一線の越え方

市瀬雪

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灯る頃

04...手のひらの上【Side:山端逸樹】

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 勢いで店を飛び出した俺は、しかし車に乗り込むと同時に直人のことを思った。

(置いて帰るわけにゃいかねぇよな)

 考えてみれば、今日は俺が直人を迎えに行ったのだ。今、このまま俺が姿を消してしまえば、彼を寒空の下に置いてけぼりにしてしまうことになる。
 子供じゃないんだし、そうなればなったで何とかするだろうが、それに気付いていて知らん振りをすることは、俺には出来なかった。

(……くそっ!)

 結局俺はいつでも直人の手の上で踊らされている気がする。
 彼の言動の一つ一つに一喜一憂する自分が情けなく思えてくるほどに。

 車に乗り込んだものの、そんなことに思いを巡らせていたら、エンジンを掛けるのも忘れていた。

 と、コン……と窓ガラスを叩く音がして、俺は直人が後を追ってきたことに気付く。正直、それに安堵してしまう自分がいることも事実で――。

 それが悔しくて、車外の直人に気取られないよう彼のほうへ視線を注がず小さく嘆息した。

 そんな俺に、直人は尚も窓をコツッと小突いてから、口の動きでそれを開けて欲しいと促す。

(……俺も大概甘いよな)

 ここで窓を開けたら意味がない。

 そう思っているのに、手は自然キーへと向かっていた。せめてもの反抗で直人のほうを一瞥もせずエンジンをかけると、ついでという風にパワーウィンドウのスイッチにも手を伸ばして窓を開ける。
 途端吹き込んできた冷たい風に、俺はすぐにでも直人へ助手席に乗り込むよう促しそうになってしまった。エンジンをかけたことで、――まだ冷たい風しか出ていないとはいえ――車内にはエアコンが掛かったからだ。

 けれど、素直になりきれずに躊躇ってしまった。

 そんな俺の頬へ直人の指が触れ、そうして手のひらで包み込むようにした後、目尻に唇が寄せられた。
 触れるか触れないかの軽いキスだったけれど、それだけで俺は舞い上がってしまう。

 依然、心の中では大事なことを俺に一言の相談もなく決めてしまった直人に怒っていることに違いはなかった。だが、直人のその仕草でそんなことがどうでもいいことのように思えてしまったのも事実で。

 気が付くと、俺は運転席のドアを開けて彼を車内に引きずり込んでいた。

 もし目撃者が居たら、人攫いだと勘違いされたかも知れない。
 だが、幸いにして夜の駐車場には俺と直人以外の人影はなかった。

 それを良いことに、俺はシートを倒すと、直人の上に覆いかぶさるようにして彼を押さえ付けた。

「え、ちょっ」

 いきなりの展開に目を白黒させる直人が可愛くて、思わず意地の悪い笑みが漏れる。

「それじゃ、聞かせてもらおうか。その、本題とやらを――」
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