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第5章 三日目の午後、そして再び事件は起こる

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「みなさんも、情報の少ないこの状況で、決めつけるようなことは避けましょう」

 疑心によって不穏な空気が充満してしまった場を治めようと、竜二さんが静かに諭した。

 水戸さんの事件を解明するために始めた会議だった。しかしこのまま確かな証拠もなく、互いを糾弾する会話が続けば、誰が犯人かどうかに関係なく、狂気が暴走しかねない。

「外部の誰かが忍び込んで電話を壊していた可能性もありますよね?」

 竜二さんは明るい調子で僕に話を振った。

「確かに。僕たちがロビーへ降りてくる少し前や、駐輪場へ駆けつけた後の瞬間に、そっと忍び込むのは不可能ではないはずです」

 可能性が低いことは知っている。それでも要らぬ混乱を避けたい、その思いは同じだ。

「でも、時間が短すぎるのでは?」
「外部って、じゃあ今その人はどこに」

 皆の頭の中に、そんな疑問が渦巻いているのがよくわかる。三輪さんを進行役として、颯爽と始まったかに見えた犯人を推理するための話し合いも、どうやら煮詰まってしまったらしい。

 このロビーに警察官や小説のような名探偵がいれば、話のは変わったかもしれない。しかし素人ばかりの僕たちでは、これ以上の新事実や証言を引き出すことも、誰かを犯罪者だと指摘することもできなかった。

 そして皆、疲れている。考えるにも、疑うにも、悲しむにも、怒るにも、エネルギーが必要だ。しかし僕たちは激しい雨に打たれ消耗し、精神に大きなダメージを繰り返し浴びてしまった。

 もう誰もが「何もしたくない」その思いでいっぱいだったのだ。

 トイレで吐いたのだろう。魂が抜けたような顔の村上さんが、三輪さんに支えられて帰って来た。もう誰とも目を合わせようとせず、黙って皆とは離れたロビーチェアに腰掛け、ジッと床を見つめている。

「テレビは生きているんですよね」

 先ほど自分が座っていたソファに戻った三輪さんは、そう言ってリモコンでテレビをつけ、チャンネルを公共放送に合わせた。ちょうど天気予報をやっており、その画面に映るイラスト地図には、大きな台風の予報円が、九州の西側を通過する様子が描かれている。

「台風、鹿児島近くにいるみたいですね」

 一目瞭然なことを、横に座った先輩に確認する。黙っている、それだけで疲れるのだ。

「そやな。今夜中にこの島は台風直撃。明日の昼すぎまでは、荒天や」

 そんな後輩の意味のない質問に、苦笑を浮かべて答えてくれた。

「雨のなか徒歩で出るにしても、この嵐では危険です。明るくなる朝五時を待たないと」

 雨戸の無い玄関横の窓から外を伺って、竜二さんは嘆くように呟く。玄関灯は消されており、月も星もないこの嵐の夜、窓の外の景色は何も見えないだろう。

 ちょうどその時、アナウンサーが天気予報の終わりを告げ、代わりにスピーカーから小気味良いメロディが流れ出してきた。午後十一時のニュース番組が始まったようだ。夜明けの五時までに、あと六時間……。
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