一線の越え方

市瀬雪

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13日の金曜日

続1【Side:三木直人】*

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「っ……もう、無理っ……」

 咳き込んだ拍子に、口端からこぼれ出た液体が首筋を伝う。
 もう何度そうされたか分からないその残りを嚥下して、俺は水膜に滲む眼差しを逸樹さんに向けた。

「まだ一缶空いてねぇ」
「っ全部、飲ませる気かよ……!」

「大した量じゃねぇだろ」

 そう言って目を細めた逸樹さんの手には、俺がまだ手を付けていなかった缶ビールが握られていた。
 それを逸樹さんは、一回一回口移しで俺に飲ませてくるのだ。

 それも、信じられないことに、

「あっ……や、いまっ……動く、なぁ……!」

 身体をしっかりと繋げた状態で――。

 逃げたいように身を捩らせてみても、逸樹さんの片手は俺の太腿を押さえ込んで離してはくれない。

 俺の髪も顔も、捲り上げられただけのパーカーも、もっと言えばリビングの床――周辺のラグまでそのせいでびしょ濡れになっていたけれど、そんなことには一切お構いなしで、

「っや、……もう、いらなっ……」
「遠慮すんなよ」

 言うなり、逸樹さんは俺の前でまた一口ビールを呷る。

「っも……やだ、ぃっ、んぅ……っ」

 視界の端に、床に置かれた缶が映る。空いたその手が、俺の頬に触れる。顔を背けようにも、そのまま抑え込むように固定されて、すぐさま唇を重ねられた。

 冷たい琥珀色の液体が、否応なしに口の中へと流し込まれる。
 飲みたくないと舌で遮ろうにも、不意打ちのように接合部を突かれるだけで、勝手に喉が開いてしまう。

「……っ! っは、ぁ……っ……」

 唇が離れると、急くように息を吸い込んだ。込み上げた咳を重ねれば、溜まっていた涙がぽろぽろと伝い落ちる。
 それがまた悔しくて、俺は奥歯を噛みしめる。噛み締めた――つもりだった。

(あ、れ……?)

 気がつくと、思いの外力が入らなくなっていた。全身をふわふわとした浮遊感が包み込んでいて、そのつもりもなく唇が戦慄いてしまう。

「……まぁ、こんなもんか」

 そんな中、ふと耳に届いた呟きに、俺はゆっくり視線を上げる。
 茫洋とした心地のまま逸樹さんを見上げると、ようやくどこか満足したように笑う姿が目に入った。
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