一線の越え方

市瀬雪

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一線の越え方

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「ああ、そうだ。お前が言う通り俺は変態だ。男が相手でもこんなに欲情出来るしな」

 言いながら彼の足に硬くなった自分のものを擦り付けると、直人が怯えたように身を固くする。

「怖いか?」

 直人の怯えを含んだ羞恥の顔が堪らなくて、わざと耳元で囁いた。
 てっきり何らかの罵声が返ってくると思っていたのに……。

「気、持ちも、な……い奴と、んなこと、したくねぇっ! 俺は逸、樹さんのおもちゃじゃ、ない!」

 予想外の言葉が返ってきて、俺は動きを封じられてしまった。

(気持ちもない奴、か……)

 その言葉がグサリと胸に突き刺さった気がして、俺はそれ以上直人をどうこう出来なくなる。

「……ああ、そうだな。おもちゃにするにゃーお前には面白みがなさ過ぎる。止めだ止めだ!」

 そう言って、まるで興味を失くした風を装って、直人の身体から身を起こした。そのまま横にいたらまた押し倒してしまいたい衝動に駆られそうで、俺は彼から距離を置くように立ち上がると、直人を見下ろした。

 その視線の先で、呆然としたようにその場を動けないでいる直人が目に入った。

 はだけたままの胸元と、思わず自覚なく吸ってしまったときに付けたらしい鬱血の痕とを見て、俺は少なからず動揺する。

 それに悟られないよう自分が着ていたブルゾンを乱暴に脱ぐと、直人の身体が隠れるように放った。

「とりあえずそれを着てろ」

 尚も放心状態の直人を残してクローゼットに向かうと、俺は彼に合いそうな服を探した。

「すまなかったな」

 仕事以外で謝るのなんて何年ぶりだろう。

 親戚から送られてきたアルコール度数の高いブランデーをほんの少しグラスに注いで差し出すと、直人は言われるままにそれを口に運んだ。

 まるで、心ここにあらずと言った雰囲気だ。

 まだ目に涙を滲ませたまま視線を合わせようとしない直人に、俺はどうしていいか分からなくなる。

 俺がクローゼットから引っ張り出してきたシャツに黙って着替えた直人を、半ば強引に元の位置に座らせた。そうしてみたものの、この気まずさは計算外だった。

 身づくろいが整ったのだから、呆然とした頭の中でも直人はすぐにでもここを出て行きたいと思っているはずだ。
 それを押し留めているのは、俺が彼の片腕を握っているからに過ぎない。
 その手に、先ほどの恐怖を想起させられるのか、直人は少し震えながらもおとなしく座っていた。

 その様が余りにも痛々しくて――。

「さっきの話だけどな……」

 余りにも彼を傷つけてしまった。
 その直人を見ているのが辛かったからかも知れない。

 俺は思わず直人に「友達にOKだと伝えてくれ」と心にもないことを言ってしまっていた。

「え……?」

 突然思いがけないことを言い始めた俺に、初めて直人が顔を上げた。その表情は胡乱(うろん)げで――。

 そんな彼を信用させるために、俺は連絡先と称して自分の携帯番号を書いたメモまで握らせてしまった。

「後は俺とそいつの問題だ。お前は気にしなくていい」
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