冥土神楽

来星馬玲

文字の大きさ
3 / 3

奇妙な訪問者

しおりを挟む
 「ごめんくださーい」

 玄関の引き戸の隣に後付けで備えられているチャイムを鳴らすだけでは飽き足らず、大きな声で呼びかける、一人の若い女性。

 すぐに応対が無かったので、彼女は再度声をかけようかと逡巡するも、内部から「はいはーい、ただいま~」という返答が聞こえてきたので、踏み止まった。

 引き戸がガラガラと音を立てて開かれ、和服の上にエプロンドレスを羽織った夜美子が、この唐突に現れた客人を出迎える。

「いらっしゃいませ……えーと……」

 夜美子の眼前に居るのは、全く面識のない相手だった。

 髪は肩にギリギリ届かない辺りで揃えられたミディアムヘア。衣装は機能性を重視したメンズ向けのワイシャツ姿であったが、その身体つきは幾分女らしさがあり、ふちの丸い眼鏡が微かな光沢を放っていた。

 それに加えて、物の詰まっているリュックサックを背負っており、両脇にも二つのカバンが置かれている。何やら、わざわざ遠くから来たと思しき雰囲気があった。

「私はきりさまにお仕えしている、昏木くらき夜美子よみこと申します。……失礼ですが、お客様はどういったご用件で?」

 夜美子から尋ねられ、客人は少し困惑気味に視線を彷徨わせる。夜美子は相手の出方を窺いながらも、自然な笑みで、それとなく催促していた。

「あのー。実は、宿を探しているんですけど」

「宿……でございますか」

 客人の発言に、少し首をかしげて見せる夜美子。夜美子の様子を見て、相手が訝しむ。

「近所の人から聞いたんですけど、こちらが美玉みたま旅館で、あっているんですよね?」

「旅館……ああ、なるほど、なるほど」

 事情を理解したらしい夜美子であったが、両手をパンパンパンと打ち合わせるという大げさな仕草をしたため、客人は呆気にとられた様子で目を丸くしてしまう。

「こんなところで立ち話もなんですから。さささ、どうぞ、お上がりください」



「お客さん? 旅館の?」

 素っ頓狂な声をあげた熙彦は、夜美子によって案内されるがままに部屋の中へ入ってきた相手の女性を、まじまじと見つめる。直視されたその女性が恥ずかしそうに視線を眼鏡の下に伏せたので、熙彦てるひこはどぎまぎとしてしまう。

「あのですね……ここは確かに、以前は旅館だったんですけど、今はやっていないんですよ」

 熙彦から告げられた事実に、客人は「ええっ?」と驚きの声。

「でも、近くに住んでいる人が仕切りに勧めながら、こちらへ案内してくれたんですよ。それに、そっちの方も……」

 客人が狐につままれたような面持ちで傍らにいる夜美子を見たが、夜美子は相変わらずの笑み。

「二年ほど前までは、この旅館も開いていました。でも、経営者だった私の祖父が体調を崩してからは続けられなくなりまして……その祖父も半年くらい前に亡くなって、それ以来、ここが旅館として使われたことはありません」

「はあ……そうなんですか」

 熙彦の説明に対して、客人はあからさまに落胆した様子だった。

「どうやら、お客様が尋ねた方は、この旅館が続いていると思っていたみたいですね。それもこれも、旦那さまがご近所の方々とあまりお付き合いしていないから、皆様が、把握されていないのですよ」

 夜美子が「むふふっ」と妙な含み笑いをする。

「よみちゃん……」

 熙彦は呆れ顔だった。

「でも、困ったな。地図にも旅館はここしか載っていなかったし。……あの、それなら、どこか、他に宿を知りませんか?」

 客人がそう聞いてきたが、熙彦はどう答えたら良いものかと思案する。

(ぼくもあまり知らないんだよなぁ……でも、アパートならどこかにあった気がするし、一緒に探してあげたら良いかな)

 よし、と提案を口にしようとする熙彦であったが、これは思い通りにはいかず、ここで遮るのが夜美子。

「大丈夫ですよ。こちらにお泊めしても」

 夜美子の発言の意図がすぐには呑み込めず、熙彦は口を半開きにしたまま、魚のように見開いた目で、このまるで掴みどころのない同居人を凝視した。

「えっ。本当ですか」

 客人の顔がぱっと明るくなった。

「ええ。お見受けしたところ、お客様は大分遠方からおいでなさったご様子。玄関に置いてあるお荷物もたくさんありましたし、今から他所まで運ぶのも大変でございましょう。それなら、こちらへお泊めした方が良いかと存じます。幸い、部屋ならいくらでも余っておりますゆえ……」

「それは助かります! 是非、泊めさせてください」

「え……いや、でも」

 客人が子供のように肩をブンブン震わせてまで嬉しさを表現してきたので、熙彦は断ろうにも断れず、途方に暮れてしまう。

 そんな熙彦の耳元で、夜美子が小声でそっと語り掛けてくる。

「どうかご安心を。当館はいつでもお客様が宿泊できるよう、私がちゃんと管理しておりましたので」

「そう言われてもなぁ……」

「決して、旦那さまに恥をかかせたりなどは致しませぬ」

 両者のやり取りを知ってか知らずか、客人はにこにこしながら手を差し出してきた。

「どうかよろしくお願いしますね」

 妙なくらいなれなれしい女性に対する接し方が分からずにいた熙彦であったが、相手に促されるままに、握手を返していた。

「じゃあ、まあ……宜しくお願いします。えーと……」

 熙彦の口ごもる様子に、はっとなる客人。

「あっ。申し遅れました。わたし、ひのきたくみ、と申します。はい、こちら名刺」

 客人はそう言うと、懐から一枚の名刺を取り出し、熙彦に渡す。

檜田ひのきた久水くみ……学者?)

 名刺の肩書と、眼前の若くはつらつとした女性を交互に見比べる熙彦。

(とてもそうは見えないけどなぁ……)

 敢えて言及するとしたら、眼鏡が多少の知性を感じさせたりはするが、雰囲気で言えば、女子学生のそれに近いものだった。

「では、改めまして宜しくお願い致します、久水様」

「はい、夜美子さん」

 手を取り合う、夜美子と久水。そのままランランランと踊り出しはしないかと思わせる雰囲気。

(何で、こんなに仲良くなってるんだ……?)

 両者の距離の近さに理解が及ばず、熙彦は口をぽかんと開けたまま、二人を見守っていた。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

せんせいとおばさん

悠生ゆう
恋愛
創作百合 樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。 ※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

ママはヤンママ女子高生! ラン&ジュリー!!

オズ研究所《横須賀ストーリー紅白へ》
キャラ文芸
神崎ランの父親の再婚相手は幼馴染みで女子高生の高原ジュリーだった。 ジュリーは金髪美少女だが、地元では『ワイルドビーナス』の異名を取る有名なヤンキーだった。 学校ではジュリーは、ランを使いっ走りにしていた。 当然のようにアゴで使われたが、ジュリーは十八歳になったら結婚する事を告白した。 同級生のジュリーが結婚するなんて信じられない。 ランは密かにジュリーの事を憧れていたので、失恋した気分だ。 そう言えば、昨夜、ランの父親も再婚すると言っていた。 まさかとは思ったが、ランはジュリーに結婚相手を聞くと、ランの父親だと判明した。  その夜、改めて父親とジュリーのふたりは結婚すると報告された。 こうしてジュリーとの同居が決まった。

煙草屋さんと小説家

男鹿七海
キャラ文芸
※プラトニックな関係のBL要素を含む日常ものです。 商店街の片隅にある小さな煙草屋を営む霧弥。日々の暮らしは静かで穏やかだが、幼馴染であり売れっ子作家の龍二が店を訪れるたびに、心の奥はざわめく。幼馴染としてでも、客としてでもない――その存在は、言葉にできないほど特別だ。 ある日、龍二の周囲に仕事仲間の女性が現れ、霧弥は初めて嫉妬を自覚する。自分の感情を否定しようとしても、触れた手の温もりや視線の距離が、心を正直にさせる。日常の中で少しずつ近づく二人の距離は、言葉ではなく、ささやかな仕草や沈黙に宿る。 そして夜――霧弥の小さな煙草屋で、龍二は初めて自分の想いを口にし、霧弥は返事として告白する。互いの手の温もりと目の奥の真剣さが、これまで言葉にできなかった気持ちを伝える瞬間。静かな日常の向こうに、確かな愛が芽吹く。 小さな煙草屋に灯る、柔らかく温かな恋の物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺様上司に今宵も激しく求められる。

美凪ましろ
恋愛
 鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。  蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。  ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。 「おまえの顔、えっろい」  神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。  ――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。

処理中です...