こいじまい。 -Ep.the British-

ベンジャミン・スミス

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第五章 Japanese Culture

第二話 甘い想い

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 苦みと幸せの節分から数日後。
今度は心も胃袋も甘くなる日がやってきた。

「月嶋君、これ」

とピンクのリボンでラッピングされた箱を渡す女性は総務課の社員。今年配属された新卒の新人は春人だけなので、彼女は年上だ。しかしまるで先輩にでも渡す様に照れる仕草に、恋をすれば年も若く見えるのかと……遠くから見つめていた村崎は思った。
手を後ろに組んだ春人は微動だにしない。しばしの硬直が続き、最後は春人の手に甘いそれを押し付けて、女性は総務課へとヒールを鳴らして帰っていった。
 会社の廊下の片隅で繰り広げられた恋の一コマにハッとなり、急にキョロキョロし始めた春人が村崎を見つけ頭を下げる。

「おはようございます!」
「おはよう」

春人の横に並び、視線を下ろすと、心が籠った手作りの──所謂「本命チョコ」が握られていた。デスクにはさらに積まれているだろうと春人を見ながら村崎はある男の事を思い浮かべた。

(嫉妬とかするタイプじゃないだろな)

村崎と同じ年の春人の恋人。
今は別の支社へ行っているが、今日チョコレートを持って帰ってきた春人を見てどのような反応をするのだろうか興味がある。

「アルバートに怒られないか?」
「え? あー、大丈夫だと思います。イギリスは女性が男性にチョコレートを渡す文化じゃないので! 調べました!」

普通ならワクワク感だけで興じれるイベントも、彼らはそうはいかない。
文化の壁がもたらすすれ違いは異国同士の恋人ならでは。
春人の言葉に2人が順調に交際を進めている気配を感じ取り村崎は笑みが零れた。

「それに、僕よりアルの方が貰っていると思います」

少し頬を膨らます春人。

「はははは。嫉妬するのはお前の方だったな。ん?」
「あっ!」

オフィスに着いた2人を待っていたのは、予想通り大量のチョコレートだった。
仕事をさせる隙間もないほど、デスクに積み上げられているチョコレートは高級な物から手作りの物まで様々だ。
 松田が「デブになる」と言っていたのも頷ける。その松田のデスクにも少しだけチョコレートがあり、既に包みを開けていた。

「おはよーございます」

とモゴモゴさせながら言う松田が甘いチョコレートを飲み込み悔し気に「新人への伝統行事みたいなものだからな」と春人のデスクを指さした。
 そして春人が手にしている手作りのチョコレートを見て、眉間に皺を寄せた松田が甘いため息を吐く。
 そんなバレンタインの光景が広がる門司支社。


◇          ◇        ◇

門司支社で甘い空気が広がる一方で、福岡空港支社は一見いつもと変わらぬ風景が広がっている。
社員の人数もさほど多くなく、イベントに興じるような人もいない為、普通の2月14日が始まり、そして終わるはずだった。
しかし、今年は少し違う。独身でしかも雰囲気の違う風貌をもつ外国人が3人もいれば1人くらい浮足立つ女性もいる。

「あの、ミラーさん」
「何か?」
「これ……」

やはり一番にチョコレートの餌食になったのはアルバートだった。3人の中で一番近寄りがたい彼と距離を縮めるチャンスだ。
 独りになったところに狙いをつけた女性が高級なチョコレートをアルバートに渡す。
 それを見て考え込むイギリス人。

「それは私のではありませんよ」

日本のバレンタイン文化を知らぬ男は返答に困る事を言い、女性は遠回しに断られたと捉えられ悲しい顔をした。

「そうじゃなくて。ミラーさんにプレゼントです。」
「誰から?」
「だから、私から……」

アルバートの手が動き、口角が上がる女性。
しかしその手は彼の顎にあてがわれた。

(何かの礼だろうか? 確かこの女性の仕事をオリバーが手伝っていたような……)


「……貴方の仕事を手伝ったのはオリバー・ダグラスですよ」
「え?」
「渡しにくいならデスクにでも置いておきましょうか?」

本人の意図とは違う意味でようやく伸びてきた手。爽やかな表情が今は憎らしい。
あまりにも話しが通じず女性は「今日、バレンタインデーなんです!」と語尾を強めて言った。

「知っている」
「‼ ……だったらこの意味も分かるでしょう‼」

と、善意で上を向いている掌に高級チョコレートを乗せてトイレの方へと消え去った。

(何だったんだ)

意味も分からず立ち尽くすアルバート。
これに似た事が今日だけで何度かあり、質問をしたくても気の許せる赤澤は相変わらず仕事に追われていた。
 その気持ちが晴れたのは「今日、家に行くね」という嬉しい連絡が来てからだった。

 そして駅まで春人を迎えに行くと、彼は紙袋とシックな小さな紙袋を持っていた。
夜の闇が落ち始め、街灯の明かりのみでは中身までは分からない。しかし、帰宅後、白色光の下で今日一日中アルバートを悩ませたアレだと分かった。

「日本はチョコレートの大量生産でもしたのかい?」

と真面目な顔で聞くと、「やっぱり知らなかった」と春人が肩を竦めた。

「何を?」
「何も知らずにチョコレート受け取ったんでしょ?」
「一応、オリバーの物ではないか確認した」
「ダグラスさん?」

アルバートの話を聞いた春人は表情をどんどん曇らせる。

「それ、絶対にトイレで泣いてる」
「何故?」
「日本のバレンタインはお菓子会社の陰謀で、女性が好きな男性にチョコレートをあげる日なの」
「何ともロマンチックだな」
「そう。そしてアルバートはそれを壊したの」
「では、あの女性は私に好意があったのか? しかし、そんな素振りは一度も……」
「アルバートみたいな人に近づくなら今日は絶好のチャンスだろうね」

そう言いながら春人はアルバートが受け取ったチョコレートを持ってソファーに座った。
 そして俯きながら、有名ブランドのロゴを撫でる。

「ねえ……」
「ん?」
「その人、美人だった?」

アルバートから春人の表情は見えないが、声のトーンで気持ちが分かる。

「いや」

心配性な恋人の横に座る

「君が一番だよ」

頬を包み込むと、嬉しそうに口角が上がるのが伝わる。だが、持ち上げた顔で揺れる瞳はまだ不安気。

「貰った物は溶かしてしまおうか?」
「勿体ないよ?」
「そんな事はない」

春人の手から箱を奪い口でリボンを解く。片方の手は素早く春人のベルトを外しながらソファーへと戸惑う身体を沈める。
綺麗にコーティングされたチョコレートを1つ口に含み、衣を纏わぬ下の口に捻じ込んだ。

「ちょっ?! どこにいれてんの?! ああッ!」

舌で押し込まれ、肉壁がチョコレートを締め付ける。
ヌプッと甘い唾液で濡れた舌が中で片想いを溶かす。
指も差し込み、チョコレート越しに前立腺を擦る。

「はぁん!! あっ、ああ、だめぇぇッ!!」

小さくなりながら甘美な汁を垂らしどんどん溶けていく。
次第に固形物はなくなり、柔らかな指だけが残った。

「君の熱で溶けてしまったよ」

漂う甘い匂いと、甘いマスクに蕩けた春人が「何してんの」と悪態をつくが、小さく「まだ残ってる」とアルバートが受け取った嫉妬の塊に挑んだ。
 1箱片付いた時には、春人の性器は限界を迎え、「もっと熱いのが欲しい」と強請った。しかし、

「君が受け取った片想い分が残っている」

とアルバートは部屋の隅の大きな紙袋に目をやる。

「あの中に本命はないよ。門司支社に配属された新人の伝統らしい」
「手作りがあったように見えたが」
「でも本命なんてあるわけないじゃん。アルとは違うの!」

離れて行く大きな身体は、紙袋から覗く手作りチョコレートに挟まるメッセージカードを一瞥し、横の上等な紙袋に手を伸ばした。

「紙袋からはみ出るほどの愛か」

と社員からの贈り物をそう例えたが、春人は顔を赤くする。

「それは……アルのだよ」
「私の?」
「うん。絶対に知らないとは思ったけど、やっぱり僕も好きな人にあげたくて……」

モジモジしながら「買っちゃった」と告白した春人に嬉しさが込み上げる。
 両手で優しく開封し、シンプルなそれを一口唇に挟む。
 そして……

「んふッ」

コロンと口内に転がってきたチョコレートは高級なカカオの味がアルバートを連想させる。そこに自身の想いを乗せ、舌でアルバートに押し返した。

——チュプ、クチュ。

想いを送りあいながら水音を鳴らし、両想いが2人の愛の口づけの間で溶けていく。

 想いでお腹が満たされるまでそれは続いた。


 それからもチョコレートより甘い二人の時間は続いた。
しかし、徐々に箱の中身が空になる瞬間は近づいてくる。その頃には箱のパッケージも桜色、そして青葉そよぐ緑が美しい季節になっていた。
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