アルラウネの防人

来星馬玲

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SCENE3 秘色の女

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 男の上へ馬乗りになった女の秘部へ挿入されたペニスが、ぬるぬるとした柔肉の最深部へ滑り込むようにして潜り、根元が亀裂に密着した。成熟した女の肉体でありながら、あらゆる部分が赤子のような瑞々しい滑らかさを備えており、男は全身で以て至福の快感を享受していた。

 女に抱きしめられ、豊満な肉体が押し付けられる。巨大な乳房が男の固い胸板の上でバネのように弾んでいる。男はその乳房の弾力を肌で感じているうちに、心の奥底から、より純粋で根源的な欲望が湧水のようにせり上がってきた。

「あう……あう……あうぅ」

 大の男の発するものとしてはまるでそぐわない、精神年齢が著しく逆行したかのような喘ぎ声。男が本能的に欲している欲求を知り尽くしている女は、小悪魔的な微笑で応えた。

 男が強靭な腹筋で上体を起こし、覆いかぶさっていた女体を逆に押し倒す。男のだらしなく開かれた口からは、糸を引いた涎がだらだらと垂れ落ち、女の神秘的な肉体を汚した。それでも、女は嫌な顔一つせず、その繊細な喉から鈴を鳴らすような音色をくぐもらせ、男の求めを受け入れる姿勢を見せた。

 男が女の肩に手を回し、顔面を乳房に押し付ける。勃起した乳首に舌をまとわりつかせ、乳輪ごとしゃぶりつくすようにして吸い付いた。



「ん……ふうぅぅぅぅ」

 女は全身をリラックスさせるように大きく深呼吸をすると、只管に乳房を貪り続けている男の頭を、まるで我が子をあやすように優しく撫でてやる。女の滑らかな手の感触を後頭部に感じる度に、男の歓喜はより煽情的な昂揚感で満たされた。

「はぁ……あふ、あふ」

 盛りのついた犬のように息を切らせ、乳房に歯を立てる。すると、白濁した乳汁が勢いよく噴き出し、男の口内に流れ込んできた。

 上質なミルクのように味わい深い液体が、男の味覚を刺激し、喉を潤す。仄かな甘みが懐旧の念を抱かせる。

 ただ、少し草っぽい芳香が鼻孔の奥に入り込んだ時、男の脳内に電流に似た刺激が迸り、意識が刹那的な明滅を繰り返した。

(うん……?)

 意識を曇らせていた靄が晴れていく感覚。見ると、己とまぐわっている女体が周囲の草の色と同化して見える。

(なんだ……?)

 冷静な思考が、母子の如き男女の営みに没頭する妄念に無粋な冷や水を投げかけた。

 地続きの国境線の付近で全裸の女と出会いがしらに抱き合い、性交している。それだけでも異常な状況と言えたが、相手の姿がそれまで意識下に張り付いていた憧憬というベールをはがして見ると、女の異様な姿が垣間見えたのである。

「う……ぐっ」

 喘ぐ男は、朧げな女の姿をその目に焼きつけようと、視力に意識を集中させる。

 夕日の逆行を浴びた毛髪が、真紅の光沢を放ちながら、風に逆らった異様な揺らめきを見せている。男が食らいついている人の頭よりも大きなバストは青磁の如き薄緑色をしており、さながら巨大な果肉の汁を吸っているような感覚だ。

 男の理性を敏感に感じ取ったのであろうか、女は少し目を細めると、黄金色の眼光で男の網膜を突いた。相手の深層心理に直接差し入ってくるような鋭い一閃。

(人間じゃない……)

 当然の感想だろう。このような場所を徘徊し、迷い込んだ男を妖艶な魅力で篭絡する女が、人であるはずもない。男は誘惑から逃れようと、乳房から口を離した。

 しかし……。

(ダメだ……もう……)

 怒張した肉棒は収束する膣肉によって締め付けられ、女陰の最深部へとがっちりと固定されている。一気に上り詰めてくる快感の奔流を堰き止めるだけの余力は残されておらず、限界の瞬間が差し迫っていた。

 女は逃れようと身もだえする男の両手をがっしりと抑えた。互いの指が絡み合い、男女の睦み合いに興じる者たちの結合をより深いものにした。

 女はあくまで男の欲望の全てを、子宮の深みへ誘おうとしているのだろう。女が精を欲する性急さは、男の射精感と共に加速していく。

(来る……!)

 猛り狂う獣欲が最後の堰を突き破った。精液がドクン、ドクンと膣内になだれ込み、数多の子種が母なる深部へと飲み込まれていった。

「あーあッあッあぁぁ!」

 それは、男が初めて耳にする、人ならざる者の歓喜の嬌声。男はもはやどうにでもなれと言わんばかり豊満な女体を力いっぱい抱きしめ、精の最後の一滴までも注ぎ込んでやろうと猛る肉棒を激しく打ち付けた。

 女も男を抱き返し、唇に吸い付いてきた。精液だけではなく、男の唾液までも欲しているかのように、舌のうねりが喉奥をかき回す。

 射精が終わっても、男女は完璧な一体感の中で恍惚とした至福を甘受している。黄昏の赤光が結合する二人の肉体を鮮やかに照らしていた。

 恍惚とした表情のまま口を半開きにしている男。その唇の端から流れ出ている唾液を、女が丹念に舐めている。汚れてしまった子供の顔を繕ってやっているようだった。

 奇妙なくらい滑らかな舌触りの感触を味わっているうちに、徐々に男の理性が戻ってきた。

 男ははっとなり、それまで抱き合っていた女を突き飛ばす。尻もちをついた女が、立ち上がる男の姿を見上げる。

(こいつは……知っている)

 秘色の肌を持つ魔性の女。このあやかしには過去に遭遇し、ある関係をもったことがある。男は剣の柄に手をかけた。

(アルラウネだ……!)

 アルラウネ。秘色の魔女として知られる怪異の存在は、密林の奥深くへ人を誘い込み、その体液――多くの場合は男性の精を吸い取り、廃人になるまで食らい尽くすと伝えられている。

(化け物)

 男は剣を引き抜いた。眼前の妖艶なる魔女に切っ先を向ける。女――アルラウネは、男の鬼気迫る様子を前にしても臆することなく、ただ何か不思議なものを見る目で見据えている。

「殺してやる」

 男はそう言ったが、女の穏やかな表情を目の当たりにしているうちに、柄を握る己の手が震えていることに気付く。

(迷っている……?)

 その男にとって、あまりにも魅力的な女性。そして何よりも、男の欲望の全てを受け入れてくれる彼女包容力が、忘れかけていた遠い記憶の果てから、掛け替えのない想い出を呼び覚ましてくれた。

「…………」

 男は剣を下ろした。そして、相手を傷つけ、一時でも命を奪おうとした己の考えを恥じ、地面に放りなげる。川辺の意思に当たった刃が、ガシャンと音を立てた。

 この場にいる二人の内、片方は人間社会から唾棄すべき醜悪な欠陥と見なされ、排他されるべき咎人。もう片方は、ただ純粋無垢な感情の赴くままに、男の拠り所になってくれた美貌の母性。

 男にとって、生き残るに相応しい方は明白だった。男の心の中に、諦念に似た感情が渦巻く。

(……精を吸われ尽くして、死んでしまってもいい。それでも、おれは……)

 男は、女の下腹部を見つめた。その中に――人と同じ器官である保証はないが――男の子種がたくさん詰まっている。命の源が……。

 種を残すのが男の役割ならば、女はその種を育み、血脈に命を与える業を背負っている。ならば、男は女の為に尽力し、必要であれば、女が生き延びる為に男は死ななければならない。その信念が、男の忘れかけていた哲学だった。

 しかし、現実はどうだ。男は先ほど投げ捨てた剣を見つめる。

 その剣ではないが、男は過去に国の命令に従って、殺戮の刃で数多の命を奪ってきた。その中には、無抵抗で殺された女子供だっている。

(国の命令だからだと? いや、違う……)

 逆らおうと思えば逆らえたはずだ。現にこうして罪人として追われる身になったのも、ようやく逆らう決心をしたからに他ならない。

 その長く続いた逡巡のせいで、どれだけの命が奪われていったのだろう。想像を絶する重みが、男の意思を押しつぶす勢いで伸し掛かってきた。

 男はこれまで、自分一人だけでも生き延びようと必死になって走り続けてきた。だが、もう終わりにしよう――男はそう決心した。

 脱力し、その場に座り込む男。秘色の女……アルラウネはすっと立ち上がると、そんな男の方へ、ゆったりとした動作で歩み寄ってきた。

 もし、望めるなら――男は思う。あの甘美な体験の中で息絶えるのが、何よりも代えがたい幸福だろう。

 アルラウネは男のすぐ傍でぴたりと立ち止まった。そして、何を思ったのか――。

(う……?)

 優しく撫でる慈しみの手。そこには、相手の生命を吸い尽くそうなどという悪意は微塵も感じられず、ただただ溢れるばかりの母性が満ちていた。

 男は口の端に塩の味を感じる。それは、己の涙だった。男は泣いているのだ。

 途端、ある衝動が男の意識の中枢をせり上がってきた。

「お母さん!」

 男は叫び、アルラウネの豊満な女体に抱き着いた。そして、またあの乳房にしゃぶりつく。神秘の泌乳が、男の童心を呼び覚ました。

 自分はその女性から与えられる存在だった。幼児の頃にまで退行した意識の中で、辛うじて導き出された結論であった。
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