一線の越え方

市瀬雪

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一線の越え方

02...想定外【Side:三木直人】

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 深夜のコンビニとは言っても、場所柄か客足が途絶えることは滅多にない。

 ガキの頃によく買い食いに立ち寄っていた、地元のコンビニは23時には閉店していたから、きっとそれだけ暇なんだろうと思っていたのに、

(……眠…)

 込み上げた欠伸を最後まで漏らすことも出来ないまま、閉まったばかりの自動ドアが開くくらいには、今夜だってそれなりに忙しい。

 まぁ、ここは繁華街も近いし、目の前は目の前で夜が更けても車の行き来が止まない、いわゆる幹線道路なんだから、当然と言えば当然だ。
 周辺から通える場所に大学もあるから、下宿してる学生――俺も含めて――だって少なくないし…。

「…いらっしゃいませ」

 開いたドアを潜る客にちらりと目を遣って、お決まりの定型句を口にする。
 入ってきたのは、長身のすらりとした男だった。

 再び込み上げた欠伸をレジカウンターの中で噛み殺しながら、何となく店内を一望すると、

(あれ、今他に客いねーのか)

 今更そんな現状に気付いて、思わず肩から力が抜ける。

 元々夜には強いはずなのに、今夜は何だか妙に眠い。
 視線を落とすと、胸元で揺れる『三木直人』と書かれたネームプレートすら、さながら催眠術の振り子のように思えてくる。

 いや、原因は解かっている。昨夜、期限間近のレポートに追われていた所為だ。
 忘れていたけど、そう言えばここ二日間の睡眠時間はほとんどゼロに近い。

(レジ交代してもらった方がいいかな…)

 深夜のバイトは大体二人で、現在、もう一人はウォークイン――いわゆるドリンク用大型冷蔵庫の中にいる。

 どっちが楽かと言えばレジだったけれど、これだけ眠い時に単調な仕事はちょっとやばい。
 釣りの間違いでもして、苦情が来るのも困るし、それで店長に怒られるのも嫌だし…。

 とは思うものの、仕事を分担する際ジャンケンをして、勝ったのは俺だ。要するに、レジを選んだのは俺自身。
 なのにそれを今更替わって欲しいと言うのも何だか随分勝手なような…。

(……つか、何やってんだよ。早く買って帰れよ…)

 俺は再三に渡って込み上げる欠伸を、今度は思い切り漏らしながら、未だレジに現れない客の姿を店内に探した。

 彼は酒のストッカーの前で立ち止まり、まるで何でもいいみたいに適当にそこら辺の酒を手に取っていた。ウィスキーやらワインやら、それこそ缶ビールやら手当たり次第に…。

(いや、それ寝酒にするには多いだろ)

 そうして、数本のボトルや缶を手に、ようやくレジの前まで来た彼は、それを案外静かに下ろして、

「あとこれも」

 どこに持っていたのか、少しばかりカラフルな箱もその脇にトンと並べて置いた。

 煙草か、それより少し大きいくらいのその箱は、店で商品として扱っているからでなく、さすがに俺だって知っているものだ。

 避妊具。スキン。早い話がコンドーム。

 別に誰が買って行ったって構わないけど…俺は別に関係ないし。
 寧ろ、女連れでもなさそうなのに、前もって買うだけマシじゃんと思わないでもないけれど。

 なんだろ、この、目の前の男の過剰な色気っつーか。
 そのホスト宜しく整った外見の所為なのか知らないけど――。

 とにかく、彼が持ってきたと言うだけで、妙にいかがわしい光景が頭に浮かびそうになる。

(…いや、何考えてんだ。そんな欲求不満か、俺は)

 なんでもない風にレジを通し、どうにか思考を切り替えると、だが今度は別のことが頭を過ぎり、俺は再び手を止めた。

(っていうか、この人、どっかで見たことあるような…?)

 学校の帰りに目に付く工事現場。そこに同じ科の女の子が憧れてる男がいて、先日、望むとも無く遠目に教えて貰った相手が、確か似たような背格好だった気がする。

 もし本当に同一人物だとしたら、この男はこんな外見をしていながら土方仕事してる人ってことか。

 それならまぁ、飲む酒の量も半端なさそうってのもわからないでもないけど、それにしても、凄い量ですね。チャンポンですし。

 と、思わずにはいられない。

 その所為か、出された万札を受け取り、そのお釣りを返す際、

「…こんな飲んだら」

 朝起きれなくなったりしないんですか――。

 と、うっかり口走りそうになって、俺はまたしても内心ひやりとする。

 俺が深夜の客にうっかり営業トークを披露してしまうことは珍しいことでもなかったけど、それは向こうもこっちをいつもの兄ちゃんだと認識してくれているような常連さんに限っての話だ。

 だから、少しばかり動揺してしまった。動揺してしまったから、そしてそう、きっと極度の眠気もあったから、次に出てきた言葉があんな変な方向に行ってしまったんだと思う。

 だってそうでなければ、まさか初めて口を利く相手――しかも単なる店のお客さんに、

「…こんな飲んだら、――勃つもんも勃たなくなりません?」

 なんて、いくらなんでも言えるはずがない。
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