こいじまい。 -Ep.the British-

ベンジャミン・スミス

文字の大きさ
105 / 112
番外編

番外編1 婿取りアルバート②

しおりを挟む
 年が明け、名残惜しく炬燵から出たアルバートは春人の家を出て、駅へ向かった。

「あけましておめでとう、アルバート!」

 暖冬で簡素な防寒をした村崎が手を上げ挨拶をした。

「おめでとう村崎さん。今年もよろしく」
「よろしくな! じゃ、行くか。お祝いの件、これでいいんだよな?」
「ああ」

 事前にお祝いを決めていた二人。村崎の手にはオムツが三袋。それとは別に御祝儀も用意して二人は赤澤の家へと向かった。

「持つよ」

 アルバートは渋る村崎の手からオムツを二袋受け取った。

「大荷物になるのにありがとう」
「いやいや、何だかんだ言って、買ってきたのは嫁さんだしな。俺も育児より仕事だったからなー、育児用品はさっぱりだ。時代は変わったな……いや、お前ら二人が変えたんだな」

 微笑む村崎は、育児休暇取得の為の会議を思い出し、労いの意を込めた。

「すごいよ、ほんと」
「これからも変わることを願うよ」
「そうだな。っていうか、俺ら二人だと話が真面目になってしまうな!」
「ああ。赤澤さんに会えるのが楽しみだ」

 愉快な同期に久しぶりに会える気持ちをはやらせ、二人は足を早めた。



            *



「よお! 元気か? あっ、あけましておめでとうか! おめでとーさん! 今年もよろしくな!」

 相変わらず元気な赤澤は元気さに柔らかさが加わっていた。それを見て、二人は「父親の顔になったな」と率直に思った。
 子どもの顔を見て、お祝いの品を渡した後、リビングで久しぶりに揃った三人の時間を楽しむ。

「そういえば経理の男性社員が育児休暇をとるそうだ。2週間と短いが、君のおかげだな」

 アルバートの報告に、赤澤は照れたように笑い、アルバートを労った。

「お前のおかげでもあるだろ。大丈夫だったか? やっぱり偏見があるやつもいるから……俺はそれが心配で。村崎のやつも「大丈夫」しか言わねーし」

 ちらりと視線を送られた村崎は「問題ないぞ、会議も至って普通に進行した」と平気で嘘をついた。

「でもあの古狸が黙っていないだろ」

 古狸こと化学事業部の田中部長は赤澤の育児休暇に勿論噛み付いたが、今となっては昔の話のように感じる。
二人は赤澤にその事を隠しながら、幸せ絶頂しかし困難だらけの育児について質問攻めにした。

「そうなんだよ。上手くゲップが出せなくてよー」

 赤澤の悩みに答えたのは……

「出やすい向きが赤子によって違うのかもしれないな」

 アルバートだった。子育てなど無縁の彼が答えたことに、赤澤と村崎は目を瞬いた。それに気づいたアルバートが補足をする。

「17歳年下の弟がいるのだ。私も世話をしたから、少しなら分かる」

 村崎が首を傾げる。

「ってことは俺より先に父だったのか」
「ちょっと違うが、そういうことになるかな。しかし君たちのように責任が多くのしかかる立場ではない。親ではないから躾など皆無で甘やかしてしまったよ」

 感心する村崎の横で、赤澤が何かに気がついた。

「お前、弟と同じ歳の恋人がいるってことか?」
「そうだな」

 凄いものを見るような視線を無視し、アルバートは出されたコーヒーに口をつけた。

「そういや、月嶋は元気にしてんのか? お前が忙しくていじけてんじゃねーのか?」
「彼はよき理解者だよ。上手くやってる」
「今は実家か?」
「いや、こっちにいるよ」

 春人の実家の話が出たことで、赤澤にある疑問が浮上する。

「お前らの両親は知ってんのか。お前らのこと」

 傍から見れば、不躾な質問にも見える。しかし赤澤はどの人物にどの質問まで聞いて大丈夫かきちんと理解している男だ。慎重な村崎が敬遠していた質問を素直にぶつけた。勿論、赤澤はこれはアルバートにとってセーフな質問だと承知の上だ。

「私の家族は知っている。春人にも会わせた。関係も良好だ。春人の両親とはまだ一度も会ったことは無いし、話も出ない」

 アルバートはコーヒーの湖面を震わせた。「家族構成もよく分からないな」と春人に聞いた事のない質問をビターなそこに乗せる。ほろ苦いそれは……

──交際反対の味がする

 話を進めるのを躊躇う村崎に代わり、赤澤が切り込む。

「でも、いつか会う事にはなるだろ」
「……そうだな。その時が来ればいくつか策は考えてある」
「どんな?」
「挨拶の仕方とか。反対された時の防衛とか」
「防衛? 日本語おかしくないか?」
「いや防衛だ。日本のその手の挨拶は怪我をするのだろ? そうだ、実はずっと疑問に思っていたことがあって二人に尋ねたいと思っていた。あとで聞かせてほしい」

 赤澤と村崎は首を傾げた。

「とりあえずやってみるか?」

 赤澤が村崎の袖を引っ張り横に座らせた。炬燵を挟み、二人の目の前に座るアルバートが「何を?」と疑問を投げかける。

「恋人の家に挨拶に行く練習だよ。どう転がったら怪我するのか分かんねーけど、百聞は一見に如かずだ。とりあえず村崎が父親役な」
「どうして俺なんだ」
「だって俺の息子より、お前の娘の方が先に結婚する可能性が高いだろ」

 村崎の目尻が悲しげに下がった。久しぶりに見る父親の顔にアルバートは「よろしく頼む」とお願いした。



しおりを挟む
感想 26

あなたにおすすめの小説

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。 漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。 陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。 漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。 漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。 養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。 陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。 漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。 仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。 沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。 日本の漁師の多くがこの形態なのだ。 沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。 遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。 内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。 漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。 出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。 休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。 個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。 漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。 専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。 資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。 漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。 食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。 地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。 この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。 もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。 翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。 この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

処理中です...