52 / 112
第七章 Break Time
第三話 愛情表現
しおりを挟む
「行ってきます!」
「行ってらっしゃい。」
「……何回も言うけど引き出し開けちゃだめだからね!」
「そう言われると見たくなるのが人間の心理だよ」
「駄目! 見たら今夜エッチしないから!」
「私は構わないよ。でも君は我慢が出来なくて、結局引き出しを開ける事になるだろうね」
「もー!」
「ははは。大丈夫。約束は守る。行っておいで」
微笑んだアルバートが、春人のシャツの肩を整えながら額にキスをする。そして唇にも。
手にはビジネスバッグと紙袋。その紙袋の中にはまだ温かい四角い箱。
もう一度「行ってきます!」と元気に言って春人は出社した。アルバートは少し不安気に彼の背中が見えなくなるまで見送った。
いつもよりキーボードをタイプする指は軽い。躍らせながらエンターキーを押し、腕時計を見る春人。
「僕、先にお昼に行ってきますね!」
「おう」
松田に断りを入れて春人は社員食堂へ向かった。この時間は化学事業部が多い。インテリア事業部はアジア方面を取引相手にしている為今から忙しくなる。春人みたいに余裕があるか、先に腹ごしらえでもしない限り、社員食堂で化学事業部と一緒になることはない。
今も春人以外は化学事業部、経理、総務や人事の社員ばかりだ。 その中に佐久間と田中を見つける。佐久間はともかく田中とはあまり会いたくない春人は少し遠くの席に座ろうと思ったが、逆に総務部の女性社員に見つかってしまう。
「月嶋君だ! 珍しいね、こんな時間にインテリア事業部がいるなんて!」
1年目に松田に誘われて何度か食事をした女性だったが、名前が分からない。胸のネームプレートを顔を上げる振りをしてチラリと見る。
「こんにちは山川さん」
「こんにちは! ねえ、一緒に食べても「すまないが席を譲ってくれ」
山川の後ろに丸い影ができる。それは山川と彼女の言葉に覆いかぶさった。
振り向いた山川が頬を引きつらせて場所を譲る。そしてあからさまに嫌そうな顔をして退散した。
「やあ、月嶋君」
「こんにちは田中部長!」
その後ろには佐久間もいた。何やら困った顔をしている。
「今、大丈夫?」
と拒否権のない言葉がかけられる。
春人は「はい!」と姿勢を正し座り直した。
通りすがりに嫌味を言うなら座る必要はないのに、田中は春人の目の前に腰を掛けた。
「佐久間も」と勧め、その横に佐久間も着席する。
「田中部長、ここで大丈夫ですか?」
と尋ねる佐久間に「問題ない。今は彼だけだ」と周りを見る。社員食堂にはまだ人はたくさんいる、つまりこの発言は「インテリア事業部の人間に聞かれたら困る」という事だ。
どうにかして田中をこの場から引き離したい佐久間の取る行動が春人の不安を煽る。
それを他所に田中は春人に向き合った。
「支社へのヘルプの件、お疲れ様。いやあ見事な働きっぷりだったみたいだね。私も村崎部長も鼻が高いよ。佐久間にも聞いたよ。的確かつスピーディーな対応で経路を確保したそうじゃないか。若いのに手から溢れるほどの才能を持っている! 素晴らしいよ!」
田中の微笑みは胡散臭く、気持ちが悪い。それでも初対面で言われれば悪い気はしないし、心を許してしまうだろう。外部には通じそうなあたり、彼も場数を踏んでいる。
そして「さすが期待の新人と言われただけある! 2年目の今はわが社の即戦力と言ってもいい!」と褒め続けながら手を差し出し握手を求めてきた。
「ありがとうございます」
握り返した手を強く締めつけられ、背筋に悪寒が走る。
「今度食事でもしながら君のことを知りたいね。来年度の話とかも……ね?」
背筋から背中全体、そして二の腕にまでゾワリと嫌な予感が散らばった。背中に虫が入ったかのように気持ちが悪く落ち着かない。
春人の動揺は確実に田中に伝わっている。それを落ち着かせようと、もう片方の手で固まる手の甲をポンポンと叩き、「考えておいてくれ」と両手で春人の手を握った。
何も返せない春人を他所に、田中は佐久間に目配せをして席を立った。
田中が社員食堂から完璧に出て行ったのを確認して佐久間がため息をつく。
「ごめん。止めたんだけど聞かなくて。そして言い難いんだけど、俺は日程調整係なんだ。」
「それであの目配せだったのか。これって強制なんですか?」
(しかも来年度って……まさか僕飛ばされるの?)
震える手で紙袋からお弁当を出す。それを佐久間は目を細めながら見つめる。
「一応断れるけど、相手は田中部長だからね。俺がいい例だよ」
昼食に無理矢理誘われた佐久間が天を仰ぐ。
「ですよね」
「あまりにも嫌なら手を打つよ? 悪口にはなるけど「月嶋君との食事はとても退屈ですよ」って今から行ってこようか?」
「そんなことしたら佐久間さんの印象が悪くなっちゃいますよ! 僕のせいで佐久間さんが悪口を言う人間扱いされるのは嫌です!」
「俺は月嶋君の為ならいいけどね。で、どうする日程?」
「ちょっと保留で。今すぐには難しいです」と言いながら春人は弁当の蓋を開け、息をのんだ。
「了解……うわっ、すごっ」
──ガチャンッ!!
弁当の中身を見た佐久間の反応に、春人は蓋を思い切り閉める。
「え? 何これ……えっ?」
もう一度覗く。ピンクが見えた。
「ミラーさんの愛だね」
「ううううアルバート……」
2段目はおかず。ここは問題ない。卵焼きにウインナー(しかもタコさんだ)、サラダに、唐揚げ、グラタンまで入っている。問題は蓋を開けてすぐの1段目だ。
「綺麗なハートだね」
「そうですね」
桜デンプンで綺麗に描かれたハートだった。
ツンツンと箸でハートをつつきパクッと大きな口でアルバートの愛を放りこんだ。
「愛情のお味はどう?」
「驚愕で味なんてわからないです」
「ミラーさん残念」
勿論帰宅後すぐに問い詰めた。
「ただいま」
「おかえり。もうご飯出来ているよ」
玄関の扉を開けた瞬間、良い香りが鼻をくすぐりお腹が鳴る。
「良い返事だ。着替えておいで」
「うん! 晩御飯なに?」
「鮭ときのこのソテーと、野菜スープ、デザートにスコーンがある」
「本場のスコーンだ! 楽しみ、じゃなくて! アルバート!」
急に声を荒げた春人にアルバートは不思議そうな顔で振り向く。
「お弁当!」
「不味かったのか?」
「ううん。とても美味しかったありがとう! あの卵焼きフワフワしてた! どうやって作ってるの?」
「あれはだな……」
結局、アルバートの卵焼きの作り方に感服し、ハートのデコレーションの話は忘れられ、晩御飯を迎えてしまう。
ほぐした鮭は柔らかく、噛めば噛むほど味が出る。そこに香り高いきのこが口内で広がり鮭が無くなってもきのこが触感と香りで食べるものを楽しませてくれる。野菜スープは彩のバランスが絶妙で食べる前からワクワクしてしまった。よく煮込んである野菜たちはとろりとしていて、スープが飲み物である前提を邪魔しない。
「染みるうう」
とおっさんの様な感想を述べ、春人は一口また一口と口に運んだ。そして最後の一欠片のサーモンピンクでようやくアレを思い出した。
「お弁当の事なんだけどさ。ハートのあれは何?」
「桜デンプンというやつだ。まさか残したのか? 食べられるそうだよ」
「そうじゃありません! どうしてハートにしたの?」
「仲の良い夫婦のランチはああいうものだと書いてあった」
「いや、間違ってはないけど。んー、あれはとてつもなく愛し合っている夫婦がするの!」
「夫婦ではないから違うと?」
「そこじゃない! 恋人でもすると思う! でもあれはめっっっちゃくちゃ仲のいい人達がするの!」
「私たちも十分愛し合っていると思うが? それともまだ足りないという事か?」
アルバートが春人の横に座る。
そして腰に手をあてがい引き寄せた。
「あと、どれだけ君を想えばあのランチの領域に達せるのだ?」
「かっこいいようでその台詞おかしいよ! あーもう、えーと……だから……」
結局春人の説明では納得できず、アルバートはスマートフォンで答えを探した。
「なるほど。つまり愛情表現は見せびらかすものでなく、二人きりでこっそり楽しみたい。そういうことだな?」
「う、うん……たぶん」
「確かに私も春人を人様にじろじろ見られるよりは家でこっそり愛でたい」
「それはちょっと違うかも。アル、なんかイギリスに帰って変態度増した?」
「増していない。とりあえず明日からは普通の内容に変更しよう。何かリクエストはあるかい?」
「卵焼きは絶対欲しい! というか、僕の家、玉子焼き器なんてないよね?」
「分かった。フライパンの上で巻いた。なかなか巻くのが難しかったが、あれが日本のおかずの定番と書いてあったから是非入れたかったのだ」
「すごっ。わざわざ調べてくれたんだ」
「文明の利器だよ。直ぐに分かる」
指で挟んだスマートフォンを春人の前でぶら下げる。
丁度メッセージを受信し、画面が光る。
「えっ?」
「ん?」
目を丸くして固まった春人。その視線の先にはスマートフォン。アルバートは「おっと」と言ってポケットにしまった。
春人がその手を掴む。
「何その待ち受け!」
「マチウケ?」
「すっ呆けないで!」
あまりの剣幕に観念したアルバートが、スマートフォンを出す。
しかし悪びれる様子もなく画面を春人に向けた。
「何で僕の寝顔なの?!」
「私用の携帯だから問題ない」
「そうじゃなくて! そんなのいつ撮ったの?」
「確か帰国する前だ。君が気持ちよくなって眠ってしまった後だよ」
持ち主から奪い取り画面を確認する。
画面いっぱいの春人の寝顔、そして少しだけ映る肩は肌色だ。
「バレちゃうよ!」
「これを見てそう思う人はいないよ」
「いや、でも男の裸なんて!」
「言われないと分からないだろ?」
「っていうか、何で僕なの?!」
「離れて会えないのだ。これくらい勘弁してくれ。」
そう言われると何も言えない。
「この写真が一番好きなのだ。私と愛し合った後に幸せそうな顔をして寝ている君がね」
最後の駄目押し。
そのような事ををサラッと言われたらますます何も言えない。
一度はあきらめたように眉を下げた春人だったが、直ぐに目つきが鋭くなる。
「まって……一番? まだ何か持ってるの?!」
「さぁ、どうだろうね」
「見せて!」
この後、中を見ようと躍起になるが、背の高い彼に適うわけもなく、他にどんな写真があるかは分からなかった。
それどころかもみくちゃになりながらベッドにアルバートを押し倒したのに「そういえばまだ君を抱いていなかった。あのランチに見合うだけ、いやそれ以上愛してあげるよ」と逆に春人が追い込まれる形となった。
「行ってらっしゃい。」
「……何回も言うけど引き出し開けちゃだめだからね!」
「そう言われると見たくなるのが人間の心理だよ」
「駄目! 見たら今夜エッチしないから!」
「私は構わないよ。でも君は我慢が出来なくて、結局引き出しを開ける事になるだろうね」
「もー!」
「ははは。大丈夫。約束は守る。行っておいで」
微笑んだアルバートが、春人のシャツの肩を整えながら額にキスをする。そして唇にも。
手にはビジネスバッグと紙袋。その紙袋の中にはまだ温かい四角い箱。
もう一度「行ってきます!」と元気に言って春人は出社した。アルバートは少し不安気に彼の背中が見えなくなるまで見送った。
いつもよりキーボードをタイプする指は軽い。躍らせながらエンターキーを押し、腕時計を見る春人。
「僕、先にお昼に行ってきますね!」
「おう」
松田に断りを入れて春人は社員食堂へ向かった。この時間は化学事業部が多い。インテリア事業部はアジア方面を取引相手にしている為今から忙しくなる。春人みたいに余裕があるか、先に腹ごしらえでもしない限り、社員食堂で化学事業部と一緒になることはない。
今も春人以外は化学事業部、経理、総務や人事の社員ばかりだ。 その中に佐久間と田中を見つける。佐久間はともかく田中とはあまり会いたくない春人は少し遠くの席に座ろうと思ったが、逆に総務部の女性社員に見つかってしまう。
「月嶋君だ! 珍しいね、こんな時間にインテリア事業部がいるなんて!」
1年目に松田に誘われて何度か食事をした女性だったが、名前が分からない。胸のネームプレートを顔を上げる振りをしてチラリと見る。
「こんにちは山川さん」
「こんにちは! ねえ、一緒に食べても「すまないが席を譲ってくれ」
山川の後ろに丸い影ができる。それは山川と彼女の言葉に覆いかぶさった。
振り向いた山川が頬を引きつらせて場所を譲る。そしてあからさまに嫌そうな顔をして退散した。
「やあ、月嶋君」
「こんにちは田中部長!」
その後ろには佐久間もいた。何やら困った顔をしている。
「今、大丈夫?」
と拒否権のない言葉がかけられる。
春人は「はい!」と姿勢を正し座り直した。
通りすがりに嫌味を言うなら座る必要はないのに、田中は春人の目の前に腰を掛けた。
「佐久間も」と勧め、その横に佐久間も着席する。
「田中部長、ここで大丈夫ですか?」
と尋ねる佐久間に「問題ない。今は彼だけだ」と周りを見る。社員食堂にはまだ人はたくさんいる、つまりこの発言は「インテリア事業部の人間に聞かれたら困る」という事だ。
どうにかして田中をこの場から引き離したい佐久間の取る行動が春人の不安を煽る。
それを他所に田中は春人に向き合った。
「支社へのヘルプの件、お疲れ様。いやあ見事な働きっぷりだったみたいだね。私も村崎部長も鼻が高いよ。佐久間にも聞いたよ。的確かつスピーディーな対応で経路を確保したそうじゃないか。若いのに手から溢れるほどの才能を持っている! 素晴らしいよ!」
田中の微笑みは胡散臭く、気持ちが悪い。それでも初対面で言われれば悪い気はしないし、心を許してしまうだろう。外部には通じそうなあたり、彼も場数を踏んでいる。
そして「さすが期待の新人と言われただけある! 2年目の今はわが社の即戦力と言ってもいい!」と褒め続けながら手を差し出し握手を求めてきた。
「ありがとうございます」
握り返した手を強く締めつけられ、背筋に悪寒が走る。
「今度食事でもしながら君のことを知りたいね。来年度の話とかも……ね?」
背筋から背中全体、そして二の腕にまでゾワリと嫌な予感が散らばった。背中に虫が入ったかのように気持ちが悪く落ち着かない。
春人の動揺は確実に田中に伝わっている。それを落ち着かせようと、もう片方の手で固まる手の甲をポンポンと叩き、「考えておいてくれ」と両手で春人の手を握った。
何も返せない春人を他所に、田中は佐久間に目配せをして席を立った。
田中が社員食堂から完璧に出て行ったのを確認して佐久間がため息をつく。
「ごめん。止めたんだけど聞かなくて。そして言い難いんだけど、俺は日程調整係なんだ。」
「それであの目配せだったのか。これって強制なんですか?」
(しかも来年度って……まさか僕飛ばされるの?)
震える手で紙袋からお弁当を出す。それを佐久間は目を細めながら見つめる。
「一応断れるけど、相手は田中部長だからね。俺がいい例だよ」
昼食に無理矢理誘われた佐久間が天を仰ぐ。
「ですよね」
「あまりにも嫌なら手を打つよ? 悪口にはなるけど「月嶋君との食事はとても退屈ですよ」って今から行ってこようか?」
「そんなことしたら佐久間さんの印象が悪くなっちゃいますよ! 僕のせいで佐久間さんが悪口を言う人間扱いされるのは嫌です!」
「俺は月嶋君の為ならいいけどね。で、どうする日程?」
「ちょっと保留で。今すぐには難しいです」と言いながら春人は弁当の蓋を開け、息をのんだ。
「了解……うわっ、すごっ」
──ガチャンッ!!
弁当の中身を見た佐久間の反応に、春人は蓋を思い切り閉める。
「え? 何これ……えっ?」
もう一度覗く。ピンクが見えた。
「ミラーさんの愛だね」
「ううううアルバート……」
2段目はおかず。ここは問題ない。卵焼きにウインナー(しかもタコさんだ)、サラダに、唐揚げ、グラタンまで入っている。問題は蓋を開けてすぐの1段目だ。
「綺麗なハートだね」
「そうですね」
桜デンプンで綺麗に描かれたハートだった。
ツンツンと箸でハートをつつきパクッと大きな口でアルバートの愛を放りこんだ。
「愛情のお味はどう?」
「驚愕で味なんてわからないです」
「ミラーさん残念」
勿論帰宅後すぐに問い詰めた。
「ただいま」
「おかえり。もうご飯出来ているよ」
玄関の扉を開けた瞬間、良い香りが鼻をくすぐりお腹が鳴る。
「良い返事だ。着替えておいで」
「うん! 晩御飯なに?」
「鮭ときのこのソテーと、野菜スープ、デザートにスコーンがある」
「本場のスコーンだ! 楽しみ、じゃなくて! アルバート!」
急に声を荒げた春人にアルバートは不思議そうな顔で振り向く。
「お弁当!」
「不味かったのか?」
「ううん。とても美味しかったありがとう! あの卵焼きフワフワしてた! どうやって作ってるの?」
「あれはだな……」
結局、アルバートの卵焼きの作り方に感服し、ハートのデコレーションの話は忘れられ、晩御飯を迎えてしまう。
ほぐした鮭は柔らかく、噛めば噛むほど味が出る。そこに香り高いきのこが口内で広がり鮭が無くなってもきのこが触感と香りで食べるものを楽しませてくれる。野菜スープは彩のバランスが絶妙で食べる前からワクワクしてしまった。よく煮込んである野菜たちはとろりとしていて、スープが飲み物である前提を邪魔しない。
「染みるうう」
とおっさんの様な感想を述べ、春人は一口また一口と口に運んだ。そして最後の一欠片のサーモンピンクでようやくアレを思い出した。
「お弁当の事なんだけどさ。ハートのあれは何?」
「桜デンプンというやつだ。まさか残したのか? 食べられるそうだよ」
「そうじゃありません! どうしてハートにしたの?」
「仲の良い夫婦のランチはああいうものだと書いてあった」
「いや、間違ってはないけど。んー、あれはとてつもなく愛し合っている夫婦がするの!」
「夫婦ではないから違うと?」
「そこじゃない! 恋人でもすると思う! でもあれはめっっっちゃくちゃ仲のいい人達がするの!」
「私たちも十分愛し合っていると思うが? それともまだ足りないという事か?」
アルバートが春人の横に座る。
そして腰に手をあてがい引き寄せた。
「あと、どれだけ君を想えばあのランチの領域に達せるのだ?」
「かっこいいようでその台詞おかしいよ! あーもう、えーと……だから……」
結局春人の説明では納得できず、アルバートはスマートフォンで答えを探した。
「なるほど。つまり愛情表現は見せびらかすものでなく、二人きりでこっそり楽しみたい。そういうことだな?」
「う、うん……たぶん」
「確かに私も春人を人様にじろじろ見られるよりは家でこっそり愛でたい」
「それはちょっと違うかも。アル、なんかイギリスに帰って変態度増した?」
「増していない。とりあえず明日からは普通の内容に変更しよう。何かリクエストはあるかい?」
「卵焼きは絶対欲しい! というか、僕の家、玉子焼き器なんてないよね?」
「分かった。フライパンの上で巻いた。なかなか巻くのが難しかったが、あれが日本のおかずの定番と書いてあったから是非入れたかったのだ」
「すごっ。わざわざ調べてくれたんだ」
「文明の利器だよ。直ぐに分かる」
指で挟んだスマートフォンを春人の前でぶら下げる。
丁度メッセージを受信し、画面が光る。
「えっ?」
「ん?」
目を丸くして固まった春人。その視線の先にはスマートフォン。アルバートは「おっと」と言ってポケットにしまった。
春人がその手を掴む。
「何その待ち受け!」
「マチウケ?」
「すっ呆けないで!」
あまりの剣幕に観念したアルバートが、スマートフォンを出す。
しかし悪びれる様子もなく画面を春人に向けた。
「何で僕の寝顔なの?!」
「私用の携帯だから問題ない」
「そうじゃなくて! そんなのいつ撮ったの?」
「確か帰国する前だ。君が気持ちよくなって眠ってしまった後だよ」
持ち主から奪い取り画面を確認する。
画面いっぱいの春人の寝顔、そして少しだけ映る肩は肌色だ。
「バレちゃうよ!」
「これを見てそう思う人はいないよ」
「いや、でも男の裸なんて!」
「言われないと分からないだろ?」
「っていうか、何で僕なの?!」
「離れて会えないのだ。これくらい勘弁してくれ。」
そう言われると何も言えない。
「この写真が一番好きなのだ。私と愛し合った後に幸せそうな顔をして寝ている君がね」
最後の駄目押し。
そのような事ををサラッと言われたらますます何も言えない。
一度はあきらめたように眉を下げた春人だったが、直ぐに目つきが鋭くなる。
「まって……一番? まだ何か持ってるの?!」
「さぁ、どうだろうね」
「見せて!」
この後、中を見ようと躍起になるが、背の高い彼に適うわけもなく、他にどんな写真があるかは分からなかった。
それどころかもみくちゃになりながらベッドにアルバートを押し倒したのに「そういえばまだ君を抱いていなかった。あのランチに見合うだけ、いやそれ以上愛してあげるよ」と逆に春人が追い込まれる形となった。
0
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
【完結】 男達の性宴
蔵屋
BL
僕が通う高校の学校医望月先生に
今夜8時に来るよう、青山のホテルに
誘われた。
ホテルに来れば会場に案内すると
言われ、会場案内図を渡された。
高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を
早くも社会人扱いする両親。
僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、
東京へ飛ばして行った。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
Take On Me
マン太
BL
親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。
初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。
岳とも次第に打ち解ける様になり…。
軽いノリのお話しを目指しています。
※BLに分類していますが軽めです。
※他サイトへも掲載しています。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる