33 / 84
一線の越え方
17...けじめ【Side:山端逸樹】
しおりを挟む
直人のアパートから車を出すと、俺はひとつ角を曲がった所で車を停め、ハンドルにもたれるようにして思考を巡らせた。
このままの状態で運転し続けたら、上の空で事故を起こしてしまいそうな気がした。
ついさっき、直人の案内で彼を自宅へ送り届けたばかりだ。
同乗者のいなくなった車内は、濃紺の静寂に満ちていて物思いに耽るのに丁度良かった。
直人が熱を出して倒れてから、俺は結局一睡もせずに彼の面倒を見た。
正直寝不足なはずなのに、何故か眠気がこない。
そればかりか頭が冴える一方で。
(後には引けねぇな……)
さっき、俺は直人に自分の思いを全てぶちまけてきた。
もう、直人に対して俺が出来ることと言ったら待つことぐらいしかない。
彼がどういう答えを出してくるか。
変なところで真面目な直人のことだ。きっと、無かったことにだけはしないでくれるだろう。
しかしその思いとは裏腹に、どうしようもなく不安にもなる。
「……止めだ、止めだっ!」
今ここでこうして悶々と思い悩んだところで事態が変わるわけではない。
ならば、俺は俺に出来ることをするまでだ。
(明日、仕事が終わったら相原を呼び出そう)
そう、決意した。
いつもは待ち合わせ場所から直行でホテルを目指す俺が、今日は近くのファミレスに車を向けたことに戸惑いを覚えているらしい。落ち着き無く彷徨う相原の視線に、俺も少なからず緊張する。
「あのっ、今日は……しないんですか?」
それが何を指しているのか、分からない俺ではない。
「……ああ。それより話してぇことがあるからな」
最初は行きつけの居酒屋にでも連れて行って、個室に入ろうかと思った。
しかし密閉された空間というのは、はからずとも彼に色艶めいた期待を持たせ兼ねない。
それを避けるために、今夜はあえてオープンスペースであるファミレスを選んだのだ。
ファミレス、と一口に言ってもここ――アリア――は他のそれより随分落ち着いた雰囲気が漂っている。
基本的に人込みや雑踏が嫌いな俺でも、構えず出入り出来る唯一のファミレスがここだった。
「夕飯はもう済ませたか?」
店内で一番奥まった席に腰を下ろすと、何となく落ち着かなくて日頃は使わないような台詞を言ってしまう。
「あ、はい、一応……」
そんな、俺の雰囲気から何か感じるところがあるんだろう。相変わらず不安げな面持ちで相原が答える。
「じゃあ、コーヒーでいいな?」
一般的なファミレスと違って、ここにはドリンクバーというシステムがない。
それでも不動の人気があるのは恐らく店員の質の高さに因るところが大きいだろう。
接客のノウハウが行き届いているのは勿論、ルックスも整った店員ばかりなのは、オーナーの趣味だろうか。
「あ、……はいっ」
メニューを見ているとは思えないが、机上のそれに目を落としてうつむいたまま答えた相原に、俺はこれから切り出さねばならない内容を思って気鬱になる。
それを振り払うように呼び出しボタンを押すと、すぐに男性従業員が近付いてきた。そんな彼に口を開くのも億劫で、メニューを指差して素っ気無く「ふたつ」とだけ付け加えると、俺は相原に視線を戻した。
そんな、俺たちの雰囲気から察してくれたのだろう。元々無口そうな雰囲気のウェイターが、営業トークなど一切無しで目礼すると、オーダーの復唱もしないで立ち去ってくれた。
四角四面にマニュアル通りの動きをしないでいてくれるのが本当に有難かった。
今、この雰囲気で「ご注文を繰り返します」とか言われたら正直苛立ちが隠せなかったはずだ。
注文の品が運ばれてくるまでの間、俺は無言を決め込んだ。
話の途中で店員が来るのも嫌だったし、話の流れ次第では丁度そのときに気まずい雰囲気が漂っている可能性があったからだ。
しかし、相原にはこの沈黙が耐えられなかったらしい。
うつむいていた顔を上向けると、取り繕うように微笑みながら「きょ、今日は寒かったですね」と口火を切ってから、そういえば……と言葉を継いだ。
「三木先輩が風邪ひいてるの、知ってました?」
俺と直人とが繋がっているのを承知している相原らしい話題だったが、彼は今一番ネタにしてはいけない人間の名を口にしたことに気付かないらしい。
(いや、もしかしたら気付いていてあえて出してきたのか?)
そんなことを思い、何となく苛立ち始めた俺にも気付かないように話し続ける相原。
「それで……俺、先日見舞いに行って来たんですけどね……」
危うく剣呑な雰囲気が漂いそうになったところで、折よくウェイターがトレイを片手にやって来た。
コーヒーがふたつテーブルに並べられる間、俺も相原も呼吸が止まったように動きを止めていた。
その沈黙のお陰で冷静になれた俺は、店員が立ち去ったのを見計らって、口を開いた。
「――で? お前、三木に何か言ったのか?」
多分、そうなんだろう。
相原の見舞いと、直人の突然の訪問。
恐らくこれらは無関係ではないはずだ。
「……っ」
案の定、図星だったらしい。
途端先ほどまでの饒舌ぶりが嘘のように黙り込んでしまった相原に、俺は内心溜め息をつく。
(分かり易すぎだ……)
こんなにあからさまでは怒る気にもなれない。
それに、一番悪いのは恐らく俺自身。相原に腹を立てるのはお門違いだ。
「……あの時の俺、多分どうかしてたんだと思います……」
ややあってぽつんとそう告げた相原に、俺は何だかよく分からない居心地の悪さを感じた。
「どうか、とは?」
それなのに、問わずにはいられなかった。
このままの状態で運転し続けたら、上の空で事故を起こしてしまいそうな気がした。
ついさっき、直人の案内で彼を自宅へ送り届けたばかりだ。
同乗者のいなくなった車内は、濃紺の静寂に満ちていて物思いに耽るのに丁度良かった。
直人が熱を出して倒れてから、俺は結局一睡もせずに彼の面倒を見た。
正直寝不足なはずなのに、何故か眠気がこない。
そればかりか頭が冴える一方で。
(後には引けねぇな……)
さっき、俺は直人に自分の思いを全てぶちまけてきた。
もう、直人に対して俺が出来ることと言ったら待つことぐらいしかない。
彼がどういう答えを出してくるか。
変なところで真面目な直人のことだ。きっと、無かったことにだけはしないでくれるだろう。
しかしその思いとは裏腹に、どうしようもなく不安にもなる。
「……止めだ、止めだっ!」
今ここでこうして悶々と思い悩んだところで事態が変わるわけではない。
ならば、俺は俺に出来ることをするまでだ。
(明日、仕事が終わったら相原を呼び出そう)
そう、決意した。
いつもは待ち合わせ場所から直行でホテルを目指す俺が、今日は近くのファミレスに車を向けたことに戸惑いを覚えているらしい。落ち着き無く彷徨う相原の視線に、俺も少なからず緊張する。
「あのっ、今日は……しないんですか?」
それが何を指しているのか、分からない俺ではない。
「……ああ。それより話してぇことがあるからな」
最初は行きつけの居酒屋にでも連れて行って、個室に入ろうかと思った。
しかし密閉された空間というのは、はからずとも彼に色艶めいた期待を持たせ兼ねない。
それを避けるために、今夜はあえてオープンスペースであるファミレスを選んだのだ。
ファミレス、と一口に言ってもここ――アリア――は他のそれより随分落ち着いた雰囲気が漂っている。
基本的に人込みや雑踏が嫌いな俺でも、構えず出入り出来る唯一のファミレスがここだった。
「夕飯はもう済ませたか?」
店内で一番奥まった席に腰を下ろすと、何となく落ち着かなくて日頃は使わないような台詞を言ってしまう。
「あ、はい、一応……」
そんな、俺の雰囲気から何か感じるところがあるんだろう。相変わらず不安げな面持ちで相原が答える。
「じゃあ、コーヒーでいいな?」
一般的なファミレスと違って、ここにはドリンクバーというシステムがない。
それでも不動の人気があるのは恐らく店員の質の高さに因るところが大きいだろう。
接客のノウハウが行き届いているのは勿論、ルックスも整った店員ばかりなのは、オーナーの趣味だろうか。
「あ、……はいっ」
メニューを見ているとは思えないが、机上のそれに目を落としてうつむいたまま答えた相原に、俺はこれから切り出さねばならない内容を思って気鬱になる。
それを振り払うように呼び出しボタンを押すと、すぐに男性従業員が近付いてきた。そんな彼に口を開くのも億劫で、メニューを指差して素っ気無く「ふたつ」とだけ付け加えると、俺は相原に視線を戻した。
そんな、俺たちの雰囲気から察してくれたのだろう。元々無口そうな雰囲気のウェイターが、営業トークなど一切無しで目礼すると、オーダーの復唱もしないで立ち去ってくれた。
四角四面にマニュアル通りの動きをしないでいてくれるのが本当に有難かった。
今、この雰囲気で「ご注文を繰り返します」とか言われたら正直苛立ちが隠せなかったはずだ。
注文の品が運ばれてくるまでの間、俺は無言を決め込んだ。
話の途中で店員が来るのも嫌だったし、話の流れ次第では丁度そのときに気まずい雰囲気が漂っている可能性があったからだ。
しかし、相原にはこの沈黙が耐えられなかったらしい。
うつむいていた顔を上向けると、取り繕うように微笑みながら「きょ、今日は寒かったですね」と口火を切ってから、そういえば……と言葉を継いだ。
「三木先輩が風邪ひいてるの、知ってました?」
俺と直人とが繋がっているのを承知している相原らしい話題だったが、彼は今一番ネタにしてはいけない人間の名を口にしたことに気付かないらしい。
(いや、もしかしたら気付いていてあえて出してきたのか?)
そんなことを思い、何となく苛立ち始めた俺にも気付かないように話し続ける相原。
「それで……俺、先日見舞いに行って来たんですけどね……」
危うく剣呑な雰囲気が漂いそうになったところで、折よくウェイターがトレイを片手にやって来た。
コーヒーがふたつテーブルに並べられる間、俺も相原も呼吸が止まったように動きを止めていた。
その沈黙のお陰で冷静になれた俺は、店員が立ち去ったのを見計らって、口を開いた。
「――で? お前、三木に何か言ったのか?」
多分、そうなんだろう。
相原の見舞いと、直人の突然の訪問。
恐らくこれらは無関係ではないはずだ。
「……っ」
案の定、図星だったらしい。
途端先ほどまでの饒舌ぶりが嘘のように黙り込んでしまった相原に、俺は内心溜め息をつく。
(分かり易すぎだ……)
こんなにあからさまでは怒る気にもなれない。
それに、一番悪いのは恐らく俺自身。相原に腹を立てるのはお門違いだ。
「……あの時の俺、多分どうかしてたんだと思います……」
ややあってぽつんとそう告げた相原に、俺は何だかよく分からない居心地の悪さを感じた。
「どうか、とは?」
それなのに、問わずにはいられなかった。
0
あなたにおすすめの小説
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
宵にまぎれて兎は回る
宇土為名
BL
高校3年の春、同級生の名取に告白した冬だったが名取にはあっさりと冗談だったことにされてしまう。それを否定することもなく卒業し手以来、冬は親友だった名取とは距離を置こうと一度も連絡を取らなかった。そして8年後、勤めている会社の取引先で転勤してきた名取と8年ぶりに再会を果たす。再会してすぐ名取は自身の結婚式に出席してくれと冬に頼んできた。はじめは断るつもりだった冬だが、名取の願いには弱く結局引き受けてしまう。そして式当日、幸せに溢れた雰囲気に疲れてしまった冬は式場の中庭で避難するように休憩した。いまだに思いを断ち切れていない自分の情けなさを反省していると、そこで別の式に出席している男と出会い…
【BL】捨てられたSubが甘やかされる話
橘スミレ
BL
渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。
もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。
オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。
ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。
特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。
でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。
理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。
そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!
アルファポリス限定で連載中
二日に一度を目安に更新しております
エリート上司に完全に落とされるまで
琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。
彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。
そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。
社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
黒に染まる
曙なつき
BL
“ライシャ事変”に巻き込まれ、命を落としたとされる美貌の前神官長のルーディス。
その親友の騎士団長ヴェルディは、彼の死後、長い間その死に囚われていた。
事変から一年後、神殿前に、一人の赤子が捨てられていた。
不吉な黒髪に黒い瞳の少年は、ルースと名付けられ、見習い神官として育てられることになった。
※疫病が流行るシーンがあります。時節柄、トラウマがある方はご注意ください。
世界で一番優しいKNEELをあなたに
珈琲きの子
BL
グレアの圧力の中セーフワードも使えない状態で体を弄ばれる。初めてパートナー契約したDomから卑劣な洗礼を受け、ダイナミクス恐怖症になったSubの一希は、自分のダイナミクスを隠し、Usualとして生きていた。
Usualとして恋をして、Usualとして恋人と愛し合う。
抑制剤を服用しながらだったが、Usualである恋人の省吾と過ごす時間は何物にも代えがたいものだった。
しかし、ある日ある男から「久しぶりに会わないか」と電話がかかってくる。その男は一希の初めてのパートナーでありSubとしての喜びを教えた男だった。
※Dom/Subユニバース独自設定有り
※やんわりモブレ有り
※Usual✕Sub
※ダイナミクスの変異あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる