騎士は碧眼と月夜に焦がされて

ベンジャミン・スミス

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第三章 月下の恋の行方

第八話 射抜く碧眼

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 仮面を外したことで、距離が縮まっていく二人。
正体が明るみに出るギリギリを楽しむ関係。それはいつしか二人の身の上話にまで進展していく。
 満月の日は窓からの月明りでやすやすとは仮面を外すことが出来ない。最後には外してしまうのに、序盤の躊躇う気持ちが別の所で昇華しようと、身の上話をしてしまうのだ。

「昔、隣のガゼル領に行った時に……」

自身の正体を隠して、ルーカスは幼少の話をするまでになっていた。カトリーヌにすら話したことはない事を、子どもの様に楽しそうにザックに話す。
もう身も心も、ザックを信頼していた。そして正体を明かしたくてウズウズしてしまう。
 だが、いつもその一歩手前でザックのスキンシップが激しくなるのだ。

「それはとても愉快ですね」

と、言いながら引き寄せてくる。耳輪に触れ、息のかかる距離で話しかけてくる。
そうなればルーカスの理性は切れ、銀の仮面と共に堕ちて行く月夜が踊りだす。

 語らい、一方的な愛撫のみだが身体に触れ、そして別れを惜しむ。
いつしか「悲しみを埋めてくれる男」は「妻以上、だが恋人以下」という複雑な存在になっていた。


 そして、とある新月の日。

「満月まで待てない」

ルーカスは彼に寄り添いそう告げる。こんなに誰かに会いたいと思ったのは初めてで、それが何を意味するのか分からずに困惑する。

「もっと貴公に会いたい」

所帯を持っている男のいう事ではない。ザックが身体を引き離す。

「あなたは恋を知らない初心な男なのです。あなたの妻のように熱に浮かされているだけかもしれませんよ?」

地の底にでも落とされた気分だった。ザックはきっとこの申し出を絶対に受け入れてくれると思っていた。しかし返ってきた答えは何とも現実味を帯びた冷たい言葉。ルーカスは、ザックが同情でこのような関係をしてくれているだけで、もしや本当に自分だけがこの秘密の逢瀬に浮かれていたのではないかと思い出す。

「しかし俺は……」
「あなたには妻がいます。あなたはそれを捨てることができますか?」
「……」

その静寂が、ザックにため息をつかせた。

「あなたと私の関係は新月と満月のみ。それでいいではないですか」

ザックの言葉は少し刺々しい。彼が少しでも感情的なそぶりを見せたのはこれが初めてだった。

「すまない。変な事を言って」
「いえ、きっと仮面を外して気持ちが高ぶったのでしょう。もう火を灯しますね」

お互いに仮面を着け、火が灯る。 その日、ザックが碧眼を見せてくれることはなかった。

 そして数日が経ったある日の夜。痺れを切らしたカトリーヌがとうとう行動に出た。静まった部屋、天街付きのベットの中、自分から身につけている物を脱ぎだす。

「止めなさい、娼婦でもあるましい」

その言葉にカトリーヌがムッとなる。

「どこでそんな事を覚えてきたのだ」

と彼女の秘密を暴くようなことを言えばすぐさま焦りだす。

「だ、だってあなたが!」

焦りは怒りに変わり、もうこれ以上は無理だと判断して、既に他の男に汚された身体を押し倒す。かび臭くもない、洗い立てのシーツは肌に触れると心地が良いはずなのに、痒い気がした。
満足げなカトリーヌが手を添えてくるが、どうしてもそれから先に進めることが出来ない。その添えられる指に誰かを重ねる。

(もう俺は……)

カトリーヌから目を逸らし、そして黙ってベッドを出た。

「あなた! どこへいくの?!」
「……」

 背中に浴びせられる罵倒が煩わしく感じる。それから逃げる様に無言でベッドから飛び出て、壁を作るようにピシャリと寝室の扉を背中で閉めた。自室で着替え、視察用に常にまとめてある荷物を引っ掴み、馬小屋へと走る。
すぐさま手綱を手にし、もう待てないルーカスは馬に跨ろうとしたが

「旦那様」

(こんな時に限って……)

「何だブライアン」

こちらに歩み寄る馬番の姿があった。

「どちらへ?」

心配そうな声。
今振り向き、使用人の顔を見てしまえば自分の決意が揺らぐ気がして、ルーカスは背中を向けたままにする。

「気にするな……少し散歩に行くだけだ」
「その割に荷物が大掛かりすぎるかと」

手にしている麻布の袋を自分の前に持って隠す。

「どちらへ?」

再度確認してくる。だが、その声は届いていない。

(ザック……)

 もう満月まで待てなかった。どこにいるかもわからないザックを今すぐ探し、そして二人で消えてしまいたかった。もうルーカスの目はカトリーヌを写すことはない。

「最近、何をしておられるのですか?」

気を遣った馬番はどうやら主が新月と満月の晩に出かけているのをしっかり確認しているといった口ぶりだった。

「もしや……奥様と同じことを?」

ルーカスがしていることも所詮は不貞行為に過ぎない。なのにまるで自分がしている物が美しいもののように美化されている。いつか天罰が下るなら、もう後戻りが出来ぬよう、この馬番に懺悔してしまおうと、ゆっくりと口を開く。

「そうだ」
「……」
「すまない。だが、俺はあれが恋だと知ってしまったのだ」

 もっと欲しい、彼しか見えない、もっと……もっと……そんな欲が溢れ出る。これが盲目な恋だとしても追わずにはいられなかった。そして仮にそれが失敗してももうここには戻っては来ないと決めている。

(ザック以外を愛せそうにない)

まだ愛を囁きあったことのない光と影だけの恋人の背中を思い出す。

「すまないブライアン! 不誠実な主に遣わせてしまった」

俯き、そして息を吐き、鞍に足をかけ跨る。見下ろせば、ランタンを持つブライアンがルーカスを見上げていた。その瞬間、下腹部が激しく疼いた。

「……ザック」

 ランタンの火に灯された碧眼が真っ直ぐにルーカスを射抜いていた。
 
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