119 / 133
ラーズの場合
その5
しおりを挟む「ところでシェイドよ、逆にお前は今時間が取れるか?」
トロール王が黒衣の青年へと質問を投げる。
「なんだ、お前がそんな事言い出すとは、珍しいな。何かあったか?」
青年に問われて、トロール王がどこか楽しそうな顔をした…気がした。
「今まで我はただ一人で、真摯に鍛錬を続けてきた。だが今、目の前の兵士達を教えるにあたり、思いもしなかった数多の気付きを得たのだ」
「…ほう?」
トロール王は更に言葉に熱を込めて、青年に語る。
「自分では当然と思っていた事が、あの者達には当然ではない。それが何なのかと考える事により、今まで気付けないものが見えるのだと、初めて理解した」
トロール王は、少し離れたところで修練を続ける兵士をじっと見る。
「それは他者からすれば些細な事なのかもしれんが、我にとっては大きな気付きになる」
「…つまり、その気付きの試しをさせろ───そういう事だな?」
トロール王は何も言わずに小さく頷くと、壁に立てかけてあった大きな木剣を手に取り、すこし離れた場所にある模擬戦用の広場へと進み、青年は「…仕方ないか」とその後に続く。
「皆!。トロール王とシェイド殿が手合わせをするぞ!。集まれっ!!」
兵士達の前で弁を振るっていた老騎士が、誰よりも早く広場の脇に陣取ると、訓練中の兵士達へと声をかけた。
言われた兵士達も足元に剣を置き、少しでも見やすい良い場所を取ろうと我先にとやってくる。
少し離れたところに居る職務中の見張りの兵士は、配置場所を離れれない悔しさをにじませながら、少しでも目に焼き付けようとこちらを見ている。
そんな急な雰囲気に、ラーズは良く分からないまま、広場の横に立つ。
「…で、俺はどーすればいい?」
青年が面倒さを隠す事なくにトロール王に問う。
「我が攻めるので、暫く受けてもらってもよいか?」
不死王は「…わかった」とだけ言うと、拳を軽く握り身構えた。
突然トロール王がその巨体ではあり得ない速度で滑るように移動した。
そして構えている青年へと、踏み込んでは斬撃を放ってゆく。
対する青年は言われたように、飄々とその剣を回避する。
そんな風にお互い被弾する事もなく続いていた動きが、乾いたバキっという音と共に止まる。
暫く宙をくるくると舞っていたそれが広場にグサリと刺さった。
それは、トロール王の持っていた木剣の刃の部分だった。
息すら止め、一瞬も見逃すまいと見ていた兵士達がブハッと息を吐く。
そして2人へと「ありがとうございました!」を礼を述べると、また訓練場へと戻ってゆく。
老騎士はさっき見た動きを反芻する様に、手にした剣を「…こうか?」と振ってみたりしていた。
「シェイドよ、我が剣はどうであったか?」
剣を折られながらも、トロール王はどこか満足気に青年に話しかける。
「最後の一撃…殴らねば当たる予感はあったな。なんだあれは?」
「そうか。まだ我にも伸びしろが残っていたようだ…ふふふ」
トロール王は答えず、満足そうにさっきまでいた広場の端へと戻る。
青年がその後を「…それ以上強くなっても仕方あるまい?」とぼやきながら着いてゆく。
(…なんだ、あれ。あんなの人の出来る動きじゃないだろう!?)
トロール王のあの巨体から放たれる、流れる様に美しい斬撃と足さばき。
相対した青年の飄々とした回避と、斬撃を打撃するという無茶苦茶な実力。
それでいて二人とも息ひとつ切らさず、まるで散歩をしたくらいの感じにしか見えない。
(…あれが、本当の実力者っていうものなんだな)
ラーズは頂上すら全く見えない途方もない山を見た、そんな感想を持っていた。
でもそれは決して絶望ではなく、自分でもその山を登れるかもしれないという希望にあふれたものだった。
「───では少年よ、こちらに来たい時はこの証を門番へと見せるのだ。こちらへと案内してもらえる様、城の方には伝えておこう」
トロール王がラーズへと証の付けられた首飾りを渡す。
「ありがとうございます、ブラッドウッド王!」
ラーズは深々と頭を下げ、その証を受け取る。
「…あまり遅くなる前に戻るぞ。女達が先に待ってたら、何言われるか分からんぞ?」
先行する青年がラーズへと顔を向け、声をかける。
「それでは、失礼します!」
ラーズは再度トロール王へと頭を下げ、青年の後を追って走っていった。
トロール王はまた一人、自分の剣を学んでくれる若者が増えた事に、満足そうに微笑むのだった。
20
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢は手加減無しに復讐する
田舎の沼
恋愛
公爵令嬢イザベラ・フォックストーンは、王太子アレクサンドルの婚約者として完璧な人生を送っていたはずだった。しかし、華やかな誕生日パーティーで突然の婚約破棄を宣告される。
理由は、聖女の力を持つ男爵令嬢エマ・リンドンへの愛。イザベラは「嫉妬深く陰険な悪役令嬢」として糾弾され、名誉を失う。
婚約破棄をされたことで彼女の心の中で何かが弾けた。彼女の心に燃え上がるのは、容赦のない復讐の炎。フォックストーン家の膨大なネットワークと経済力を武器に、裏切り者たちを次々と追い詰めていく。アレクサンドルとエマの秘密を暴き、貴族社会を揺るがす陰謀を巡らせ、手加減なしの報復を繰り広げる。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
この野菜は悪役令嬢がつくりました!
真鳥カノ
ファンタジー
幼い頃から聖女候補として育った公爵令嬢レティシアは、婚約者である王子から突然、婚約破棄を宣言される。
花や植物に『恵み』を与えるはずの聖女なのに、何故か花を枯らしてしまったレティシアは「偽聖女」とまで呼ばれ、どん底に落ちる。
だけどレティシアの力には秘密があって……?
せっかくだからのんびり花や野菜でも育てようとするレティシアは、どこでもやらかす……!
レティシアの力を巡って動き出す陰謀……?
色々起こっているけれど、私は今日も野菜を作ったり食べたり忙しい!
毎日2〜3回更新予定
だいたい6時30分、昼12時頃、18時頃のどこかで更新します!
ゲーム未登場の性格最悪な悪役令嬢に転生したら推しの妻だったので、人生の恩人である推しには離婚して私以外と結婚してもらいます!
クナリ
ファンタジー
江藤樹里は、かつて画家になることを夢見ていた二十七歳の女性。
ある日気がつくと、彼女は大好きな乙女ゲームであるハイグランド・シンフォニーの世界へ転生していた。
しかし彼女が転生したのは、ヘビーユーザーであるはずの自分さえ知らない、ユーフィニアという女性。
ユーフィニアがどこの誰なのかが分からないまま戸惑う樹里の前に、ユーフィニアに仕えているメイドや、樹里がゲーム内で最も推しているキャラであり、どん底にいたときの自分の心を救ってくれたリルベオラスらが現れる。
そして樹里は、絶世の美貌を持ちながらもハイグラの世界では稀代の悪女とされているユーフィニアの実情を知っていく。
国政にまで影響をもたらすほどの悪名を持つユーフィニアを、最愛の恩人であるリルベオラスの妻でいさせるわけにはいかない。
樹里は、ゲーム未登場ながら圧倒的なアクの強さを持つユーフィニアをリルベオラスから引き離すべく、離婚を目指して動き始めた。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】初恋の彼が忘れられないまま王太子妃の最有力候補になっていた私は、今日もその彼に憎まれ嫌われています
Rohdea
恋愛
───私はかつてとっても大切で一生分とも思える恋をした。
その恋は、あの日……私のせいでボロボロに砕け壊れてしまったけれど。
だけど、あなたが私を憎みどんなに嫌っていても、それでも私はあなたの事が忘れられなかった──
公爵令嬢のエリーシャは、
この国の王太子、アラン殿下の婚約者となる未来の王太子妃の最有力候補と呼ばれていた。
エリーシャが婚約者候補の1人に選ばれてから、3年。
ようやく、ようやく殿下の婚約者……つまり未来の王太子妃が決定する時がやって来た。
(やっと、この日が……!)
待ちに待った発表の時!
あの日から長かった。でも、これで私は……やっと解放される。
憎まれ嫌われてしまったけれど、
これからは“彼”への想いを胸に秘めてひっそりと生きて行こう。
…………そう思っていたのに。
とある“冤罪”を着せられたせいで、
ひっそりどころか再び“彼”との関わりが増えていく事に──
転生『悪役』公爵令嬢はやり直し人生で楽隠居を目指す
RINFAM
ファンタジー
なんの罰ゲームだ、これ!!!!
あああああ!!!
本当ならあと数年で年金ライフが送れたはずなのに!!
そのために国民年金の他に利率のいい個人年金も掛け、さらに少ない給料の中からちまちまと老後の生活費を貯めてきたと言うのに!!!!
一銭も貰えないまま人生終わるだなんて、あんまりです神様仏様あああ!!
かくなる上はこのやり直し転生人生で、前世以上に楽して暮らせる隠居生活を手に入れなければ。
年金受給前に死んでしまった『心は常に18歳』な享年62歳の初老女『成瀬裕子』はある日突然死しファンタジー世界で公爵令嬢に転生!!しかし、数年後に待っていた年金生活を夢見ていた彼女は、やり直し人生で再び若いままでの楽隠居生活を目指すことに。
4コマ漫画版もあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる