一線の越え方

市瀬雪

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一線の越え方

22...溜息の意味【Side:三木直人】

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 帰るまで傍にいてと言われた時、どうして断らなかったのかは自分でも解らない。

 ただ、文鳥の話を出されてしまったことで、簡単に拒絶することができなくなったのも確かだ。

 だけど、本当にそれだけだろうか。

 仮に俺が彼の立場だったとして、ペットのことはもちろん気に掛かる。
 だからって俺が彼に同じ頼みごとをしたとは思えないけど、そう頼みたくなる気持ちは解らなくはない。 

(……つか、ホントなんで俺…わかったとか言ったんだろ)

 用だけ済ませて帰るとかならまだしも――。

 俺は深い溜息を漏らしながら、掃除用具を手に自動ドアの外に出た。

「寒…っ」

 病院を出た俺は、言われた通り山端さんの部屋に立ち寄って、とりあえず手早く鳥の世話を済ませた。

 今夜は元々バイトの予定だったから、23時には一端自宅に戻り、適当に軽く飯を食ってから再び家を出た。

「やっぱ車はいいな…」

 当然ながら俺の交通手段は原付しかなく、毎年のことだけど、この季節は本当に車が恋しくなってしまう。
 しかもそれと同時に頭に浮かんだのは何故か山端さんの車で、俺はそんな自分に再び溜息を吐く。

(……俺やっぱどっかおかしいんじゃねーの…)

 何気なく頭上を仰ぐと、街中だと言うのに思ったよりも星が見えて、意味も無く少しほっとした。

 その後何とか意識を切り替えて、店先のゴミを集め、ゴミ箱の袋も取り替えて、更に入口横の灰皿の水を替え――ようと視線を巡らせると、

(…あ、いつもの人)

 その傍らで、寒そうに肩を竦めながら煙草を吸っている男の姿が目に入った。

 彼はよくこのくらいの時間――午前0時から1時頃――に、もう一人の連れと一緒に店に立ち寄ってくれる所謂常連客だった。
 そして同時に、俺も何度か行ったことのある、アリアと言う名のファミレスの店員でもある。

 連れの方は店で見かけたことは無いけれど、やっぱり同じ職場の人間なのではないかと思う。
 だってこの時間の彼らは、いつも仕事帰りのような雰囲気を纏っていたから。

「こんばんは」

 一応は顔見知りと言えることもあり、次いで目が合ってしまえば無視することもできず、俺は挨拶がてら小さく頭を下げた。

 彼は寒さに口を開くのも億劫なのか、会釈しか返してくれなかったけど、それだけでも悪い気はしなかった。

 俺がこれから何をするつもりでいるのか察したらしく、次いで彼は、咥えていた煙草を灰皿に落とすと、その傍から一歩距離をとった。

 すると程なくして自動ドアが開き、例の連れの男が店から出てきた。シャイなのかいつも落とし気味の視線が、自然と待っていた彼の方へと向けられる。
 彼もそれにすぐに気付いて、待ちかねたようにそちらに歩み寄った。

 双方の背に向け、「ありがとうございました」と軽く頭を下げる。

「…仲いいな、あの人たち」

 ひとまず彼らを見送って、俺は再び作業に戻る。

 吸殻を取り除き、灰皿の水を換えながら、ふとたったいまひとりごちた自分の台詞に手を止めた。

 仲いいって……まさか。まさかな。
 いくら自分がこんな状況に立たされているからって――。

(どっちも見た目いいだけに絵にはなるけど…)

 何となく彼らが消えた方角を一瞥したが、その姿は既にない。

 俺はそんな下世話な思考を振り切るようにも一度緩く頭を振ると、最後にもう一度店頭を見渡してから、よし、と独り頷いた。

 が、そうしてようやく店内に戻ろうとしたところで、

「お仕事お疲れ様です。先輩」

 今度は背後から声をかけられた。

「――…」

 聞き覚えのある声だった。
 けれどすぐには振り返れずに、俺は立ち尽くしたままひとつ息を飲んだ。

「相原……」

 その後、何とか視線を巡らせると、そこに立っていたのはやはり彼だった。

 そういえば、結局相原と彼がどうなったのかを聞きそびれたままだった。
 思い出していたとして、直接確認するような勇気は俺にはないけれど、山端さんの態度だけ見れば、恐らくはっきりさせたんだろうと思えないこともなかった。



 相原が店に来たのは、まだ2時にもなっていない時刻だった。

 要するに俺がバイトを終える時間までは、悠に4時間はあると言うことになる。
 それでも彼のことだから、その時間まで待つと言うのかと思っていたら、意外にも缶コーヒーをひとつ買うついでに、

「俺、彼と別れましたから」

 と簡潔に告げただけに終わった。

 その時の彼の表情は、どこか寂しそうにも見えたけれど、案外引きずっていないようにも見えた。
 俺が思っているよりずっと、彼は切り替えが早い性格なのかもしれない。

「…そっか」

 だからって、全く傷ついていないとは思い難く、俺はコーヒー代を紙幣で払った彼の頭を、釣りを返す際、ついでのようにそっと撫でた。

 特に改まった態度でそうしなかったのは、彼に気を遣わせたくなかったからだ。
 まぁ、これでも十分余計なお世話だったかもしれないけれど。
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