記憶を失くした冷血皇子を森で拾ったら、のんびりスローライフに波乱フラグが立ちました

初瀬

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第4章

戻る記憶、隠す真実(2)

 小屋を出たローレンツの背を追って、ゼクスは気配を殺してその後ろを歩いた。
 やがて、少し離れた大きな木の下でローレンツが立ち止まった。
 振り返るでもなく、背を向けたまま口を開く。

「……ゼクス」
 硬く鋭い声が夜気を裂いた。

 その一言にゼクスの背筋がわずかに強ばる。
 凍て付くような氷青の瞳が月明かりの下、真っ直ぐに彼を射抜いていた。
 ゼクスは反射的に身を翻し、片膝を付いて頭を垂れる。

「ルドレンツ(ローレンツ)殿下…! 記憶が戻られたのですね。それは何よりです」
 ゼクスの声は思わず掠れ、しかし安堵と緊張がないまぜになっていた。
 張り詰めた空気が夜の森に静かに染み渡る。

「――例の物は、確保したか」
 ローレンツの声が重く響いた。

「はい。見つけました。署名も印章も揃っています。こちらに」
 ゼクスは衣の内側から書簡の束を取り出し、うやうやしく差し出す。

 ローレンツはそれを受け取り、手早く目を走らせた。

「私が、もう少し早く見つけ出せていれば……」
 ゼクスの声音には、悔いが滲んでいた。
「殿下に怪我を負わせることもなかったはずなのに……」視線を落とし、拳を固く握りしめる。

 焚き火のない闇の中、星明かりだけが紙面をかすかに照らしている。

「気にすることはない。無臭の香に毒が仕込まれているとは私も見抜けなかった」ローレンツは静かに応じる。

 再び書簡の束に視線を落とし、数行を読み進める。
 そして、口の端がわずかに釣り上がった。
「……これで、一手打てるな」

「では、早くここを離れましょう。新たな追っ手が現れるかもしれません」

 その時、家の扉が中から開き、柔らかな灯りが闇を照らした。

 キールが顔を出し、声をかける。
「ローレンツ? ゼクスさんも……そろそろ中に入りませんか?」

 ローレンツの視線はキールの手に巻かれた白い包帯に留まった。
 自分が何者かも分からぬ男を、見返りもなく救おうとした、その痕跡がそこにある。
 ただ記憶を失ったせいで、この少年にすがっているのだと理屈で片付けようとしていた。
 それでも、今は胸の奥から引き寄せられるような思いが湧き上がるのを感じる。
 これが一時の衝動なのか、それとも――。

「では、殿下の私物をまとめ、小屋を出る準備をいたします」
 小さな声でそう伝え、ゼクスは身を乗り出した。
 しかし、ローレンツはすっと顔を上げ、その動きを鋭く遮った。

「ローレンツ、ゼクスさん、どうしたの?」
 動かぬ二人の様子を見て、キールは不思議そうに小首をかしげた。

「お兄さん。今日も一緒に寝ていい?」ローレンツは柔らかな笑みを浮かべて、キールに尋ねた。

「いいよ」キールは優しく微笑みながらうなずいた。


 ゼクスは、まるで世界が音を立てて崩れたかのようにローレンツを見つめた。

(冷徹で隙のない、まるで刃のようだった殿下が……! 記憶が戻ったはずなのに、これは一体どういうことなんだ……!?)
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