りましたよ雨のなか」
と熱弁するが、それを信じるための材料がない。
「村上くんが一緒に行ったのなら、高遠は見てるはずよね」
飯畑さんの問いに、彼女はクルクルと首を横に振る。
「ごめんなさい。確かにそうなんですけど、本当に覚えてないの」
自分の証言が村上さんを苦境に立たせているのが心苦しそうだ。
「ぼ、僕は犯人なんかじゃない! それを言ったら、よく考えたら高遠が僕と同時に走って来たかどうか、僕は思い出せない」
「そ、そんな」
「それに、それについさっき、食堂にみんなが集まった。その時に高遠、君はひとり最後に遅れて来たよね」
「あれは……」
狂気さえも感じさせる悲壮な形相で、村上さんは高遠さんに詰め寄る。
「その時、十分くらいあった。あの時に、」
「村上さん、もうその辺にしときましょう」
いつの間に動いたのだろう、先輩は村上さんの後ろに立ち、そっと彼の肩に手を置いた。
「………」
村上さんも虚をつかれたのだろう、ビクッと肩を震わせ振り向く。
「お、お前、お前が……」
また急激に吐き気を催したのか、口に手を当てトイレに駆け出した。三輪さんは目で僕に一つ頷くと、村上さんを追ってトイレへと小走りに向かった。
そこで不意に、
「そういえば、いつ電話は壊されたんでしょう?」高遠さんが呟いた。
これに誰も答えられない。
「電話?」そうだ、水戸さんを発見したあと、電話が壊されていた。これはいつ誰がやったのか。
「アオイ、お前は確か竜二さんが夕食の連絡に来た時にノートパソコンを開いていたな。あれで何を見ていた?」
「え?」
先輩からの急な指名に一瞬動揺する。よく思い出せ。大切なことだ。ベッドで眠る三輪さん、窓の外の嵐を見つめ黙ったままの高遠さん。静かで、気まずい空気の中、そう、僕は確かに部屋でネットニュースを見ていた。
「そうだ。そうです、僕はノートパソコンでネットの記事を見ていました」
「リアルタイムの記事やな?」
僕が頷く。
「最新のページを開いたのは、何時だ?」
「午後の六時五十二分です。直前に竜二さんの夕食の呼びかけがあり、画面上の時計表示を見たので間違いないです」
「確かか?」
「自信あります」
「他にネットで何かを見てたりした人は?」
司会者の問いに、誰もが首を横に振る。
「では電話の機能は午後六時五十二分まで、最低限生きていた」
竜二さんが呟く。間違いなく、その時間にwifi回線は生きていた。じゃあ……、
「それなら、皆が駐輪場に集まってる時しかないですね。壊せるのは」
一つの結論が出た。僕がニュースページをリロードしたあと、午後七時ごろにはロビーや食堂、厨房に人が集まっている。誰がやったにせよ、他の誰にも見られずに電話機を壊す作業をするには、駐輪場に人々が集合している時しかあり得ない。
「あのとき、全員揃っていたか?」
「いや、わからない。正直……」誰かの呟きに、誰かが答える。
「俺とアオイ、竜二さんの三人で裏に行ったな」
「ええ、間違い無いです」
「そして駐輪場の脇で水戸さんを見つけて」
「そのとき、背後にいたのは誰や?」
僕と先輩は互いに顔を見合わせる。当然だが、その時は動揺していたし、夕暮れ時の大雨の中だ。
「先輩が水戸さんを助け起こした時、確か飯畑さんの悲鳴が響きました。それに驚いて振り返ったらみんながいた。そう思いますが」
「そう、そうよ。私はあそこにいたわ。胸に刺さったナイフが見えて、叫び声を上げた」
僕の証言に力を得たのか、飯畑さんの声に強さが戻る。
「覚えてますよ飯畑さん。そして先輩は敦子さんに救急箱を頼んだ」
話を振られた敦子さんが、恐々といった風情で僕に頷いた。
「敦子さんと一緒に、俺もエマージェンシーキットを取りに行ったな」
「ええ」
「その時に俺は、お前と竜二さん、そして高遠さんに水戸さんのことを頼むと言った」
皆の視線が、再び村上さんに集まる。そうだ、三時から七時のアリバイがなく、遺体発見時から敦子さんが厨房裏の自宅にある電話機へ向かうまでの短時間に、その存在を確認できないのは、村上さんだけだ。
「ぼ、僕も飯畑さんの悲鳴が聞こえて、すぐに裏に駆けつけた。そうだよね?」
恐怖を押し殺しながら、隣のテーブルに座る高遠さんに確認をとるが、
「ごめんなさい。よく覚えてないの」
彼女は申し訳なさそうに否定した。
「高遠さんが、駆けつけたときの状況は?」
「私は食堂の窓から、向井くんたちのいる自転車置き場の方を見ていました。雨でほとんど見えませんでしたが、遅れて出て行った飯畑さんが突然駆け出したのはわかったわ。その時、勝手口には敦子さんがいましたよね」
敦子さんも記憶が曖昧なようだったが、
「そうね。私は厨房の勝手口から、同じように見てたのよ。そしたら悲鳴が聞こえて、私も思わず駆け出した」
彼女は慎重に思い出しながら確認した。
「厨房へ続くドアも開いていたし、敦子さんが勝手口から走り出たのがわかったので、私も同じように飛び出したけど……」
そこで言葉を切り、高遠さんは村上さんを見る。彼は立ち上がり、大きな手振りを添えながら、
「僕も飛び出ましたよ!気持ち悪くなってトイレで吐いてたんです。それで食堂へ戻ったら誰かの悲鳴が聞こえて、みんながいる方へ駆け出したんです。すごい悲鳴だったから、夢中で走りましたよ雨のなか」
と熱弁するが、それを信じるための材料がない。
「村上くんが一緒に行ったのなら、高遠は見てるはずよね」
飯畑さんの問いに、彼女はクルクルと首を横に振る。
「ごめんなさい。確かにそうなんですけど、本当に覚えてないの」
自分の証言が村上さんを苦境に立たせているのが心苦しそうだ。
「ぼ、僕は犯人なんかじゃない! それを言ったら、よく考えたら高遠が僕と同時に走って来たかどうか、僕は思い出せない」
「そ、そんな」
「それに、それについさっき、食堂にみんなが集まった。その時に高遠、君はひとり最後に遅れて来たよね」
「あれは……」
狂気さえも感じさせる悲壮な形相で、村上さんは高遠さんに詰め寄る。
「その時、十分くらいあった。あの時に、」
「村上さん、もうその辺にしときましょう」
いつの間に動いたのだろう、先輩は村上さんの後ろに立ち、そっと彼の肩に手を置いた。
「………」
村上さんも虚をつかれたのだろう、ビクッと肩を震わせ振り向く。
「お、お前、お前が……」
また急激に吐き気を催したのか、口に手を当てトイレに駆け出した。三輪さんは目で僕に一つ頷くと、村上さんを追ってトイレへと小走りに向かった。
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